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14話



 SOTWのテキストによれば、コボルトには戦士と埋葬の概念があるらしい。強い戦士を埋葬する際には、戦士の牙や尾骨を切り取り、お守りのようにして身に付ける文化があるのだとか。


 コボルト氏族の長からドロップしたアイテム、"コボルト氏族たちの首飾り"を装備する。コボルトの戦士たちの遺骨を集めて穴をくり抜き、麻布の紐を通しただけの物だ。一見すると小汚さすら感じられる。


 だが想いを束ねたこれはシャーマンには精霊を宿しやすい触媒として機能する。ステータス的には信仰や運がやや上昇する程度の装飾品だ。しかし石よりも精霊の許容値は高く、過剰負荷エンチャント・オーバロードも成功しやすいという類い稀な利点がある。当然、そういうふうに使ったら爆散して二度と元に戻ることはない。


 この首飾りは貴重だ。シャーマンにとって普段から効力があり、いざという時の切り札にもなる素晴らしいアイテムだ。見た目の蛮族具合に拍車がかかる以外は何の問題もない。


「この地の恵みに祈りを捧げん」


 るんるん気分で祈りを終える。まさか本当に勝てるとは、というのが本心だろうか。きっと良い出目や判定に恵まれたに違いない。やはり祈り……。祈りは裏切らない。


 俺の中の信仰心が高まるのを感じる。吹いている、確実に。今までにない熱を感じる。


 今回の祈りは上手くいったかもしれない。満足したところで、コボルト氏族の長を倒した後のルートをおさらいしておこう。正規ルートは始まりの街から王都を目指すルートだ。様々なストーリーやイベントをこなしつつ、幅広い物語を順当に楽しんでいける。


 コボルト氏族の長を倒した先、つまり始まりの街を経由しない迂回ルートになるが、これは幅広いというよりは混沌としたルートになる。例えばコボルトというモンスターには埋葬の文化があるとか、そんな散りばめられたフレーバーテキストを拾い上げていくような感じで、一貫性やまとまりがない。


 なんなら拾い上げなくてもいい。行けるところに行けばいいさ、というような投げやり感すら覚えるようなルートを辿って行くことになる。

 

 ソード君と巴君は迂回ルートにする方針というのは聞いた。勿論俺もついていくことになるので、そのための準備をしているところだ。人間の文明に近づいた時のデバフを受けずにすむが、進めば拠点バフはもう届かなくなる。消耗品の数もある程度多めに持っていったほうが良いだろう。


 祝福を受けた石や祝福を受けたコボルトの骨などを見渡し、ちょうど良さそうなものをいくつかインベントリに回収していく。シャーマンの術の成功判定は、祝福を受けた素材である程度補うことができる。


 ソード君と巴君のペースにもよるが、今はかなりのハイペースで攻略を進めている。このままのペースでいけば、これまで集めた素材だけじゃ全然足りないくらいだ。俺にはソード君のような才能はないため、アイテムで補っていく他ないだろう。


 何度か忘れ物がないか確認したが、思い当たらなかった。ソード君達の準備も整っているらしい。よし、と頷き、コボルト氏族の長のセーフティエリアへワープする。



◆◆◆




 ワープした先では、ソード君と巴君が丸太に腰かけていた。近いとも離れているともとれる、絶妙な距離感だ。雑談に花を咲かせていたようだが、俺に気づいた二人は直ぐに立ち上がった。


「お疲れ様です、森の民さん」

「こんばんは……」

「二人もお疲れ様」


 学生の二人と俺。どちらかといえばIN時間は俺のほうが遅いことが多い。内心ではいつ追い抜かされるのかと冷や汗ものだった。


「それじゃあ行きましょう!」


 いつも通りやる気充分な様子のソード君に続き、ゆっくりと歩いていく。


「情報通り、ここら辺はあまり敵がいませんね」

「いても精鋭コボルトほど強くない。山と海が近くなるから、素材や景色は変わっていくけど」

「眺めが良いですね。潮の匂いもちゃんとする」

「海岸を降りると多種多様な敵と地下通路もあるが、本当にそっちは行かなくていいのか?」


 色んな意味で楽しいぞ、と地獄を共有したい悪戯心からソード君に尋ねると、苦笑混じりに返された。


「はい。近い方から順番に全部攻略するには、広過ぎますからね。かなり手間もかかるんでしょう?」

「地形も敵も面倒なのが多いのは間違いない。直剣や弓が使いづらいだろうな」

「じゃあ後回しにしましょう」

「俺ももう二度と行きたくないって悪態吐いたのを思い出したよ」

「でしょうね」


 軽はずみな発言で自分も苦しめるところだった。冗談を言い合える仲になったともとれるかもしれないが、今のはよくなかったなと反省した。巴君から向けられる白い目から逃れるように腰の手斧を触る。直剣よりも手に馴染む、精鋭コボルトの手斧だ。


「もう直剣は使わないんですか?」


 ソード君が物珍しげに聞いてきた。


「直剣は器用さより筋力の武器だからなあ。こっち(手斧)の方が使いやすいんだよ」

「でもリーチが短い武器のほうが難しくないですか?」

「それも一理ある。ただ、シャーマンはそもそも近接職じゃないんだ。手斧が不利な相手には距離をとるだけだ」

「そういえばそうでしたね」

「パーティーで役割分担しているからその時が来るかはわからないけどな。ソード君も必要になったら覚えるさ」

「なるほど」


 ソード君は頷きながらも、「森の民さんみたいに器用に出来るとは思わないっスけどねえ」などと半信半疑な様子で呟いていた。


「……つまり、ソロだからそんなに沢山のことが出来るようになったということですか?」


 静観していた巴君が聞いてくる。


「それもある。でも、一番は経験だろうな。俺は一年ちょっとこのゲームをしているんだぞ? シャーマン以外の職業もして、ネットの情報や動画も見て、上手くいったりいかなかったりしながら出来ることを増やしていって今があるわけだ」

「……確かに、一年していて何も出来ないわけがないですね」

「ああ。そういうことだ」


 あまりにもストレートな物言いだが、巴君の言う通りだ。俺が器用なんじゃなくて、そうなって当たり前の時間を過ごしてきただけだ。


「俺の一年なんて大したことじゃない。二人なら直ぐに追い抜かすさ。プレイヤースキルではもう追い抜かれているようなものだし、本当に経験くらいしか差がないんだよ」

「いや、それはないです」

 

 ソード君に真顔で否定されたところで目的地に着いた。


「ここが"廃墟メタルポート"だ。どういう場所だったかは、中に説明してくれる人がいるぞ」

「森の民さんは聞かないんですか?」

「長いからな」


 というわけで二人を先に行かせる。中にいるのは"巡礼者 ソリン"だ。巡礼者というのはプレイヤーもなれる職業の一つで、協会に所属して各地で災禍があった場所を訪れて死者の供養をする役割を持っている。ステータスとしては素早さと信仰が高い。


 ソリンの協会での二つ名は"供花くげのソリン"。巡礼者の名の通り、各地に花を供え、悲劇の教訓を伝え廻っている。透き通った声が心地良い、物腰の柔らかい儚げな青年だ。


 そのソリンいわく、メタルポートはその昔、港と鉱山を有するとても栄えた大きな街だったという。そんな栄華の終わりは、当時の領主の悪逆によって齎された。資源とはいつか無くなるもの。領主は手を尽くしたが、近い未来に鉱山が全て廃坑になることを知っていた。しかし、"何故自分の代で""不公平じゃないか"と富が失われることに全く納得出来なかった。


 説明を省略するがその結果、メタルポートは人の住める街ではなくなってしまった。


 ソード君と巴君もソリンから同じような話を聞いていることだろう。廃墟メタルポートを探索しても、あまり良い物は見つからない。ソリンの解説付きで広い廃墟を歩き回る、ちょっとしたフレーバーテキストが楽しめる遺物探検ツアーだ。


「暇そうだな」


 二人が楽しんでいる間の暇つぶしに悩んでいると、気さくに声をかけられた。おそらく歳は30前半、俺より年上かもしれないという佇まいだった。


「仲間を待っていましてね」

「楽にして欲しい。折角のゲームなんだから、同年代の相手に畏まられるのは面白くない」

「そうか。それで何用で?」

「そうだな。手短に言おう。これは他言しないで欲しいんだが、攻略サイトにも載っていないソリンのイベントを発見した。そこまでは良かったんだが、一人じゃクリア出来そうにないから協力者を探しているのさ」

「その協力者は誰でも良いのか?」

「信仰に秀でた職業で、ある程度の強さも求められる」

「それは──」


 「俺は適任じゃない」と言おうとしたところで、システム音が流れる。


 『こんぶから決闘の申し込みが送られました』


「これは一体?」

「これが一番わかりやすいだろう?」


 俺の表情が固かったからだろう、目の前のプレイヤー"こんぶ"は矢継ぎ早に言ってきた。


「俺の職業じょぶは巡礼者。二つ名は塞がらぬ手のこんぶ。ソリンイベントを進めたいだけだし、あんたにもうまみはあるだろ?」

「俺は森の民。わかった、協力しよう」


 といいつつ、"NO"を選ぶ。


 『こんぶから決闘の申し込みが送られました』


 無言で送られてきたそれに、無言で"NO"を選ぶ。


 それを三度ほど繰り返したところで、ついにこんぶが両手を上げた。


「いやー参った参った! こっちは必死に笑い堪えてるのにあんたは顔色一つ変えやしねえし! 大体森の民ってなんだよ?!」

「それは俺にもわからん。でもこんぶには負けると思う」

「へへへへ、そうかい。しかし森の民って呼びにくいな」

「森でも民でも好きに呼んでくれ」

「じゃあもっさんだな」

「それは嫌なんだが」

「頼むぜもっさん!」


 調子に乗って肩まで組んでくるこんぶに、俺は溜息を吐くしかなかった。

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