18話
ソリンの術の発動まで残り3分ほど。こんぶは言葉通り安定して前衛を務めていた。HPが減り続け視界の悪い状況下でも、直撃さえ受けずに回復の支援があれば確かに問題はなさそうだ。
ならば、今俺がとるべきはソリンの術を早めることではなく、術が発動した後の守りを固めることだろう。
立ち位置を変え、ソリンが植えた種の四角形の真ん中でかつ、ソリンの直線上にスタンバイする。祝福されたコボルト氏族の長の骨を地面に突き刺し、周りに祝福されたコボルトの骨を組み立てていく。さらに祝福されたゴブリンの骨粉を撒き、祝福された篝火の完成だ。
これぞシャーマンが遠征した時の苦肉の策、『簡易祭壇』だ。ただでさえ貧弱なシャーマンが拠点のバフが受けられない戦闘中でなおかつ時間に余裕がある時に出来る。
そもそもシャーマンとかいうPTを組むのに向いてない職業でめちゃくちゃ条件が厳しい割に、成功してやっと拠点バフを受けられないマイナスがなくなるとかいう悲しみを背負っているのがこの簡易祭壇というわけだ。
まだ鉱夫の頭領のHPは9割ほどではあるが、出し惜しみはしない。より精霊に願いが届きやすく、より大きな祝福を得られるように最善を尽くしていく。
「"これは四つの想いが過去と未来を照らす花園。""カルテットガーデンフラワー!!"」
正式名称はプロテクトフィールドだと思うが、規模は全く異なる。生い茂る青い彼岸花は当初の四角形の外にすら一面に咲いていき、鉱夫の頭領の足元にまで及んでいた。
「凄い……!!」
「綺麗……」
ソード君と巴君が見惚れ、思わず感嘆の声を漏らすほどの幻想的な風景だ。これがかつてのメタルポートの岬の風景だったのかもしれない。
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオッ!!」
しかし、今までで一番の怒り狂った叫声が大気を震わせた。ギラついた眼にはソリンしか映っていないのだろう。
「やべえっ!! 聖水ぶつけまくれ!!」
「はいっ!!」
こんぶが慌てて指示し、ソード君と巴君が直接鉱夫の頭領に聖水を投げつけていくが、何一つ効かない。重戦車を思わせる足取りで花弁を散らし、黒い轍を刻み込んで再度瘴気を上書きしていく。
「瘴気が晴れ、ようやく鮮明な姿の貴方と対面叶いましたね……。その痛々しい体、ボクが受け止めましょう……!!」
ソリンが包容力を発揮しているが、それでは俺達が困る。そもそも万が一を起こさないようにソリンの前には俺がいるんだからな。煌々と燃える篝火の火の上に、掌を伸ばす。
「精霊よ。花々に宿る精霊よ。風と遊ぶ精霊よ。火に揺らめく精霊よ。我が掌に集まり給え」
精霊の呼びかけは順調だ。掌に淡い光が集まり、大きくなっていく。巡回する精鋭コボルトを焼いた時よりも強く祈り、力を籠め、踏ん張る。
「精霊よ。彼のヒトガタを退ける炎を与え給え」
集まってくれた精霊が、俺の願いを聞いて炎に変わっていく。篝火の火が全て俺の掌に吸い込まれていくような、ごうごうと大きな唸りを感じる。
鉱夫の頭領はツルハシを俺に振るう素振りすらなかったが、大きくなっていく祝福と火を感じたのか、初めて目線が俺を捉えた。その瞬間にこちらの詠唱が終わる。
「燃えろ!!」
本家の魔法使いと遜色ない火球が猛然と飛び出す。
鉱夫の頭領が避けられるはずもなく、火柱を立てて燃え盛った。
「「やったか!?」」
こんぶとソード君が声を揃えて駆け寄ってくるが、残り9割あったHPが全て吹き飛んでいるとは到底思えない。
静けさを最初に塗り替えたのは、BGMだった。聖歌隊のコーラスのような音が流れ始める。ピアノとトランペット、ヴァイオリンの厚い音の重なりは、まるで俺達を讃えているかのようだ。
「……彼の無念を、少しでも私の花で晴らすことが出来たのでしょうか」
ソリンが地面に咲く青い彼岸花の花弁をそっと撫でる。
「彼岸花の花言葉は"再会"というそうです。いつかまた、お会い出来る日を祈っています」
ソリンが立ち上がった瞬間、BGMの圧が増した。
テンポが速くなり、けたたましさすら覚える重低音は聞き覚えがある。怨念の哄笑だ。指揮者が指揮棒をやたらめったら振り回して暴れているステージが頭に浮かび上がる。
「……まだ心は晴れないのですね」
心の底から悲しげにソリンが言う。
「ちょっとしつこくねえ? もっさんの必殺技で終わっとくのが役目だろ」
「大昔から怪獣は光線一発程度じゃ爆散しないぞ」
「ただのキックが最強の必殺技だったのが懐かしいぜ」
イベントが終わって再開するまで暇なこんぶと俺は好き勝手言っていた。
「許さん……! 終わってなるものか……! このまま終わらせていいわけがあるものか……!!!!」
火が消えたあと、そこには鉱夫の頭領が立っていた。手足を折られる以前の姿に戻ったのだろう。体は一回り小さくなり、人間味を増している。
「追い詰められて理性が戻る系のやつか」
"全てを許容せぬ贄、鉱夫の頭領"の名前は変わっておらず、HPはおよそ半分になっていた。
「許さん! 全て死に絶えろ!!」
ツルハシを両手に握り、一直線に俺に向かってくる鉱夫の頭領。
「酷い八つ当たりだ」
当たり前だが、ツルハシの直撃なんてものを受けたら余裕で死ぬ。
「精霊よ。彼の者の足を掬い給え」
『精霊の悪戯』により、花々に足をとられたかのように鉱夫の頭領が態勢を崩す。惜しみなくアイテムをばら撒いたのと、ソリンの術のおかげで精霊への呼びかけもかなり成功しやすくなっている。
「ナイスもっさん!」
「すまん、そろそろMPのほうがなくなりそうだ」
「あー、マジックポーションってなんであんなたけえんだろうな? 街の特売で買い溜めするしかないもんな」
「そんな気を遣わなくていいぞ。そもそも俺はシャーマンだから街の特売とかに遭遇する機会がない」
「も、森の民さんお疲れ様っす。今日は早上がりっスか??」
「うるせえ。死ぬまでやるわ」
MPと反比例して軽口ばかり増えていく。そもそも少し前に桃櫛神様の社に財産を費やしたばかりだ。マジックポーションとかいう堅実にやっていればラストエリクサーになりかねない物を買う余裕なんてあるはずもない。鉱夫の頭領のHPはあと半分も残っているというのに、早くも切れる手がほとんどない。
瘴気はなくなったが鉱夫の頭領の攻撃に付随するデバフ自体は健在で、本当に一撃でも貰えば致命傷になる。
「ソード君はソリンの横で待機。巴君は弓で全力で援護してくれ」
「了解!」
「わかりました……!」
巴君がやる気満々な声で矢を番える。待ってましたと言わんばかりだ。
「ボクに残された力はあと僅か……。申し訳ありません。この花園を維持するのに精一杯です……!」
「ソリン、お前もか」
「こんぶさーーん! 頑張れーー!! ファイトーー!!」
「うおおおおやってやらあーー!!」
こんぶがマジックポーションをがぶ飲みしながら殴り込む。しかしながら火力が全然足りない。
そこからは酷い泥試合だった。
鉱夫の頭領のHPが3割になった時、鉱夫の頭領が闇のビームをソリン狙いで撃ちやがった。
「忌々しい光が!! 消えろ!!」
「危なーーい!!」
「ソードくーーん!!」
「後は……任せました……」
「おのれ動けないソリンを狙うとは卑怯なり!」
そういうわけでソード君が最初に逝った。
そしてそれからなんやかんやして鉱夫の頭領のHPが1割になった時。
「オオオオオオオオオッ!! 何故生きている??!! 許せぬ!! 許されぬ!! 決して!!」
「ソリィーン! 2回目くらいは避けてくれーー!!」
「もっさーーん!!」
2回目のビームには俺が肉盾になって犠牲になりつつ、どうにかこうにかこんぶが残り1割も削り、ソリンを生存させて鉱夫の頭領を倒しましたとさ。
因みに、戦闘終了時に死んでいたら報酬は全然貰えない。出費ばかりが嵩む大損だった。
「こんぶ。次からはお前の同僚とか神官とか、その方面に特化した職業の奴らに頼んでくれ」
「そんなこと言うなよ、あの炎、痺れるくれえカッコよかったぜブラザー……!!」
「やめろ」




