19話
「我が神とこの地の恵みに祈りを捧げん」
祈りを終え、祭壇を後にする。こんぶのイベントでの報酬はほとんどないようなものだったため、捧げ物が少なく、寂しい祈りとなってしまった。赤に青みがかかった彼岸花が珍しいくらいだろう。今のところはあまり活用法を見出せずにいる。
フレンド欄を見てみると、ソード君と巴君はまだログインしていないようだ。ソード君は「拠点作ります!」と言っていて、どうやら廃墟メタルポートの岬に拠点を作るようだった。
フレンド欄の中に混じるこんぶの名前。奴の押しが強くて結局フレンドにまでなってしまった。
ソード君と巴君のセンスが高いことで攻略が捗るが、そのために二人は格上との戦いが多い。それが良いことなのか、はたまた悪いことなのかはわからない。いや、きっと良い面も悪い面もでてくるんだろう。それらを含めて伸び代で、面白い。
ソード君なんてまだ拠点バフすらまともに受け取れないような状態であれだけ活躍するし、巴君は方針の定まっていない生産職だが与えられた役割をしっかりこなしてくれている。
俺と違って可能性に満ち溢れている若者だ。素晴らしいという他ないだろう。
こんぶはおそらく、奥の手を隠していそうだ。『全力だが縛りプレイ中』そんな気配がした。
それが何かはわからない。ただ、リアル技能を持った才能のある人間は、実はゲームに順応しにくいケースがある。実戦技能が豊富であればあるほど──例えば五感で得られる繊細な情報を捉える武闘家はリアルとゲームのギャップの大きさに戸惑うらしい。ゲームで変な癖がついてしまい、リアルに悪い影響を及ぼすからVRを引退するというのも珍しくはない。そういう健康や心身への影響への配慮もあり、大体のVRはR18に指定されている。
それとは反対に、どうしてもリアル技能を持ち込めない職業やスキルもある。例えば魔法使い。現実で手の平から火の玉を出せる人間なんて存在しない。しかし、魔法使いはメジャーな職業だ。詠唱を唱えてスキルの名前を言えば誰でも出来る。
現実で体が弱かろうが運動音痴だろうが、ステータスさえ高ければ少し小突いただけで巨大なドラゴンだって倒せてしまう。ゲームだからだ。それが面白くて醍醐味でもあり、一方で受け入れられない側面でもある。
そんなことを考えていると、巴君がやって来た。彼女がソード君を伴わずに来るのは初めてのことだ。「どうかしたのかい?」と尋ねてみると、「強くなりたいんですけど、どうしたらいいですか……?」と返ってきた。
"強くなりたい"という言葉から察するに、完全な支援職は望んでないんだろう。
「強くなる方法か……。とりあえずそこの切り株にでも座ってくれ」
「失礼します」
「何のもてなしも出来ない拠点で悪いね」
「いいえ、私が突然来たのが悪いですから……。良ければ椅子とかテーブルとか作りましょうか……?」
「いや……まあそうだな。この拠点の景観に合いそうな物なら是非欲しい」
「わかりました」
こくん、と頷く巴君。
何度か一緒にゲームをした仲とはいえ、巴君と俺の会話は概ねこんな畏まった空気とテンポだった。
「それで、強くなる方法だったね」
「はい」
「率直に言えば、やっぱり戦闘職をとるのが一番早いだろうな。それこそ、弓兵とか」
そう言ってみるが、巴君の反応は芳しくない。
「弓矢を自作出来る以外で生産職を活かせる職業はありませんか……?」
「いくつかある。純粋な戦闘職ではなくなるけれど……大体三つだな。一つ目は自分や味方に素早く武器や防具を換装出来るウェポンマスター。二つ目はアイテムを強化する付与術士。三つ目はアイテムの効果を強化するポーター」
あとテイマーとかドールマスターもあるな。これあれだな。全然三つじゃないわ。……困った。とりあえずリストアップしていこう。
「職業はフィールドに応じて使い分けられるのが強みであって、沢山持ってるから強いなんてことはない。戦闘中は戦闘職、フィールドでは生産職に切り替えられるが、それぞれ固定で一種類ずつだけだ」
「条件を絞っても、こんなに職業の種類があるんですね……」
「選ぶのは大変だろうけど、そのぶん楽しそうだろう?」
「そうですね」
巴君の目はちらちらとテイマー、というよりは可愛らしい動物に目移りしているようだったが、やめたようだ。可愛い動物と触れ合うのは好きでも、戦わせるのは苦手というプレイヤーは少なくない。今回、巴君が求めている目的とはまた違う職業なのかもしれない。
「職業紹介の動画も沢山あるから、一旦ログアウトして考えてみたらどうかな」
「……いえ、ウェポンマスターに決めました」
「早いな。決めた理由は?」
「これです」
巴君が指差した文章には『ウェポンマスターは武器種で覚えられるスキルは本来の必要ステータスの代わりに器用さ(DEX)を参照して使えます』とある。
「その通りだけど、大体は本家の半分の効力を引き出せたら良いな程度のものだぞ。重い武器は持つのもやっとだ」
「面白そうなので……。良くないでしょうか?」
「いや、面白そうならやったほうがいい。それは間違いない」
「では、今日はありがとうございました」
「ああ。何かあればメッセ送ってくれ」
こくん、と頷いてログアウトしていった巴君を見送る。俺もウェポンマスターの解説を見直さないといけないな。
◇◇◇
【初心者シャーマンのスレ】
182:新入りのシャーマン
というわけで廃墟メタルポートまで来ましたー
パチパチパチ〜
183:名無しのシャーマン
お〜ええやん
184:名無しのシャーマン
8888
185:名無しのシャーマン
パチパチパチ
186:新入りのシャーマン
今日はメタルポートの岬で拠点を作ろうと思います
187:名無しのシャーマン
わぁ! ぬしぬしさんそれどうやって作るの?
188:名無しのシャーマン
そんなのやだよだ
189:名無しのシャーマン
そして3分置いて出来上がったのがこちらになります
190:名無しのシャーマン
どちらだよ終わらせんな
191:新入りのシャーマン
えーと、どんなのを作ったらいいと思いますか?
192:名無しのシャーマン
岬ならコテージっしょ! ロケーションばっちり!
193:名無しのシャーマン
展望台作ろうず
194:名無しのシャーマン
安価で決めようぜ
195:名無しのシャーマン
おいばかやめろ
196:名無しのシャーマン
そんなのやっちゃいけない!
197:新入りのシャーマン
安価で決めるって何ですか?
198:名無しのシャーマン
アンカーな 今回なら200の案で決めるからみんな案を出そうみたいな感じ
199:名無しのシャーマン
やめとけやめとけ! 俺は詳しいんだ
200:名無しのシャーマン
wktk
201:新入りのシャーマン
じゃあとりあえず安価で決めます!
202:名無しのシャーマン
じゃあとりあえず!!!!!?????
203名無しのシャーマン
うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
204:名無しのシャーマン
盛 り 上 が っ て ま い り ま し た
205:名無しのシャーマン
じゃあ拠点の広さから決めようぜ!!
206:名無しのシャーマン
突然騒ぎだす患者たち
207:名無しのシャーマン
えらいこっちゃ……戦争や……!
208:新入りのシャーマン
じゃあ拠点の広さ
>>215
単位は㎡で
209:名無しのシャーマン
20000000㎡
210:名無しのシャーマン
114514000㎡
211:名無しのシャーマン
3594㎡
212:名無しのシャーマン
1㎡
213:名無しのシャーマン
50㎡
214:名無しのシャーマン
9億㎡
215:名無しのシャーマン
30㎡
216:名無しのシャーマン
4.1㎡
217:名無しのシャーマン
東京ドーム5個分㎡
218:名無しのシャーマン
30㎡か 命拾いしたな
219:名無しのシャーマン
だが次はどうかな……!
220:新入りのシャーマン
なるほど。こういうゲームなんですね
221:名無しのシャーマン
何を言ってる? ゲームは既に拷問に変わっているんだぜ!
222:名無しのシャーマン
やめとけイッチ……! 今ならまだ引き返せる……!
223:名無しのシャーマン
っせ……! 押せっ……!
224:新入りののシャーマン
じゃあ次は祭壇で
>>235
225:名無しのシャーマン
うひょおおおおおおおおお!!!!
226:名無しのシャーマン
こ、こいつ狂ってやがる……!!!
227:名無しのシャーマン
うんち
228:名無しのシャーマン
狂気の沙汰ほど面白い……!!
229:名無しのシャーマン
スライムの粘液
230:名無しのシャーマン
ゴブリンの頭蓋骨
◇◇
この日、初心者シャーマンのスレはたいそう賑わいを見せた。大惨事が起こっている最中の本人は、笑って掲示板を見て書き込んでいる。
「信仰とか祈りっていうのはよくわかんないけど、みんなとこうして遊ぶのは楽しいよな」
最早掲示板の住人がドン引きし戦々恐々としてざわざわし始めているが、ソードは至って正気だった。
「今度、森の民さんの信仰は何か聞いてみようかな」




