忍びの神の誕生の巻
神童がいた。
名を真田流助。
真田忍家の現当主であり、元服を終えたばかりである。
現代でも忍者はいる。しかしそれは表にはでてこない。
現代の忍者とは研究者であり、実業家でもあった。
真田忍家は節目正しい政府お抱えの忍びである。
しかし、流助の神童たるゆえんは父や祖父の才のいずれでもなかった。
なるほど、彼の父である真田秋水は真田忍家を継ぎはしなかったが、
祖父として最高の忍びと称される実業家であったし、
前当主であり今は隠居となった真田百郎太は、
優れた発明家であり研究者であった。
流助は古今稀に見る天才ながら、
それは上忍の才ではない。
つまりは、単なる体技の天才であり、それは下忍の技であって、
上忍なる真田家の当主とあろうものの資質ではない。
流助はすでに力も技も百郎太をしのいでいるが、あるときこんな馬鹿らしいことがあった。
「流助よ。流助よ。まかり出よ」
「然ん候」
流助は百郎太の影よりぬっと出でた。
百郎太はまんまと流助に背後を取られ大笑した。
「あっはっは。さすがは我が孫」
流助は面白くもなさそうに百郎太の前に出た。
「何の用か」
「うむ。久々に稽古をつけてやろうと思ってな」
「稽古を?」
流助は意外そうな顔をした。
既に流助は百郎太に技は勝っている。それも随分前から勝っている。
彼は日本国お抱えの工作員として方々を駆けずり回っており、
その無双の強さはその界隈では有名であった。
流助は叫んだ。
「この俺に勝てるものなどあるか!」
「ほほう。そうか。ではわしの手裏剣から逃れると申すか」
「当たり前だ」
百郎太の手には折り紙の手裏剣が握られていた。
流助はそれをいつ放つのか見守った。
流助が構えていると百郎太は低くフフフと笑い出した。
流助も嘲笑した。
「臆したか?」
「貴様はすでに我が術中にある」
「ほざいたな」
「ならば己の背中を見い」
言われて、流助は用心深く背中を調べたところ、既に折り紙の手裏剣が刺さっていることに気付いた。
「この俺を上回る術技を?」
と流助は狼狽したが百郎太は一括した。
「ぬかすな。予め仕込んでおいたわ」
「おのれ。策を弄したな?」
「これが我が忍法よ。貴様は武神の如き強さだが、強いだけでは真田は守れぬ。
所詮強さなど忍法の前では無に等しい。
流助よ。貴様は忍びとしてそこまでなのか?」
確かに、流助は武神といっていいほどの強さがある。
ただ欠陥も多い。まず無駄な情を持つこと。忍びにしては情に動かされすぎる。
だから、大局的に物が見えない。
また、技に執着しすぎている。このため命をさらしてまで技を試す奇癖がある。
こういう癖は下忍に多く見られる特徴でもある。
それに、致命的なことは才に奢り国をないがしろにする。
要するに、性質として下忍めいており、上忍としては失格であるということだ。
政府は、真田流助がエージェントとして並ぶことなき無双の才覚があると頼ってはいるが、
一工作員としての能力しか評価していない。
この男に真田忍家の当主が務まるのか疑問視されている。
流助は百郎太の叱責に対してどこ吹く風で答えた。
「変あるは意があるからである」
「何?」
一体流助は何を言い出したのだろうか。
「そこにこそ忍びの技の極意がある」
そういって、流助は文字通り消え失せた。
目にもとまらぬ速さで、百郎太は流助が消えたことに暫く気づきもしなかった。
そして、流助はそれから暫く消息がつかなくなった。
ここまでの話も十分に馬鹿らしい話であったが、
馬鹿らしいというのはその後の話である。