表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/22

21話


 恵比寿──彼女は斬馬刀をただ振り下ろし、ただ振り上げ、ただ振り下ろすだけの機械ミシンだった。体力がなくなるにつれて、自らの大物の獲物を振り上げる握力も低下していっているのだろう。肩で息をし、俺にまで荒い呼吸が聞こえ、それでも尚、体力が続く限り勝負を続けている。その動きには揺るぎない信念が宿っていた。


 しかし宿っているだけだ。


 ここまで動きが鈍くなればダメージが通らずとも攻撃をし、体勢を崩すことも容易だろう。それでも俺はそれをしなかった。


 ──舐めているのか? いや、違う。俺は手を出すことを未だに怖がっている。彼女の闘志と牙はまるで折れていない。そしてなにより期待があった。その真剣さ、ひたむきさに心打たれた俺は見届けたくなっていた。


 彼女は今まさに完成するかもしれないトランプのタワーのようだった。


 だって、普通は通用しない動きをここまで貫くことはないのだから。いつまでも攻撃が当たらないと不安になってくる。付け焼き刃だろうと、習っていないことをしようとし始める。それが当たり前だ。


 しかし、彼女は違う。当たらないならもっと早く。それで駄目ならもっと鋭く。それしかない。試行錯誤とか創意工夫とか天才的な閃きだとか臨機応変だとか、そういうものを考えていない。その場凌ぎの勝利を求めていない。


 振り下ろしと振り上げだけで勝つ。それは基本にして究極。誰もが夢を見る。ゲームでは圧倒的なレベル差がそれを可能にすることもあるが、やはりある程度のレベルからはレベル差があっても容易ではない。


 パリィや回避、ガード。スキルの効果は絶大だ。ボスの攻撃すらも凌げるそれらが、一介のプレイヤーの攻撃に通じないわけがない。ましてやシャーマンすら捉えられないようでは夢のまた夢と言わざるを得ない。


 だからこそ、夢なんだ。


 脳裏にソード君と巴君の姿が浮かぶ。二人は決して選ばない道だ。シャーマンで剣を振る、生産職で弓兵をする。とんちきではあるが、目の前の相手に通用するように二人はなにかしらの手札を編み出す。


 翻って恵比寿君は武士という職業で適正のスキルを振るい、極めようとしている。


 一見どちらがまともかと言えば恵比寿君のはずなのに、正気ではないのは明らかに恵比寿君のほうだ。


「む、無念……! 参りました……!」


 膝をつき、とうとう彼女は敗北を宣言した。


 フィールドが切り替わり、減っていたスタミナが回復していく。彼女は余韻を払うかのようにすくっと立ち上がった。


「見事に御座りました。こちらの未熟を痛感致した」

「失礼を承知で言わせて貰いますが、武士には多くのスキルがあります。なぜ、あれだけしかしないんですか?」


 問えば、彼女は特に気にした様子もなく口を開いた。


「こちら、未だに師の攻撃を全て躱すこと能わず。先手必勝の一撃を身につけれど、それだけで御座る。当たらぬはこちらの未熟、膝をつくはこちらの恥で御座る。我が師は、こちらよりも強き故に」

「なるほど。今は相手に応じてスキルを使い分けることは考えていないんですね」

「然り。こちらは剣は好きなれど、剣の道とはなんぞやと日々問いかけては御座います。勝負に勝つことを至上であるかと我が心に問えば否、武を長じることを至上であるかと問えばこれまた否。我が心、我が剣に映るのはのみ。故に、我にだけは嘘を吐かぬので御座います」

「──素晴らしい」


 彼女は現時点ではソード君や巴君とは真逆の進歩を遂げている。才能がないわけではないだろう。人並外れて不器用な感じもしない。


 そうであるにも拘らず、もしかしたら彼女はずっとこの部屋から離れず、気の狂ったカニを師と仰いでいるかもしれない。しかし、きっと、彼女が通った道こそが武の道の一つになる。


 そして、このゲームのマップにおいては序盤もいいところの洞窟を出た頃の彼女は、もしかしたらなにかしらの奥義を体得しているかもしれない。そういう心意気なのだという説得力を言葉の節々から感じた。


 長く喋っていた彼女は俺の呟きに我に帰ったのか『はっ』として瞬きをし、『こほん』と恥ずかしげに言った。


「し、失敬。手合わせ感謝仕る」

「こちらこそ。それでは、またどこかでお会いしましょう」

「こちらはここから離れぬ故、用があれば声をお掛け下され!」


 「わかりました」と頷き、大広間を後にする。カニ広場では、気の狂ったカニがポップしていた。脳裏に、ハンマーで挑んでみるかという気持ちが湧き立った。が、首を振って高揚している気分を落ち着かせ、やめた。


 他人の生き様に感銘を受けるのは悪い癖だった。RTAとかを見ると、ついつい真似をしてしまいたくなる。しかし、他人の熱意にあてられただけの中途半端な気持ちで挑んだところで、得られるものなんてたかが知れている。いつだって自分の意思でトロフィーをコンプリートしたゲームにこそ、本当の自分があった。


「楽しみだな」


 ソロゲー志向の俺がMMOをしているのはきっと、他人の生きトロフィーを見たいからなんだろう。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「他人の生き様に感銘を受けるのは~」←モノホンのシャーマン、ほんっきで祈りを捧げてるシャーマンが、何か言ってる~、とか、失礼ながら思ってしまいました。本当に失礼しました。 たぶん、他の、真っ当にゲーム…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ