なんだこのお笑い芸人がやってるユーチューブの企画でありそうな状況は。①
一通りの手続きが終わると、これから過ごす房に案内された。そこは十二畳程度の空間で、そのスペースに俺含めた5人が詰め込まれ、彼らは夕食の時間を迎えていた。今日からこいつらと共同生活を強いられるわけだが、暴力や盗みをしてくる奴がいないと願っておこう。
「よう、お前が新入りか。何やらかしたんだ?」
馴れ馴れしい男が肩を組んできて、勾留所と同じ質問をされた。やはりみんな気になる部分は同じらしい。
「一応、窃盗てことになってます」
この刑務所に入れられた以上、窃盗した事実はすでに作り上げられてしまっている。しかしそれでも、自分までもがそれを認めてしまわないように言葉を乗せた。
「一応?」
「はい。やった記憶がないので、一応と加えました」
「へー。まぁ確かに、たまーにそういうやつもいるな。濡れ衣だとか誤認逮捕だとか。あとは、酒で記憶がないとかな」
酒の可能性を示唆してきたが、それはない。俺は酒を飲まない。
「お前、名前は?」
「土屋です」
「土屋ね、よろしく」
男は相変わらず肩を組んだまま話しかけてくるし、肩を組んだまま握手を求めてきた。
「俺は、一ノ瀬。ここにもう九年入ってる、二番目の古株だ。あっちのおっさんが十一年で、危険運転だとさ。で、あそこのイケメンがインサイダー取引、腕立て伏せしてるのが収賄だと」
…名前を先に教えて欲しいのだが。一ノ瀬さん以外、犯罪しかわからない。しかしそれにしても、世の中色々な事情で捕まる人がいるらしい。誰しもが、なんというか、怒りに身を任せて人をあやめてしまったとか、そういうのではないと知って少し安心した。イメージでは勝手に、暴力的な人ばかりだと勘違いしてしまっており、自分の思い込みや決めつけを恥ずかしく思う。
「あの、一ノ瀬さんはなんの罪で捕まったんでしょうか?」
肩を組んでいるので一ノ瀬さんの顔が近い。
「俺か? 俺は人を殺してな。しめ殺しちまったんだよ」
おおう………。
俺はそっと、一ノ瀬さんの腕を外した。
この刑務所に入って数週間経った。そこである本の内容を思い出した。人はイジメをやめられないのだと。自分の優位性を確立したり、集団を形成して安心をしたいのだ。その手法として、下の立場に追いやられたり、ハズレ者にされたりする人間が現れる。そして一番イジメの対象になりやすいのは、新入り。新入りという未知の存在は、優位性を脅かしたり形成した集団を崩したりする可能性がある。なので、イジメによってその未来を潰すのだ。当然俺もその説にもれない。
「刑務所のクサい飯」なんて表現されるのだが、食事は案外しっかりしていて、量は少ないながら栄養バランスへの配慮が為されている。スーパーの惣菜、弁当ばかりを食べていた一人暮らしの時よりも野菜を食べている気がするし、メニューに揚げ物もあまり含まれていないと思う。そうなると、自然とすぐに揚げ物が恋しくなる。それは他の受刑者たちも一緒で、メニューに唐揚げが出た時は内心狂喜乱舞だろう。俺はそれを奪われた。ここでは食事も、一つの立派な娯楽だというのに、唐揚げを奪うなんてなんて非人道的な輩どもなのだろうか。
充てがわれた作業も面倒な役割になるし、運動時間に道具やスペースを独占されたり。そんなのばかり。自由時間中を一人で過ごしていると、見覚えのある男が声をかけてきた。あの時の元芸人だ。
「よう。また会ったな」
「…いや、そっちから会いにきてたよな」
「ツレないな。まぁ…、なぁ、その。調子はどうだ」
「なんだそれ。別に、特に何もないけど」
「そうか。よし、じゃあ俺は言うけども、俺は今この刑務所の中でイジメられている」
あまりにも正直に話すその無防備さに、俺は油断させられてしまった。この前の度胸といい、こいつやるな。
「…まー、俺もそんな所だ」
「なるほどなぁ。一緒に入った別の奴も何人かやられてるみたいだってよ」
やはりこういう閉鎖空間では、日常茶飯事らしい。
「でも、それを俺と共有したところでどうなる」
「いや同じ境遇の人間が居るだけで安心だろ」
彼は右手を差し出し、「森山だ」と短く自己紹介をしてくれた。こちらからは「俺は土屋」とだけ伝え、その握手に応じた。