それもうバケモノの「ありがとう」になってるわ。①
「土屋って、ここに入る前は何やってたんだ?」
一ノ瀬さんとは就寝の前に色々と話すようになった。ただ、最新の外のニュースを知るために色々質問しているので、自分を気に入ったとかではなく最新の情報を持ち得る人間だからなのだろう。テレビを見られる時間もあるのだが、かなり断片的な情報にしかならないらしい。しかし一ノ瀬さんの要望に応えるという点においては、俺の仕事はかなり適切だった。
「俺、記者だったんですよ」
「へー、どうりで」
メインは企業の情報や動向を仕入れていた。専門でない分野は大量にあるが、それでも世間の話題についていくのは容易である。
「記者ってさ、イメージだけどいろんな話であることないこと書いちゃうって思ってるんだけど」
「まぁ、当たらずとも遠からずですね。無駄に誇張して書く人も多いです。だからってちゃんと書いても、受け取り手が思ってた解釈とは別にされるなんてのもよくあります。事実を書いたら、批判的すぎるって言われたり」
「……なるほど、自分がいくら詳しく話しても、簡単に曲解される…ってやつね」
一ノ瀬さんは、まるで別の人から同じ内容の話を過去に聞いたみたいな、そんな口ぶりだった。
部屋が同じでない人との交流は、タイミングが限られている。刑務作業の時間や食事の時間、あとは運動場や談話室での自由時間。森山とは部屋も刑務作業も違うので食事時間と土日祝日の自由時間が、会えるタイミングだ。
「土屋、お前に頼みたいことがあるんだけど」
森山は謎のシャドーボクシングをしながら、運動場端のベンチに座っていた俺に話しかけてきた。
頼みたいこと、と言われた瞬間は何で俺がお前の面倒事を聞かないといけないんだと瞬間的に考えたのだが、こうして比較的平穏に過ごせている以上少しぐらい恩義は返していくべきかと気持ちを切り替えた。
「な、俺のおかげで比較的平穏に過ごせているんだからさ、頼みを聞いてくれよ」
…こいつは微妙にデリカシーが無いらしい。唐突に頼み事を聞く気がなくなりそうになった。宿題をやろうと思ったタイミングで親に「宿題やったの!?」と言われるとやる気が無くなる、アレに通づるものがある。
「俺の同部屋で困ってる奴がいてさ。土屋って確か、前の仕事記者だよな? もし文章とか書くの苦じゃなかったら、頼みたいんだよ」
森山の話はこうだった。同部屋に年下の奴がいて、そいつは両親に手紙を書きたい。けど書くのは初めてだし口下手だから、誰かに代筆を頼みたい。一番マトモな内容を書けそうな森山だったが、手紙の細かい形式までは分からない。だから俺に話が来た。そういう流れだった。
まぁ、森山に恩義を感じていないというのも嘘になるので、面倒にならなさそうなら引き受けてもいいか。
そいつは今談話室で手紙の内容に頭を悩ませているので、そっちに移動した。森山曰く、そいつは法律の勉強をしすぎているので口下手になった…らしい。そうとしか説明できないらしいのだが、こちらとしては意味不明だった。
談話室には、鉛筆と紙を用意して机に座り、「うーん」とか「あー」とか如何にも頭を捻っている感じの奴が居た。
「赤西、連れてきたぞ」
その赤西とやらは、結構なイケメンだった。鼻筋が通っていて、いわゆる猫目みたいな目つき。顔も小さい。もう普通にアイドルをやっていてもおかしくないぐらいのイケメン。どう考えても俺たちと比べて人生イージーモードなやつ。同じ囚人という立場なので、服装も全く同じなのだが、何故か同じ服を来ているとは思えない。
「紹介するよ、こいつ、赤西ラウル」
しかもハーフかい。さぞかしモテただろうな昔は。きっと犯罪も、女関係の不貞でふしだらな行いで捕まったに違いない。
「ちなみに、ベイブレードと遊戯王カードと妖怪メダルを盗みすぎて捕まった」
マジか。なんて大人気ない大人なんだ。本来踏みとどまるべき少年の邪な欲望をそのまま行動に移してしまったんだな…。
「で、こいつが土屋。下着泥棒で捕まった。泥棒仲間だ」
「やめろそんな括り方。…まぁ、よろしく」
俺は赤西に右手で握手を求め、赤西もまたそれに応えようと手を伸ばした。
その時である。
「この握手は、依頼者と被依頼者との間の権利的な関係を適切に調整し友好的でかつ平和的な関係を築くとともに、依頼者を甲、被依頼者を乙として甲の望む内容の文章の執筆を乙に委託する契約を締結したと同義と見なし、以って甲と乙両者の経済的または精神的な自由を阻害しないと見做す事を目的とする」
!?
ものすごい早口でいっぱい喋ってたぞ!?
俺の戸惑いをよそに、赤西は俺の手をとった。