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10話


 ソード君を先頭に巴君、俺の順番で雑木林を進む。


 ソード君と巴君は既にゴブリンを倒しているが、その経験をコボルトに活かせるかというと中々に厳しいと思う。少なくとも俺は慣れるまでに時間がかかった。


 幸い、先にゴーレムを倒しているため推奨レベリングは超えている。さらに前衛のソード君が苦戦したとしても巴君がいる。手も足も出ないということにはならないだろう。

 

 俺が手本を見せてもいいが、二人がメインだし、なにより楽しみを奪いたくない。二人が手助けを求めないうちは見守ることにすると決めた。


 道なりに進みつつ、時折り巴君が採取をしているが、やはり目ぼしいものは見つからないようだ。


 よくよく見てみれば二人の装備が少し変わっている。良質な石材と良質な木材シリーズだろう。石は重いため、主にソード君の武器と巴君の矢の鏃くらいにしか使われていないようだ。


 そして三人とも防具は厚い布の服だ。シャーマンと生産職にとって革の鎧は素早い動きを妨げかねないし、鎧の素材になるような皮はまだ敵からドロップしない。


「コボルト、見つけました」

「……一匹ですね」


 二人の視線が俺に向く。どうやら意見が聞きたいようなので素直に答える。


「巴君なら一発で倒せるだろう。遠距離から良いところに当ててしまえばゴブリンとそう変わらないからな。まぁ、それだと意味がないからソード君を前衛にして戦ってみよう」


 「ここまで問題ないかな?」とソード君を見れば、ソード君は「問題ないっス」と小声で頷いた。


「そうだな。コボルトは牙と爪を主体にして飛び掛かってくるのが基本だ。ゴブリンが相手の時のように剣で受けるよりは、リーチを活かして受け流す、払い退ける、殴りつける、斬り落とすという意識のほうがやりやすいと思う。最悪なのはまともに受けて押し倒されることだな。かといって迎撃が出来ないでいると一生足元に張り付かれて脛を齧られるから、そういう時は素早く思いっきり蹴っとばそう」

「よぉし。やってみます」

「巴君はソード君がピンチになるまでなるべく射らないで欲しい。ただ、いつでもフォローできるように四つん這いの獣を相手に常に狙いをつけてみよう」

「……わかりました」


 特に合図もしないでいると、心構えが出来たのか「行くぜ」とソード君が気合いの入った歩調で近づいていく。不意打ちは全く考えていないようだ。剣を携えて堂々としたその勇姿は、間違いなく剣士の背中だった。


「精霊よ!」


 剣を腰だめに構え、今にも名乗りを上げてもおかしくない状態でソード君が精霊に呼びかける。


「俺に力を!」


 その声でコボルトがソード君に気がつき、四つん這いで駆けた。やはりその動きは素早く、「グルルォ」と低い唸り声を上げ、ソード君目掛けて一直線だ。


 さて、ここでソード君がコボルトの速さに驚き、早めに迎撃の構えをとれば、コボルトは警戒する。流石に剣の切っ先に飛びかかるようなことはせず、横へのステップを織り交ぜるようになるだろう。そうなるととても面倒くさいが、どうなるか。


 そしてついに決着の時が訪れる。

 

 ソード君とコボルトが接触するその手前、コボルトは手足をググッと低く落とし、ソード君に飛びかかるための大きい溜めを作った。まず間違いなく真正面に飛びかかるだろう。


 そしてそれが最良のチャンスだ。ソード君が冷静に剣を腰だめに構えたままだったからこそ訪れた好機といえる。


「ギャオオオン!」

「うおおおおお!!」


 ソード君はコボルトの飛びかかりを横にかわしながら、コボルトの脇腹から首にかけて切り上げた。剣は綺麗に振り抜けている。


 素晴らしいカウンターだった。HPを失ったコボルトはそのまま地面にどさりとやや湿った音をたてて落ち、光になって消えた。


 ソード君の勝ちだ。


「いよっしゃあああ!!」


 毎度のことながら雄叫びを上げるソード君に歩み寄り、労う。いやしかし、本当に凄かった。


「なんだろうな。ここまで見事だと褒め言葉しか出ないよ。少なくとも、俺は初見でこの対応は出来なかったし、その後も苦戦したからな」

「あざっス!! 無我夢中でやったんスけど、上手くいきました!!」

「……ソード君、本当の剣士みたいだった」

「マジか?! はははは! でもシャーマンなんだけどな! 俺!」


 そうなんだよなあ。


 彼女にも褒められてとても上機嫌なソード君だが、俺は正直困った。ソード君という才能の塊を、シャーマンなんて陰湿な職業で燻らせてしまって果たして本当に良いのだろうか。


 本人は楽しそうだが……。無粋なことは言わないという信条が過去一番に揺らいでいる。俺は本当に本気で悩み始めていた。


「森の民さん、どうかしたんですか?」

「ああ、いや、なんでもない。巴君は見ていてどうだった? 交戦中のコボルトに矢を当てられそうだったかな?」

「……射てると思います」

「そうか。本当に二人とも優秀だな。この調子で進んでいこう」


 そういうわけで、ソード君への悩みは一旦心の内にしまい、それとなく二人をコボルトが複数出てくるエリアに誘導した。以前に俺が巡回する精鋭コボルトを倒した場所に近いエリアだ。


「コボルト、二匹います」


 ソード君が指差す先には確かに二匹のコボルトがいた。二匹とも素手で実におあつらえ向きだ。


「よし。巴君の先制射撃はなしで。危なくなったらフォローするから、好きにやってみてくれ」

「「わかりました」」


 相変わらず頼もしさを覚える二人だ。


 これから奥に進めば三匹の群れに出会でくわすことはそう珍しくなくなる。常に一対一で自分に有利な場面ばかりじゃない。


 正直、難しい注文をしてしまったかもしれない。過度な期待かもしれない。しかしその時のために、ソード君には二対一の状況に慣れて欲しかった。


「精霊よ! 俺に力を!」


 先ほどと同じように、ソード君は精霊に呼びかけながら、わざとコボルトに見つかった。


 コボルトは不揃いな足並みでソード君に向かう。


 どうやら時間差で飛びかかるつもりらしい。ソード君は剣を正面に構え、防御の姿勢を見せた。


 すると先頭を走っていたコボルトは速度を緩め、横に逸れていく。


 その横向けになったコボルトの体に矢が生えた。速度を落とし、さらに体が横向きになって当てる的が大きくなったのだから、巴君が外す道理はないだろう。


 どうしよう。初めからこれを狙っていたのなら、二人は天才なのかもしれない。

 

 二匹目のコボルトはそこで初めて巴君に気がつき、完全に意表をつかれていた。


「精霊よ! 俺に速さを! うおおおおお!!」

「ギャヒッ?!」


 気後れしたコボルトに追い討ちをかけるように、ソード君が鬼気迫る大声で一気に走り寄っていく。


「はあああ!!」


 コボルトは体を竦ませながらも回避するが、二撃目をまともに受けて光になって消えた。


 ソード君と巴君の勝ちだ。


 ハイタッチする二人に近づいて、俺は思わず笑みを浮かべた。


「素晴らしい連携だった。なんというか、そうだな。俺って実はいらないんじゃないか?」

「そんなことないですよ?! 何言いだすんですか突然?!」

「おお。ソード君は真面目なツッコミの時は"っス"にならないんだな」

「何の話ですか!?」


 詰め寄ってきたソード君に肩をがっしり掴まれ、激しく前後に揺さぶられる。「森の民さん! 正気にもどってください!」と本気で俺の心配をしているソード君の手をぽんぽんと叩き、「ちょ、ま、」と声にならない声でギブアップを宣言する。目がぐるんぐるんしてとてつもなく気持ちが悪い。


 解放された後、はー、はー、と俺が息を整える音だけが辺りを静かに騒がせていた。


「……すまない。何の話かわからないだろうな。完全に俺の都合で悪いんだが、何というか悩んでいたのがいっそ馬鹿らしくなってきてさ。ここまでくると見届けたくなってきたよ」

「つまりどういうことなんです????」

「良ければ、これからも助言おじさんとして君達の後ろをついていかせて欲しい」


 はははは、と渇いた笑いをしながら「よろしく」と手を出せば、ソード君は怪訝けげんそうな顔もしながらも両手でがっちりと手を握ってきた。


「いや、森の民さんに俺達が頼んでついて来てもらってたはずなんスけどね? そういうことなら言質とりましたからね? これからもよろしくお願いしますね? ほら、巴も」

「……正式にパーティーは組まないんですか?」

「それは駄目だ。パーティーを組むと距離感がわからなくなるからな」

「……あ、はい……」


 きっぱりと情けない宣言をすると、巴君は"なんだこいつ"という風な目で俺を見ていた。


「厄介なおじさんで悪いが、そういうことで頼むよ」

「勿論です」

「……よろしくお願いします」


 こうして俺は若さ溢れる面白い二人のプレイを見守ることにした。

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