12話
盾を持ち、コボルト氏族の長と向き合う。懐かしい感覚だ。SOTW体験版βの頃、俺は一通りの職業を経験している。その時の俺は一日平均6時間くらいプレイしていて、in時間は19時から25時ほどの間だった。
その頃は一番アクティブで、熱意があって、柄にもなくパーティーもよく組んでいた。およそ一年くらい前だろうか。それが酷く懐かしく感じられる。
ソード君はシャーマンなのに直剣を使いこなす。巴君は生産職で弓を使いこなす。それなら、俺にも不可能ではないはずだ。シャーマンでメインの盾役なんてしたことはないが、スキルやステータスが全てではないことはこの短期間で学ばせてもらった。
「精霊よ。我に集い給え」
コボルト氏族の長に向かっていく。半端な距離では駄目だ。懐に潜り込まなければいけない。コボルト氏族の長は距離を詰められたら無限にバックステップを繰り返す様なAIはしていない。そして距離を詰められて槍では不利な間合において、滅茶苦茶柔軟に対応してくるわけでもない。
それが最も付け入る隙になる。
近づいてくる俺を睨むコボルト氏族の長の攻撃が始まる。「ジャァ!!」と野太い声から突きが繰り出されるが、盾で横に弾く。腕が重いが、足はなるべく止めてはいけない。
「精霊よ。我に集い給え」
こまめに精霊に呼びかける。きちんとした指向性もなく時間もかけていない呼びかけでは微かにステータスが上がったりしなかったりする程度の効果しかないが、決して無駄にはならない。
さあ、無事にソード君を連れて来れたぞ。
「精霊よ! 俺に力を貸してくれ!」
ソード君が俺の背後から飛び出し、横合いからコボルト氏族の長に斬りつける。ターゲットが俺からソード君に変わる前に先んじて盾で下へと押し付けるように槍の持ち手を殴る。
コボルト氏族の長が槍から片手を放し、殴りかかってきたのを盾で受ける。
「そこお!」
俺を殴るために乗り出してきたコボルト氏族の長の半身をソード君が斬りつける。コボルト氏族の長が後退する。すかさず距離を詰めにいく。
「精霊よ。我に集い給え」
「ジィヤアァ!!」
「ぐっ……!」
鉄が鉄の上を滑る。不愉快な感覚だ。両手に槍を持ち、腰を落とした鋭く重い突きを三度浴びせられるが、盾でしっかりと受け切る。進むのは二度目の突きから諦めた。
「集いし精霊よ。我を癒し給え」
盾で受けてもHPは僅かに減り、スタミナ(VIT)も削られる。『精霊の癒し』はHPとスタミナを回復し続けるシャーマンの回復スキルだ。今の場合、回復量は微小に、時間は5秒ほどで効果は切れてしまうだろう。だがそれが頼もしい。
また足を進める。
「精霊よ。我に集い給え」
ゴーレムの時とは違い、間合いの変化が激しい。僅かな動作から行動を読み取らないといけない緊張感が消耗を早める。ソード君も巴君も手数を稼げないでいる。コボルト氏族の長のターゲットがずっと俺に向いているのがなによりも顕著だ。
焦ってはいけない。むしろ変にターゲットがぶれ続けるよりよっぽどやりやすいし、好都合だ。
「精霊よ。我に集い給え」
呼吸を整えるように精霊に呼びかける。敵の懐にいると武器で攻撃されるよりも、殴る、蹴るの暴行や掴まれるのがとても厄介だ。もしコボルト氏族の長のAIに"プレイヤーの盾を掴む"なんてパターンがあれば、とっくの昔に俺は転がされて床を舐めていることだろう。
「精霊よ! 俺に力を!!」
「ギャオオオ!!」
「25%だ! 来るぞ!」
コボルト氏族の長が大きく距離をとり、咆哮を上げる。俺は追い縋るように走る。ここからが本番だ。巴君がキャンセルを決めてくれれば一番手っ取り早いが、どうだろうか。
コボルト氏族の長が息を吸う。いくらなんでも距離があり過ぎた。巴君がどうこう以前に俺もソード君も間に合わない。足を止める。
「集いし精霊たちよ。今一度我が呼びかけに応え給え。我に祝福を与え給え」
「ジィヤア!!」
『雄叫び』と『踏み込み』が発動する。矢が飛来し、胸に刺さるがコボルト氏族の長が止まる様子はない。
「精霊よ。揺るがぬ大地の精霊よ。我を守り給え──」
「シャアッ!!」
「────ッッ!!」
視界が明滅する。身体が軋む。鼓膜が揺れる。そして何もわからない。とんでもない速さで飛んでくる鉄球を鉄の盾で受け止めるとこんな衝撃になるんじゃないだろうか。
「森の民さん! 精霊よ! 癒してくれ!」
「ああ……。そうだ。ソード君が背中を支えてくれたおかげで吹き飛ばされずに済んだよ」
ソード君の信仰力では精霊の癒しの効果はほとんどないようなものだが、おかげで思考がはっきりとしてきた。巴君が矢を撃ち続けてくれていたようで、コボルト氏族の長のHPはおよそ20%になっている。
「もうひと頑張りしようか」
「はい!!」
コボルト氏族の長が走って来ている。だが、方向は俺たちじゃない。どうやらターゲットが巴君へと移ったようだ。
「っ! すまない。タゲを取って時間を稼いでくれないか?」
「わかりました! 精霊よ! 俺に速さを!」
ソード君が駆け出して行く。「守られてばかりでいられるか!」と、コボルト氏族の長の雄叫びにも負けないくらいに声を張り上げ、勇ましく存在を主張していた。
「精霊よ。我を癒し給え」
スタミナを一瞬で大きく削られたせいでバッドステータスがついているな。VITが低いのに盾役を敢行した弊害だ。体ががくがくと震えておぼつかない。
「はあああ!!」
見れば、ソード君にターゲットが移っていた。コボルト氏族の長と鎬を削り合いながら、徐々に押され始めてしまっている。
「精霊よ!!」
果たしてソード君は何を呼びかけたのか。わからないが、コボルト氏族の長が獲物へトドメを刺すように放った強い突きをソード君は大きく払い上げ、さらにはその反動を活かしてバックステップで距離をとっていた。
本当によくやってくれている。だが、状況は芳しくない。コボルト氏族の長のHPは依然として残り20%もある。
俺は盾をインベントリにしまった。今回のために装備した肩当てなども全て外した。
そして石を取り出す。拠点で祈りを籠めていた、祝福された石だ。
目を瞑り、祈る。
「この一戦、この一投一石を我が神に捧げ奉る。精霊よ、この一石に集い給え。祝福し給え。彼の強きヒトガタを討ち倒す奇跡を与え給え。」
何度もエンチャントを重ねる。一度でも失敗したなら、石は弾け飛び俺は死ぬだろう。
ただひたすら祈る。祈るほどに石は輝きを増していく。
「我が神よ。精霊よ。我が全霊の祈りを、我が全霊の奉公を御覧あれ」
石を掲げ、コボルト氏族の長へ向き合う。ソード君は体中切り傷だらけで満身創痍だ。
直後、コボルト氏族の長が息を吸い、『雄叫び』を上げようとしていた。
「ソード君!! 横に跳べ!!」
「っ!! はいっ!!」
ソード君が形振り構わず身を投げ出すように跳ぶ。
「間に合ってくれ!」と焦る俺の前方、飛来した矢がコボルト氏族の長の首に刺さり、長は大きくよろめいた。この土壇場で、巴君がキャンセルを成功させてくれた。
俺の胸の中にあるのは祈りと深い感謝だった。
「ありがとう」
何故だろう。時間の流れがとても緩やかで静かだ。穏やかな心持ちで石を投げる。
「過剰付与」
やや山なりに光の放物線を描きながら飛んだ石がコボルト氏族の長の胸に当たった瞬間、ピカリと一際輝き、直後『ドカアアン』と派手な音ととも大爆発を引き起こす。
「やったか?!」
ソード君が剣を杖のようにして体を支え、片膝を着いた状態で叫ぶ。
煙が霧散した後に見えたのは、コボルト氏族の長が光になって消えていく光景だった。
つまり、やっていた。俺たちの勝ちだ。
「いやったああああ!!!!」
飛び跳ねる元気もないはずのソード君だが、代わりにぶんぶんと剣を空へと振り回して喜んでいる。
「意外となんとかなるもんだな……」
俺も立ち上がる元気がない。巴君に回復薬を投げつけられるまで、しばらく地面にへたり込んでいた。




