往年のとんねんるずかよ
当然ながら寝て起きたらいきなり刑務所にワープしているわけではない。
裁判が終わり、数日経ってから勾留所から刑務所に運ばれる。他の犯罪者と一緒に護送するために時間をおいて、ある程度人数が揃ってから刑務所に向かった。犯罪者を溜めて車で発射するので、ロックマンのチャージショットと同じ形式である。
このように気を紛らわせるよう色々と考えていたが、やはり辛いものがある。無実の罪で捉えられるのはこんなにも心を締め付けるのか。社会的な立場が落ちる点はもちろん嫌だし、しばらく家を留守にするのも怖い。電気やガス、携帯料金は自動引き落としなので解約しないと。弁護士に頼んでおこう。家賃もそうだ、振り込み支払いが当然滞る。支払いが止まれば中にある家具なんかは勝手に捨てられてしまうのか。弁護士に確認しておこう。それに俺のスマホの数々のソシャゲーはどうなる。毎日のログインボーナスを損してしまう。もうすぐ連続100日ボーナスがあったのに。弁護士にやっておいてもらおう。
刑務所に入るのはやはり辛い。
今日から収監されるメンバーは一通りの身体検査を終えて、入り口近くの大きな部屋に集められた。
「いいかお前ら、ここでは看守の命令には絶対に従ってもらう!」
ここにいる看守の中でおそらく一番立場が上と思われる頭の悪そうな男が、大声で説明を始めた。
「看守の命令を守らないと、最悪の場合死に至る。なんせ、銃口がお前たちを狙っているからな。それは絶対に忘れるな!」
ある程度威圧的な態度を取らないとナメられてしまうのだろう、威厳を示そうと必死な心意気が垣間見えた。
「何か質問がある者はいるか!」
「……飯と風呂は、あるのか。あるとしたらそれは何時頃だ」
一人の男が、タメ口で尋ねた。飯の時間はともかく、風呂の時間も気になるのは、もしかしたら朝風呂派だからなのかもしれない。強制的に夜に統一されるとこれまでの生活リズムが狂ってしまう、とかそういうのが気になったのだろうか。
「ふん、そんなものは決まっている。我々が飯を食えと言えば飯の時間、風呂に入れと言えば風呂の時間、もっといえばクソをしろと言えばそこがクソの時間! それだけだ!」
おそらく毎回質問されるのだろう、言い慣れた答え方だった。
「わかるか? 要するにこの刑務所の中では、看守の命令は!」
「「「絶対!!!」」」
その場に居た部下が声を揃えた。なんだこの王様ゲームみたいなノリ。
先ほど質問していた男が、舌打ちをして「うるせ」みたいな事を呟いていた。
「おいそこ! 口を慎め! 黙れとったら黙っておくんだな! さっきも言っただろう、この刑務所では、看守の命令は!」
「「「絶対!!!」」」
なんだこれ。前もって練習してたのかこいつら。
「いいか、この刑務所では状況に応じて、臨時の持ち物検査や尋問が行われる。その時は何もかもを正直に晒すんだ。黙れと言ったら黙れ、話せと言ったら話せ。分かったな。この刑務所では、看守の命令は、せ〜の?」
「「「絶対!!!」」」
せ〜のってなんだよ。完全にふざけてんじゃねーか。悪ノリにも程がある。
「なんだお前ら、まだ分かっていないようだな。だったら一つ例を示してやる」
分かったよ、充分理解したよ俺たち。
「おいそこのお前」
俺のすぐ左に並んでいた男が指された。
「お前、一時期お笑い芸人だった過去があるんだってな。……なんか面白い事やれよ」
かわいそっ。すごくかわいそうだ。無茶振りにも程がある。だからと言って代わってあげられる訳ではないのだが、かわいそう。
「………いや、そんな急に言われても、できません」
そりゃそうだ。これから収監される状況で笑いを取られる人間がいるワケがない。
「ふん、やはり分かっていないようんだな。さっきも言っただろう、この刑務所では、看守の命令は、さんハイ?」
「「「絶対!!!」」」
「さあ、面白い事をやれ」
無茶振りがすぎる。…往年のとんねんるずかよ。この刑務所の実態、世の中に知らしめてやりたい。こんなんで更生できるか。嫌な思い出が増えて尚更グレてしまうわ。
「……………」
「……………」
気まず。同期の囚人たちは当然全員黙っていた。看守も黙っていた。これはアレだ。看守側が痺れを切らして大目に見てもらえるか、こいつが何かやるまで進まないやつだ。
「………わかりました、やりますよ」
こいつすごいな。すごい胆力。見習いたい。
「…じゃあ、ショートコント、晩御飯。
『ママ、今日の晩御飯のおかず、なに?』
『今日はね、豆乳の煮凝り固めよ!』
『いや豆腐言い換えただけ!』……………以上です」
ぜんぜん、俺は好きだぞ、俺は。俺はお前の味方だ!
「………よし、こいつらをそれぞれの房に連れて行け」
なんか言ってやれよ!!!