暗君、御剣勇仁との対面の巻
誉が流助のために着物、羽織、袴を買ってきた。
元々誉は本家の日出ずる家の身ではあるのだが、側室の娘でその側室が平民であり、
かつ長女でもないということで何の門地もなく剣一本でここまでの身分になった経緯がある。
だから貧乏だった。今回もかなり無理をして費用を捻出したためほとんど無一文になってしまった。
(傭兵でもやるか)
幸い、戦争の種はこの区境では至る所にある。
一方で流助は役所に行って手続きを済ませた。
役目は備品の買い付けということだが、武技も優れているということで、
藩内の見回り、警備、火消し等も受け持つことになった。
後は雑用である。
藩主が異例なことだが流助に会いたがったため、
謁見をすることになった。
流助は礼式を一通り教わり、その通りふるまった。
藩主は、御剣勇仁という人物だった。
流助は、その名を聞いて誉の言葉を思い出した。
英雄とは勇に従い仁に生きると。
それを思い出しいい名だと思った。
ところが、当の藩主を見て多少がっかりした。
勇仁は昼間から酒を飲みながら珍しいものを見るように流助を見ていた。
勇仁は言った。
「その方が、日本人、真田流助と申す者か」
「ははっ」
「忍者と聞いたが普通の人間と変わらんではないか。
何か芸はないのか?」
それを聞いて流助は殺そうかと思ったが誉の言葉を思い出し我慢した。
「芸と申されたが、拙者は芸人ではござりませぬ」
「さようか」
勇仁はにわかに興ざめしたようだった。
とってつけたようにこう言った。
「我が藩では能力あるものはどんなものでも採用しておる。
励め。流助」
まるで流助のような卑しい身分でも雇ってやったのだと言わんばかりの口調だった。
「ははっ」
「では下がれ」
と蠅でも追い立てるような態度だった。
(おのれ………)
流助はひたすら感情を押し殺して下がった。
(噂に聞くと見るとでは大違い)
そう思った。
いわゆる御剣藩は雄藩であるということで、
身分制度にやかましい日出ずる区の中でも先進的であり、
平民であっても能力さえあれば抜群の取り立てをするという藩風がある。
そして、その藩主御剣は代々武技に優れ、常日頃から武に励み、
戦となれば先陣を切って突撃するという猛将である。と。
(いや、藩主はこれでも藩士はいいはずだ)
でなければ、この区境の激戦区で生き残ってるはずがないのだ。