笑う笑い袋
店主は断固、銀貨を払わない気のようだ。
詰め寄ったり暴力に訴えたところで、幸太郎たちは怪しい外部の者に過ぎない。
市場にはまだ片付けを行っている人々や、帰る途中の人々がいる。
騒ぎになってしまうだろうし、その中に幸太郎の肩を持つ人間はいないことだろう。
幸太郎はそれでも、店主に馴れ馴れしく語りかける。
「まあ待てよ旦那。目先の利にすがりつくもんじゃない」
店主は無視を決め込んでいる。
幸太郎はその無視をさらに無視するかのように、ただ要件を投げつけていく。
「ここからが本題なのさ。これを見てくれ」
店を畳みながらも、店主は我慢できずにチラチラと見る。
幸太郎が鞄から出したもの。
それはフェルトの袋だ。
「この中身が…これだ」
中に入っているプラスチックの機械を、チラリと見せる。
「カードの材質に似ているだろう?」
「…魔道具か?」
店主は忌々しそうに、吐き捨てるように言う。
手に持った商品、行李、そして幸太郎の手のものの間を、視線がさまよう。
幸太郎は店主を直視し、ニカッと笑った。
「本物さ」
「これをあんたに売ろう!」
そして声を潜める。
「いいか?俺たちは路銀が尽きて困ってる」
「ここは砂漠のど真ん中。路銀が尽きれば途方に暮れるしか無い」
「徒歩で砂漠を渡る羽目になる。そうだろ?」
「…ああ」
「そう。困ってるんだ。だからこいつを手放してでも十分な路銀を手に入れたい。もう、宿を取る金もないんだ」
「見ろ。周りはとっくに店じまいしている」
「…今はあんただけが頼りなんだ」
真剣に、懇願する調子で訴えかけると、店主は鼻白む。
すると今度は、幸太郎は口を歪め、悪そうな顔で語りかけた。
「これを売ればあんたは、もっと大きな商いが出来る」
「こんなケチな露店とは、これでおさらばできる。自分の店だって持てる」
「…そしてみんなが、あんたを見て言うんだ」
突然オーバーアクションで、芝居がかった物言いになる。
「あいつ、うまくやりやがって!」
「どうせ小狡いことをやったに違いないぜ!」
フン、と大げさに鼻で笑ってみせる。
「嫉妬さ!みんなあんたに歯噛みする!!」
「もちろんあんたはどこ吹く風さ」
そして突如興味を失ったかのように、幸太郎はそっけなく言った。
「いや」
「いいさ!今日は野宿だ!風邪を引いちまうかもしれんがな。こいつを抱いてりゃ一晩ぐらいなんとかなるさ」
不思議そうに見上げるダンジョンねこに目を合わす。
「朝になれば他だって、商いを始めてることだろうよ」
店主は口をパクパクさせている。
少し手を伸ばそうとして、躊躇しているようにも見える。
幸太郎は悪そうな笑みを深める。
そして真顔になり、真面目な口調で言い放った。
「いいか、これはあんたにとってもチャンスなんだ。これを逃せばこんな幸運は、二度と巡ってこない」
「あんたはこれを誰に売る?うまく対価を引き出せるか?取りっぱぐれないよう根回しできるか?さっきの魔法のカードみたいに。考えることはたくさんある」
そして誘惑する悪魔のごとく、幸太郎は店主に囁いた。
「なあ」
「まずはコイツがどんな商品なのか、あんた、試してみたくはないか?」
「こいつは今でもちゃあんと動く」
「ほら、ここに印があるだろ。これを押すと動き出すのさ」
「…すごいぞ…」
「…ほら…」
フェルトの袋に向かって、ブルブル震える手を差し伸べる店主。
幸太郎は寸前で、フェルトの袋を自分の頭上に差し上げてしまった。
「おおっと、さっきの取引がまだだぜ」
店主はむかっ腹が立った様子で、泡を食ったように幸太郎に食って掛かった。
「あ、あんたは俺を騙そうとしてるんだ!」
「それにどんな得がある?あんたも商人なら分かるだろ?取引は、得があるからやるものだ」
「俺も得。あんたも得。みんな得だ」
肩をすくめ、うってかわって真面目な口調で、幸太郎は言った。
「信用してくれ」
「…くそっ」
焦れたかのように店主は懐をまさぐり、銀色の硬貨を二枚、乱暴に差し出した。
「まいど」
丁寧に銀貨を受け取ってスーツのポケットに入れ、差し上げたフェルトの袋を再び、店主の前に差し出す。
「安心してくれ。こいつを引っ込めてあんたを騙すと思ったか?いいや、あんたは俺を信用した」
「さあ、俺も約束を守ろう。ここを押してみてくれ」
幸太郎は、ニャァっと笑った。
「…さあ…どうぞ?」
店主は震える指で、【PUSH ME!】と書かれた丸い印を、おっかなびっくりギュッと押した。
『ィアーッハッハッハ!イーッヒッヒ!ウヒヒヒヒ!アーッハッハッハッハ!!』
『ィアーッハッハッハ!イーッヒッヒ!ウヒヒヒヒ!アーッハッハッハッハ!!』
『ィアーッハッハッハ!イーッヒッヒ!ウヒヒヒヒ!アーッハッハッハッハ!!』
耳障りな、音割れした笑い声が響いている。
幸太郎は店主に向けて、異常なほど口を釣り上げて、ニッコリと笑いかけた。
店主は呆然とフェルトの袋を見つめる。
そして幸太郎の顔を、なにか異常なものを見るかのように見上げた。
そして店主はブルブルと震えながら、力なくうつむく。
そしてボソリと、こう言った。
「…何がおかしい」
幸太郎は張り付いた笑いのまま無言で、首をかしげる。
店主は勢いよく顔を上げ、激昂した。
「何がおかしいんだよ!!」
そして激しく、幸太郎にくってかかる。
「何がおかしいってんだ!!ああ!?」
「面白いだろ」
幸太郎は未だ笑い続けるフェルトの袋を差し上げてみせる。
「止めろ!それを止めろぉ!!!」
奪い取るように、差し上げたフェルトの袋に飛びつく。
『ィアーッハッハッハ!イーッ』
半歩下がった幸太郎は、カチリとスイッチを押す。
周囲の人々が、ざわざわとこちらの様子を伺っている。
「人を馬鹿にしやがって…!」
店主は唇を震わせ、その怒りを幸太郎にぶつける。
「こっちは真面目に商売やってんだ!!なにがこんなケチな露店だ!!」
商品が散らばるのもいとわず、何度も強く地団駄を踏む。
「馬鹿にして、馬鹿にして、馬鹿にして!!」
幸太郎は平坦な声で、答えた。
「これをあんたに売ろう」
店主はさらに激昂する。
「ふざけんな!!馬鹿にしくさって!!」
「来る日も来る日も!」
「俺は真面目にやってるのに!」
ただ睨みつけ、怒鳴りつける。怒鳴り散らす。
その様子に幸太郎はため息を付き、仕方なさそうに言った。
「ああ、ああ。悪かった。ほら、商品が駄目になっちまう」
敷物の上の、散らばる商品を指す。
「な。俺が悪かった。すまない。俺が悪かったよ。全部俺が悪かった。な」
「真面目にやってるのに!!」
「ああ。そうだな。俺が悪かったよ。あんたはちゃんとやってる。悪いのは俺だ」
ダンジョンねこが、幸太郎を見上げた。
「もう行こう?」
「そうだな」
一言答え、店主に背を向ける。
店主は未だ立ち尽くし、拳を握って睨みつけている。
幸太郎たちが十分に離れると、うつむいて震え、しゃくりあげているのが遠目に見えた。
「店の人かわいそう」
「やりすぎたかな」
「…うーん」
ダンジョンねこは首を傾げている。
「まあ、みんな必死なんだろうが」
幸太郎は笑い袋を鞄にしまい、ポケットから銀貨を取り出してみせた。
「銀貨は手に入った。どのくらいの価値かは知らんがご飯ぐらい食えるだろ」
「流石に腹が減った。さあ、行こうぜ」
「わかった」
『ォー』
「カラやんは何食いたい?」
『ォォー』
「さそりだって」
「サソリかあ」




