気づいてしまった
真っ赤な夕焼けが、まるで夜空を透かしたような美しい彼女の黒髪を、山茶花のように赤く染めた。
いつもは深海のごとく蒼い瞳も、この夕焼けには適わなかったようで、もうすでに赤くなっている。
それでも彼女は夕焼けを直視するのをやめず、ただただ眺め続けていた。
それはとても美しい光景であったが、そのまるで人ではないかのような美しさが、また人々を恐怖させた。
そこらから水が押し寄せた。
彼女の魔術であろうそれに、人々の顔は、今の時期よく咲く紫陽花の如く青くなっていた。
彼女は水に合わせてそれはそれは美しく舞った。
かすかに笑みを零す口元から、天上の音楽と言ってもよかろう音が、つらつらと流れるように歌った。
少し強気を感じるつり目からは、強く美しい意志を持った光が瞬いては、彼女の美しさをひきたてた。
まさに完成された美。
それ自身がまるで魔術かのような、いや、それでも表せないような、その美しすぎる姿は、人影が少なくなり、少人数になってしまった人々にとって、それはあまりに孤独を感じさせる物であった。
あぁ、太陽が沈んだ。
風がぼうぼうと彼女の周りに吹き荒れている。
まるで恐怖を形にしたかのような光景と共に、完全に国は滅んだ。
恐ろしくも美しくしい最後に、彼らは涙を一筋流した。
彼女は無邪気にも、それを眺めこれまた美しい歌を歌いながら帰っていった。
それはまるで何も知らない童のようで、すえ恐ろしい光景であった。
ああ、彼らを美しい満月が照らしている。
優しき風が静かに包みこんでいる。
儚き命は、残酷で美しいものによっていとも簡単に潰された。
静かな生命の気配を感じさせない戦場は、ただただ、孤独だけを意味もなく際立たせていた。
***
「はい、おしまい。今日の読み聞かせは終わりよ。そろそろお母さんが心配するからお帰りなさい。」
「なんだか今日のお話怖かったね。」
「怖いよぉ。」
「寝れなくなりそう。」
「………。」
読み聞かせが終わり、初めて聞いた恐怖の話に、その場にいた子供たちは思わず泣きそうな気分になっていた。
何だか気になったので聞いていたラピスも、思わず恐怖に震えていた。
何故子供にあのようなお話を聞かせているのだろうと、困惑もした。
読み聞かせをしていたシスターは、子供たちの頭を優しくなで、小さく「ごめんね」と呟いていた。
「ごめん」と言うのであれば、聞かせなければいいのに。と、ラピスは感じたが、内気な性格だったもので、聞き出すことができないでいた。
だが、「ねぇ、そこの子。」
と、声を掛けられ、ラピスは思わず振り返ってしまった。
そこには、先ほどのシスターがいた。
少し苦笑した顔は、優しそうに形作られていた。
「……私、ですか?」
「貴女しかいないじゃない。貴方は、貴族の娘さん、と言ったところかしら?罰さないでちょうだいね。」
「はぁ。」
ラピスはこの領地の、伯爵令嬢であった。
お忍びで町に遊びに来ていたのである。
よく見ると、話をしていたシスターは、ラピスと同い年位の少女だった。
夜空を透かしたような黒髪に、深海の様な蒼い瞳。
まるで、先ほどの読み聞かせの『彼女』のようであった。
その美しいかんばせを苦笑で歪ませながら、彼女はまた口を開いた。
「あれね、私のご先祖様の話なのよ。」
「え?」
「ご先祖様は公爵令嬢で、その時の王太子殿下の婚約者だったらしいの。」
「す、すごいネ。」
急に規模が大きくなった話に、ラピスは思わず眩暈を感じたが、そのまま続きを促した。
にわかには信じがたい話だが、続きが気になったのだ。
「うん。でね、ご先祖様は男爵令嬢に王太子を奪われて、婚約破棄されたらしいのだけど。」
「うわぁお。」
「そのせいでご先祖様は狂って、国めちゃくちゃにしたらしいの。」
「スゴイネソノゴセンゾサマ。」
大雑把すぎやしないかとラピスは思ったが、彼女はこの話をはなせてなんだか顔が生き生きしている。
あー、これは近所の人とかに結構話してそうだなーと、ラピスは思った。
いやはやこの数分でラピスの目はもう死んでいた。
こういうのがミーハーと言うのか、と、よく分からないことを考えて現実逃避するまでになっていた。
「そうなの!だから、もし私がそうなったらみんなに止めてもらおうと思って!」
「ソウナンダー」
無理だと思うよ。と言う言葉を飲み込んで、ラピスは精一杯ほかの言葉を口にした。
もうやだ。この人の相手疲れる。と、少し倒れそうな勢いで考えていた。
どちらかと言うとこの感じヒロイン枠じゃね!?
と、これまたよく分からないことを考えていた。
そこで思い出した。
気づいてしまった。
自分が、このヒロインに振り回される、悪役令嬢であると。
ラピスの目は、これからの未来を想い、光を失いそうにまでなっていた。