16話
メタルポートから北西にある岬。東を見れば雄大な山々が連なり、西を見ればどこまでも広がる穏やかな海を眺められる。
さざなみと海鳥の鳴き音しかなく、どこか現実から切り離されてしまったような印象すら抱くこの岬も、かつては活気があった。
鉱山を鉱夫達が掘る音が絶え間なく響き、海は様々な船が行き交い積荷を運び、人々の波が押し寄せていた。およそ数百年前までは。
今では廃墟しか残らないそこに、ソリンはいた。
「この彼岸花は少し特殊な種で、山と海が近い地にしか生えないそうです。赤い花弁に色づく、淡い青色が綺麗なこの彼岸花。点々と慎ましく揺れる今と違い、災禍以前は岬一面にこの花が咲き誇っていたそうです」
まるで彼岸花に語りかけるように呟くソリンの背後で、俺達はその透き通るような語りに聴き入っていた。
「二度の巡礼の度に、この花と遺品を供えました。そして此度三度目の手向けに、ようやく終わりを迎えられそうです」
ソリンが右手の手の平を柔らかく虚空に差し出す。"そぉ……"という擬音がつきそうなくらいに緩やかで柔らかい。
「さあ、集いましょう。思いを残すには、既に多くのものを忘れてしまいました」
辺りに突如影が差したように暗くなる。下りた帷が形を作っていく。
「参ります。僕は"ソリン"。"供花のソリン"。最期を飾り、語り継ぐ者」
歌うように名乗るソリンの目の前では黒い魂のような怨念が渦巻き、その中心には大きな恰幅の良い男が意思薄弱に佇んでいた。自らを取り巻く怨念に苛まれているように、不自然に体がゆらゆらと揺さぶられている。
「思い出せますか? ルワルド=メタル伯。そして、メタルポートの名を」
問うソリンに呼応して叫び、暴れだしたのは、無数の怨念だった。
そして戦闘BGMが流れ出す。戦闘開始だ。
先ず前に飛び出したのはこんぶだった。
「俺はこんぶ! 塞がらぬ手のこんぶ! 助太刀するぜ!」
「この巡り会いに感謝を。共に手向けましょう」
パーティーのリーダーはこんぶだ。このイベントはこんぶがメインで進んでいる。
「誰かに使うのは久しぶりですね。"捧げます。これは守りの花"。」
「うおおおお!! この光は一体……?!」
「守りの花だっつってんだろ」
正式名称は『プロテクトシャイン』。本来花とは全く関係のない巡礼者の技だが、ソリンが使うと綺麗な花の光のエフェクトが文字通り咲く。
主な効力は信仰(FAI)の上昇とデバフ耐性の上昇だ。
「こんぶパンチ!」
ルワルド=メタル伯にコンパクトに攻撃していくこんぶ。言葉はふざけているが、無意味に飛び跳ねたり飛び掛かったりはせず、堅実に戦っている。
ルワルド=メタル伯を取り巻く怨念が不規則にびゅんびゅんとこんぶに襲いかかるが、こんぶは拳で弾くなどして軽快に避けていく。
『RESIST!』のログが大量に流れていく。
変哲のない攻撃に見える怨念だが、何の対策もなく当たるとその戦闘中は使い物にならなくなるくらいのデバフの塊らしい。巡礼者のイベントだから何の対策もないはずもないが、それにしても過剰だ。
「こんぶ真拳!」
こんぶは拳を振り抜かず、腰を落として流れるように小さく刻み左右に移動してヒットアンドアウェイを繰り返していた。ボクシングのようなステップではなく、何かの格闘技のような地面に吸い付くような足運びだ。
おそらく現実で何かそういう格闘技を習っているのだろう。ボスに張り付いてダメージを与える立ち回りが素晴らしい。単純に上手く、手堅く、強い。
「凄い……!」
ソード君が瞠目してこんぶを見つめている。巴君も「あのおっさん強いのか」みたいな感じで驚いた表情を浮かべていた。
「"芽吹きの時です。根に持つ遺恨を吸い上げましょう"」
ソリンのスタイルは支援と設置型だ。時間はかかるが、蒔いた種から芽が出て花が咲いた時には絡め取られる。
「"きっと、いつかまたお会いしましょうね"」
ルワルド=メタル伯の足元に生えた彼岸花の光に焼かれるように、ルワルド=メタル伯のHPバーがぐんぐんと物凄い速度で減っていく。
「「やったか!?」」
こんぶとソード君がハモる。
崩れていくルワルド=メタル伯の体。それを一際大きな怨念が飲み込んだ。
「これはやってないな」
「皆さん、気をつけてください……!」
ソリンが真に迫る声で警戒を呼びかけてくれる。
闇が蠢き、彼岸花の光すら閉ざされる。ルワルド=メタル伯だったものがみるみると上書きされていき、現れたのは腹まで恰幅の良かったルワルド=メタル伯とは打って変わって痩せ気味の偉丈夫だった。
「オオオオオオオオオ!!」
けたたましい金切り声が響く。"悪逆の領主ルワルド"という名前が消え、"全てを許容せぬ贄、鉱夫の頭領"という名前に切り替わる。
「彼はおそらく、ルワルド=メタル伯に鉱物横領の罪を着せられ、処刑されたという鉱夫の頭領です。余りにも強大な恨みの念が死後もルワルド=メタル伯の魂をこの地に縛り続け、終わらない責め苦を与え続けていたのでしょう」
ソリンが解説をしてくれる。
「まあ、生前好きなだけ暴れ散らかしたルワルドの無念なんざ、こいつに比べりゃちっぽけなもんだよなあ」
空気を読まないこんぶが茶々を入れる。
「空気すらも腐らせてしまいそうなこの濃密な瘴気……! ルワルド=メタル伯よりも凄惨な戦いが予想されます! 僕も死力を尽くしますが、どうか皆さん死なないで!」
「というわけだ! 俺らは死んでもソリンだけは絶対に死なせねえぞ!!」
「勢いしか噛み合ってない……!!」
「ソリンさん可哀想……」
初心者組のソードと巴君が嘆いているが、そういうもんだから仕方ない。
「本番だ。これまで見ているだけだったぶん、しっかりソリンを守るぞ」
「はい!」
思っていたよりも随分と難易度が高そうだが、やるしかない。ソリンの前に立ち、祈る。
「精霊よ。我を守り給え」




