22話
かつてのメタルポートは貿易が盛んだったこともあり、洞窟や船着場の面影を色濃く残す廃墟だ。俺がここに来た真の目的は金策である。
ソリンのイベントと祭壇に散財した俺の懐は正直言ってかなり寂しい。シャーマンでも出来る簡単な稼ぎ場に赴いたというわけだ。
つまりあの気の狂ったカニはあわよくばカニ合金のアイテムをドロップしてくれないかと寄っただけで、本命は別にある。
それが『無念の洞窟』。ゴーストと海産物系のMOBがポップするフィールドだ。ゴーストはMPポーションと闇属性のアイテムを低確率で落とす。聖属性で殴ればすぐに倒せるため数がこなしやすい。
聖属性でバフ出来て、こんぶくらいの強さなら走り抜けるように無双していけるくらいの難易度だが。生憎と俺はそんなに強くないのでちくちくとやっていく。
手斧をしまい、小楯とコボルトの槍を取り出す。
「精霊よ。我が旅路に祝福を与え給え。精霊よ。我に力を与え給え」
ゆっくりと丁寧にバフをかけ、無念の洞窟を歩いていく。
中は仄暗く、嫌な湿度がじんわりと磯の臭いとともに頬を撫でていく。人気も人気もまるでないフィールドだ。
ごつごつとした奥の壁にぬらりと僅かな光沢が見える。ゴーストが憑依したタコだ。タコのHPバーがゴーストと重なり、ステータスが憑依になっている。
これがこの洞窟の名物、ゴーストに取り憑かれただけのただのタコだ。
盾を構えながら近づく。大体3mほどの距離になればタコが足を槍のように鋭くして伸ばしてくるため、盾で払い除けて槍で突く。
すると聖属性を帯びた矛先を受けたゴーストがタコより先に昇天し、後には憑依されて良くない影響を受けたのか気の狂ったタコが攻撃してくるのでまた同じことをする。
それで終わりだ。
慣れれば簡単だが、実際にはソード君だと少し梃子摺るだろう。彼は聖属性のバフがまだ弱いのと、剣を振り回すにはタコという的は小さく、足元も悪い。
ドロップはタコのドロップばかりでハズレだった。それでも適当にマーケットに出品しておけば売れるので、完全なハズレでもない。
少し歩くと微かにがしゃがしゃと音が聞こえてきた。
これはスケルトンだ。R18-Gにぎりぎり引っかからないような塩梅の見た目をしている。グロさも不衛生さも少しデフォルメされてマイルドだ。
スケルトンはこちらを発見すると一目散に駆け寄ってくる。手にはぼろぼろの曲刀を持っており、体ごとぶつかってくるような勢いで斬りつけてくる。
それを槍で突き飛ばす。聖属性が付与されていると当たり判定が見た目より大きくなるらしく、骨の隙間を刃が滑るようなことはまず起こらない。しかもシャーマンの筋力でも突き飛ばせるくらいの弱点補正がつく。
ドロップは"頑丈な骨"、"水夫の曲刀"。骨は祭壇に捧げられるし、曲刀も適当に祭壇に刺しておいたり敵に投げつけたりできる。シャーマン的にはハズレではないが、金にはならない。
曲刀を装備し、手元で回して遊んでみる。リーチは短いが、ひゅんひゅんと軽快な感触は直剣や手斧より馴染みやすい。
奥からやってきたスケルトンに回していたスナップのままに曲刀をリリースすると、かぁんと甲高い音を立てて湿った地面に転がるだけだった。
もうお気づきだろうが、聖属性がないこの水夫の曲刀でスケルトンを倒そうとするとめちゃくちゃ硬い。全くと言って良いほどに刃は通らないし、STR(筋力)もAGI(敏捷)も相手の方が高い。
メイスを持っていてやっと骨が折れるくらいだろうか。水夫の曲刀だと骨折り損のくたびれ儲けが関の山だろう。
俺にヘイトを向けて走ってきたスケルトン。祝福されたコボルトの槍を装備して突き出せば、面白いくらいにダメージが入る。
ドロップは"無念の骨"。これは闇属性の素材や闇属性のエンチャントがしやすい。ちょっとした金になる。ちなみにこれを祭壇に捧げると、祭壇によって色々起こる。
それというのも祭壇にも属性がある。俺の祭壇は桃櫛神様を祀ったことで聖属性の祭壇になっているが、火を煌々と炊いているような拠点の祭壇は火属性になりやすく、肉や骨、闇属性の素材になるような物ばかり捧げていると闇属性の祭壇になりやすい。
つまり俺の祭壇にこの"無念の骨"を捧げると桃櫛神様によって浄化され、ただの骨になり、その後に祝福された骨になる可能性が非常に高い。仮に火の祭壇に捧げたなら闇と火の骨になる場合もあれば、火だけに染まる場合もある。これは闇と火は共存しやすいためだが、素材の骨が複数属性のエンチャントに耐えられない可能性もあるためだ。そういう意味では、素材の骨が最高ランクのものであれば祝福された闇の骨という物を作れる可能性もある。それに価値があるかは不明だが。
説明が長くなった。
二度目だが祭壇には属性があり、その属性は捧げている素材や持ち主のシャーマンの思想にも左右される。それによってその火の祭壇が聖属性寄りなのか闇属性寄りなのかも反映される。
一般的な日本人であれば聖属性寄りの火の祭壇になるが、そこから本人のプレイスタイルや拠点を作った場所、攻略するダンジョンによってさらに属性が変わっていくといった具合だ。
そう考えると俺はチュートリアルを真面目に受けた一般的な普通の日本人だということになるだろう。
ふわりと襲ってきたゴーストを槍で小突くと、蚊が鳴いたようなか細い音をだして消えていく。
「MPポーション全然でないな」
数をこなすしかないとわかっていてもついぼやいてしまう。これも一般的な日本人たる所以だ。
ところどころで祝福をかけ直しながら、『無念の洞窟』の端から端まで練り歩いていく。結構なクソマップであるここはちょっと歩いただけでなにかしらのMOBに襲われるため、ボスに辿り着く前にインベントリが一杯になるほどだ。
憑依された蜘蛛と憑依された蝙蝠を焼き払い、出てきたゴーストを槍で小突いて進む。
するとボス部屋前のセーフティエリアまで来てしまった。
ボスを倒さずに引き返して二周目を周るか、ボスを倒して終わりにするか。
「もう来ない可能性もあるし、ボスを倒しておくか」
ボス部屋に入ると、怨霊が恨み言を吐きながら漂っているような、静かながらも小刻みに不穏なBGMに切り替わる。
海面が揺れ、マストも帆も大破したぼろぼろの大きな船が浮上する。
名前とHPバーが現れ、『沈んだ水夫たち』と船に表示される。
こいつは水中に落ちないようにするのが一番大事だ。後は飛んでくる矢やデバフを躱し、近づいてきたゴーストとスケルトンを倒していくと勝てるボスだ。
船の上で好き勝手に射かけてくるスケルトンや手の届かない空中を漂うゴーストが鬱陶しくはあるが、それだけだ。
矢は盾があればその場から動かずに対処が可能であり、ゴーストもスケルトンもよほどの連携をとってこなければ大した苦戦もしない。
供花のソリンのイベントと比べるととても易しい難易度だといえるだろう。
たまに見えにくいデバフが当たって意識が逸れるが「ふん!」と気合いを入れたらレジストできる程度の効力しかない。
すぐに発狂したり秒間あり得ないスリップダメージを与えてくるデバフはかなり高位で、基本的なデバフはちょっとステータス下がるとか、『精霊の悪戯』みたいに足をもつれさせるくらいだ。
「精霊よ。集い給え」
とはいえ、レジスト出来なかったら面倒なのできちんと精霊に呼びかけてステータスを上げておく。
ゴーストとスケルトンを合わせて15体ほど倒したら船のHPバーが0になり、沈んでいく。
怨念がまた集まるまでは、水中で静かに魚の棲家になっていることだろう。
『歯形がついた古い金貨』
鉱夫の頭領が鉱物横領で死刑になったことや鉱山が近々廃坑になることには驚いたが、水夫達は笑っていた。メタルポートの始まりは確かに鉄であり、その繁栄は鉄なくしてあり得なかった。しかし今や交易の中心となり様々な場所から取り入れた技術や文化は鉄の輸出がなくなろうとも成り立つものであった。水夫達は笑っていた。
貿易の象徴。自分達の大きな船を見上げながら。




