出港前
女性が組織の重役になる事は、別に珍しい事ではなかったが、これほど若い女性が新造戦艦の、それもクルーが愚連隊というトンデモ連中を束ねる長というのはさすがに珍しい事であった。
そんな女性が真剣な面持ちで手元の資料に目を通している。それは、この<エンフィールド>に配属されるオービタルトルーパー隊メンバーのものであった。
「おやおや、そんな情熱的な眼差しをして……気になる男性でもいましたかな?」
彼女の後ろから笑顔で声をかけた50代の男性――アルバス・マコーミック大佐は気さくな雰囲気を持った人物であった。
「そんなわけでは……彼らはこの艦を守るチームですから、各々の特徴をきちんと把握しておく事は重要と思っただけです」
「おや、真面目ですな。艦長、恋をした方がいいですぞ。心も身体も潤いますからな」
「はぁ……」
(出港直前の割と緊張感を張り巡らすこの時期にこの人は何を言っているんだろう……)
アリアは正直なところ、アルバスが苦手であった。それは『シルエット』の訓練施設での頃からそうであった。
アリアはつい最近その訓練施設での全課程を終え、そのまま<エンフィールド>の艦長として就任したのであった。
アルバスは訓練施設に教員として赴任していたが、その頃は訓練生に対して面白発言をしたり女性に声をかけまくる変人であったとアリアは認識している。
だが、今思えばあの頃から、この艦のクルーに適性のある人間を物色していたに違いないとアリアは思っていた。
実際、この<エンフィールド>には、訓練施設で自分と同期の人間が何人もいるからだ。
そう思うと、この男性は中々に食えない人物なのである。
「艦長、どうかしましたかな?」
「いいえ……何でもありません……ところでマコーミック大佐、階級は私の方が低いですし、年齢の面から見ても若輩者です。そんな私に敬語を使われるのは、どうも変な感じがするのですが……」
「いけませんな艦長。確かに階級は私が上かもしれませんし、つい先日までは私は教員で、あなたは生徒といった立場でした。しかし、それは既に過去の事です。今、あなたはこの艦の最高責任者であるのですから、それに見合う振る舞いをしなければいけません。お分かりいただけましたかな?」
「! ……分かりました。ありがとうございます、マコーミック副長」
先程までの好々爺な雰囲気から一変し、真剣な面持ちでアリアを諭す姿は、それこそ教員のような姿勢であった。
彼から投げかけられた言葉に、自分はまだ訓練生気分が抜け切れていなかったと気付かされ、少し情けない気分になる。
それと同時に、先達からの的確なアドバイスに安心感を得てもいた。
そんな彼女の気落ちを察したのか、アルバスは再び笑顔絶えない老人へと戻っていた。
「艦長、あなたはまだ若い。これから多くを学び成長していけばいいのです。時折助言が必要とあればいつでも言ってください。あっ、その報酬と言っては何ですが、艦長のスリーサイズを教えてもらえたら幸いです」
最初は彼の助言を素直に心強いと感じていたアリアではあったが、後半のスリーサイズ云々の話題によって途端に不安を感じるのであった。
その後、ブリッジを去るアルバスの背中を見送った後、アリアは再びこの艦のオービタルトルーパー隊である『アンデッド小隊』の資料に目を通す。
そして、そのうちの1人、ユウ・アルマ少尉の経歴欄に注目していた。
「モルジブ戦役にて多大な戦果を挙げ〝死神〟と呼ばれる。そして……記憶喪失……か……」




