オアシスの街に着きました
カラやんが指し示す方向に、ダンジョンを延長し続ける。
すると、幸太郎が頼んでいた案件を、ダンジョンねこが伝えてきた。
「魔力が11溜まったよ、コータロー」
「わかった」
幸太郎は歩みを止め、ダンジョンねことカラやんを振り返った。
「よし、今日はここまでだ。『トレジャーボックス設置』」
ガタンと音を立て、少し細長い宝箱が床に落ちる。
…猫缶が入っていた小さな宝箱ではない。
ダンジョンねこは残念そうにし、幸太郎を見上げた。
「開けないの?」
「後でな。『水場設置』」
魔力を1使い、壁に水場を設置する。
設置された水場は石製のシンクで、こんこんと水が湧き出している。
「…あーあー」
シンクからダバダバと溢れてしまった。
床に水がどんどん広がっていく。
カラやんは水が苦手らしく、そそくさと離れていく。
「『ダンジョン編集』」
床に穴を開け、下の砂地に溢れた水を染み込ませる。
溢れ出る水で空き缶やタブレットを洗う。
そして空き缶に水を汲んでダンジョンねこにやり、自分もガブガブと水を飲んだ。
水は口当たりがよく、よく冷えている。
とても美味しい。
「…うまいな、この水」
「ダンジョン水として売れるんじゃないか」
ペチャペチャと水をなめながら、ダンジョンねこは自慢気に言った。
「水には気を使っているよ」
「お前んちだもんな」
カ○リーメイトを分け合って食べた(カラやんも美味しそうに食べた)後、柔らかい床で一眠りする。
目が覚めたあと、幸太郎は即座に『トレジャーボックス設置』を使った。
細長い宝箱の横に、小さい宝箱が落ちる。
「どうだ。二連ガチャだぞ」
「よくわからないよコータロー?」
幸太郎をじっと見つめ、小さい宝箱をふんふんと探る。
「でもたのしみなのはわかるよ」
『ォー』
カラやんも楽しみそうに体を振った。
ダンジョンねこは期待を込めてフンスと幸太郎を見つめる。
「あれは出るかな?」
「猫缶か?…出るといいな。なら、まずはこっちだ」
昨晩出した細長い宝箱に手をかける。
「よし、開けるぞ。『トレジャーボックス』、オープン!」
中身は金属製の杖のような物が入っていた。尺は短く、先端には装飾が施されている。
「…なんだ?棍棒か警棒か」
ダンジョンねこはちらりと見て、即座に答えた。
「それは知ってるよ。『ファイアーボールのワンド』だね」
「思いきり振ると、ファイアーボールの魔法が使えるよ」
「ふうん」
猫缶や笑い袋はわからなかったようだが、これはすぐに答えが帰ってきた。
「わかるのとわからないのがあるんだな」
「コータローが変なの出すから悪いよ」
「変なのか」
そして小さな宝箱を開ける。
「こっちは…デカイ金貨か」
「『大金貨』だね」
直径5センチほども有る金貨だ。分厚く、重い。
人里に出た後、役に立つだろう。
「なんだか普通だな」
地球産らしき奇妙すぎる宝。あれはあれで困るが。
だからといって普通のダンジョン的な宝が出てしまうと、幸太郎は微妙な気分になってしまった。
幸太郎的にはハズレの部類だと感じる。
ダンジョンねこも残念そうに手をつっこみ、テシテシと大金貨をもてあそんでいる。
「こんなのより猫缶を出して」
「そうだな。運が良ければな」
◇
「ダンジョンねこ魔法はこんな感じだよ。忘れてるのがあったら後で言う」
「わかった」
道中。ダンジョンねこ魔法について、道すがらに解説を受ける。
ドアや階段、水場などの設備を設置したり、操作する魔法。
罠を設置する魔法。これは『出っ張り設置』『警報設置』などのよわい魔法から、『槍衾設置』『ギロチン設置』などの致死性の高いものまで様々だ。
即死級の罠はスゴイ魔法、致死性の高いダメージ罠は強い魔法、『トラバサミ設置』『落とし穴設置』などのふつうの罠はふつう魔法、と、だいたいの威力で分けられているようだ。
そして範囲指定できるゾーン系魔法。『ダークゾーン設置』『ウォーターゾーン設置』『移動床ゾーン設置』『毒ガスゾーン設置』など様々だ。
一気に広範囲に設置できる分、トラップ魔法より魔法のランクは1段階高い。
それらはすべてダンジョン内にしか設置できない。まずは基本となる『ダンジョン作成』が必要だ。
(ダンジョン内で戦うときは、トラップ魔法もゾーン魔法も有用のようだが)
(…外でとっさに使えるのは『ダンジョン作成』を壁にするぐらいだな…)
(まあ、人前で使わざるを得ない場合でも、石壁を作る魔法とでも言っておけばいいだろう)
「…これで俺も、ダンジョンねこ魔法マスターだな」
「じゃあコータロー、試して練習しておく?ゾーン系やトラップ系は自分が巻き込まれると危ないのも有るし」
「ダンジョンねこ、気持ちはありがたい」
ダンジョンを掘り進めながら、幸太郎は肩をすくめた。
「…だがもう少しでガチャの分が溜まりそうだ」
「ダンジョンねこはどっちがいい?」
ダンジョンねこは首をひねり、真剣な口調で言った。
「…じゃあ試さないほう」
「そうしよう」
『ォー』
横を行くカラやんが振り向き、声をかけてきた。
「そろそろだって」
「よし、地上に出るか」
◇
目的の地に着いたのは夕方になった。もう日は低い。
ダンジョンを上に伸ばし、螺旋階段を登る。
横壁を透明にした後、地上であることを確認して出入り口を開けた。
遠くに見える、建物とテントの群れ。
そしてかすかに見える人の流れ。
「…オアシス都市か」
砂漠のど真ん中に緑が広がっているのが見える。水場が有るのだろう。
建物とテントは、その緑を取り巻くように建っている。
「カラやんはこの辺に巻き付いておいてくれ」
『ォォー』
カラやんを左腕、スーツの上に巻き付かせ、腰のベルトを緩めて『ファイアーボールのワンド』を挟む。
辺りは夕暮れになりつつある。
街に壁や門番などは無いようだ。
周りは一面の砂漠だ。わざわざ大軍で攻めてくるものなどいないのだろう。
建物は少なく、ほとんどが大きなテントだ。
ラクダのような生き物が、結構な数繋がれている。
大きな隊商が駐留しているようだ。
…おそらく貿易の中継地なのだろう。
「すみません」
幸太郎は通りすがりの男に声をかける。
「……ああ?」
帰ってくる、冷え切った胡乱気な声。
(言葉は通じたようだ…が…まずい空気だな…)
男はゆったりした服をまとい、ゆったりした布を頭に巻いている。
日光を防ぎ、通気性を良くしているのだろう。
腰には短い曲刀が差してある。
髭面で強面の男は、するどい目つきで幸太郎を観察する。
幸太郎のスーツや鞄を、ジロジロと舐め回すように見ている。
…警戒されている。
「なんだい?あんた。変なかっこして…怪しいやつだな」
「遠い外国から来たところでね」
弁明する幸太郎の影から、ひょい、とダンジョンねこが姿を表す。
「…猫か」
男は目を細めてダンジョンねこを眺め、強面を和らげた。
「あんたのツレかい」
「そう。かわいいだろ」
「…そうだな」
「悪いんだが、市場ってどっちだい」
「あっちだ」
緑に沿った街並みを指し示した。
「もう夕方だよ。ほとんど閉まってるんじゃないのか」
幸太郎はペコリと頭を下げた。
「ありがとう」
「ああ。じゃあな猫ちゃん」
男はダンジョンねこに手を振り、去っていく。
幸太郎はダンジョンねこを一瞥し、言う。
「人気あるな?ダンジョンねこ」
「それほどでも?」
ダンジョンねこは、自慢気に答えた。
日が暮れかけている。
市場はおそらくすでに、たたみ始めていることだろう。
「よし、急ごう」
「いいよ」