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2話



「精霊よ。我が旅路に祝福を与え給え」


 幸運(LUCK)が僅かに上昇するバフを唱え、フィールドワークに出る。例え幸運が起きなかったとしても、確率が上がるのならしない手はない。


 体験版βでは様々なプレイヤーがなにかしらの条件をクリアして祈れば目に見えてレアドロップ確率が高まるのではないかと試したのだが、結果としてはシャーマンを選ぶほどではないという結論だ。


 レアドロップがたくさん落ちるかもしれない──そんな魅力に取り憑かれたプレイヤーが思い思いの形で祈り、敗れていく様は面白おかしく、体験版βでのいい笑い話だった。


 このゲームのプレイヤーはデバック作業も並行して行うわけだから、その行動の記録は時間であれば秒単位で事細かに残していることが多い。


 つまり、より効果が高いお祈りの作法を見つけるためのよくわからない謎の儀式じみた踊りをめちゃくちゃ真剣に本人が動画や文書に保存しているわけだ。


 当時のゲーム内の掲示板だけではなく、調べれば直ぐに個人のブログやSNSなどでシャーマンのお祈り大会の光景を掘り出せるだろう。


 よく考えなくても黒歴史級のデスノートだが、裏を返せばMMOでレアドロップ確率が上がるというのはそれだけのことをして必死に検証する価値があるということなんだろう。


 非常に困ったことに、俺がフィールドに出て幸運を上げる祈りをする度に思い出し笑いをしてしまいそうになるのが一番の問題だった。マジで困っている。


 ついでに道にも迷った。


 これには理由がある。


 ゲームにマッピング機能がデフォルトでついているものとついていないものがあるが、SOTWは後者だ。SOTWにはオートマッピング機能が存在しない。ただ空白の地形図があるのみである。


 基本的には街などで地図を買えばその情報がマップに反映されるため、難しくはない。さらに情報を記したいなら自分でピンを立て、自分が見聞きした名称やタグをつけていくことになる。とても便利だ。


 しかし例外もある。シャーマンは街とは疎遠な職業だ。レベルの高いエリアになればなるほど周辺のエネミーは強くなっていくのに、自分は街に近づけば近づくほどに弱体化していってしまう。ただでさえ入りづらい街が余計に入りづらくなっていく。


 そもそも拠点作りが楽しくて輪にかけたように拠点周辺以外のことにはとことん疎くなってしまう。


 まさに負のスパイラルだ。これでは道に迷うのも仕方ない。


 俺以外のシャーマンもこんな感じなのは掲示板で把握しているし俺は悪くないといえるだろう。実に論理的だ。


「予定変更だな……」


 マップを開く。ただの地形図だが、拠点の位置から目的地までの方角が大きく間違っていないことだけは確かだった。


 じゃあ何故見慣れない景色なのか。それは体験版βからオープン版βで変更があったからだと考えることにする。最早割り切ってそう思うしかないのが現状だ。


 現在地点にピンを刺す。拠点からやや奥に進んだここはコボルトのボスエリアの手前であり、体験版βでは巡回するコボルトの精鋭というレアエネミーが出る場所だった。拠点のバフがぎりぎり届く範囲だし、これも間違いない。

 

 レアドロップでは上位のコボルトの素材や精鋭コボルトシリーズの武器などが手に入るが、手ぶらの今の俺にとって粗末な短剣でも手斧でもいいからとりあえず欲しい。


 巡回する精鋭コボルトのために巡回するシャーマンという形が出来上がるわけだ。普通のコボルトなら10体くらい倒せばやっと粗末な短剣を落とすくらいの確率だろうか。もちろんそれも欲しい。


 なんにせよシャーマンにとって武器は消耗品だ。なんせ街に行くのがすこぶる手間だからな。せめて街に近づいたときの移動速度低下くらいはなくしてくれよと切実に思う。


 適当にピンの拠点に近い方向から探っていると、二匹のコボルトがいた。コボルトの視野より俺の視野のほうが広いため、先制攻撃が可能だ。


 複数を相手にするときの基本として、一撃で一匹倒せばこちらと数は同じになる。


「彼のヒトガタを焦がす熱を与え給え」


 火球を当てる。最初にコボルトを倒した時と同じく、一撃だ。


 すると残った一匹が俺のほうに四つん這いで走ってきた。完全に俺を目視したのだろう。「ギアオォ!!」と吠え、一目散にひたすら真っ直ぐだ。


「我が手の石に宿る精霊よ」


 コボルトは走る速さでいえば俺より速い。姿勢も低く、初めて相手をした時は苦労したものだ。


「我が敵を穿ち給え」


 餅くらいの大きさの石を投げる。一直線に向かってくるコボルトは飛びかかるという考え方しかないらしく、速さに慣れれば当てやすい部類だ。だからシャーマンはDEXが高いんですね(n敗)


「ギャヒンッ?!」


 人間よりやや前に突き出たコボルトの鼻にクリーンヒットし、コボルトは鼻を抑えて地面を転がってうずくまった。やった俺でさえ引いてしまうくらいには痛そうにしている。


「精霊よ。彼のヒトガタを焦がす熱を与え給え」


 無防備な背中だった。




◇◇



 かれこれ6体くらいのコボルトを倒したのだが、未だに巡回する精鋭コボルトは見つからず、武器もなく手ぶらだった。


 石の調達なども並行するため時間がかかる。剣士などの専門職からすると「たったコボルト6体倒しただけなのに情けねえな」などとそしりを受けてしまうかもしれないが、仕方ない。


 精霊への呼びかけには集中力もいるし、やっぱり初心者にはお勧めできない職業と言わざるを得ない。


「範囲を広げてみるか」


 拠点に近いエリアではなく、ボスエリアに寄ることを決める。拠点のバフが届く限界を攻めて行こう。


 その思い切りが幸いしたのか、ついに出会でくわした。


 巡回する精鋭コボルトの視野は普通のコボルトより広いが、巡回する場所しか見ないという点ではむしろ視野は狭い。


 まず落ち着いて移動パターンを見極めることが重要だ。精鋭コボルトは直剣を持っている。近寄られた場合、勝てる算段はあっても勝てる見込みは低い。当然のことながら俺よりも精鋭コボルトのほうが筋力(STR)、耐久力(VIT)、敏捷(AGI)全てが上だ。


 狙うのは背中。これしかない。


「精霊よ」


 周囲に邪魔がないことも確認済みだ。落ち着いて精霊に呼びかける。


「彼のヒトガタを焼き尽くす熱を与え給え」


 焦る必要はない。普通のコボルトを倒した時以上の火力を発揮するだけの時間はある。


 指をぴんと立て、右の掌を前に突き出す。左手は右の手首を掴んで固定し、腰を少し落として踏ん張る。


 淡い光が集まり、赤い色合いを帯びていく。


「燃えろ!」


 放たれた赤い光は掌から火の槍のような形で精鋭コボルトの背中へと鋭く飛んでいく。


 断末魔を挙げることすらなく巡回する精鋭コボルトは消えていった。


「はぁ──」


 手を下ろし、体から力を抜く。左手も使って右手を支えて踏ん張っていたが、反動はなかった。魔法使いのような専門職だともっと簡単にやっていただろう。MPもほぼなくなった。


「右手だけで充分だったな……」


 レアドロップで精鋭コボルトの直剣を入手したが、無事に帰らないと意味がない。浮かれてゲームオーバーなんてもっての他だった。あと直剣より手斧が良かった。


 無視できない疲労を滲ませながらも、足は動く。すたこらと拠点へと戻っていった。

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