砂の海をかき分けて
『オオオオ……オオオオ……』
幸太郎とダンジョンねこが曲がりくねったダンジョンを戻ると、サンドワームは途中で動くことが出来なくなっていた。
その牙だらけの口腔は、今や苦しげに呻き、蠢いているだけだ。
幸太郎はその様子を、値踏みをするかのように観察する。
「さぁて、どうやって食えばいいかな。刃物がないからなあ」
「…猫缶のふたで切れるかな…一口サイズで削れば…」
サンドワームは苦しげに呻く。
『オオオ……』
ダンジョンねこは耳をピクピクさせ、幸太郎を見た。
「『食べないでくださーい』だって」
幸太郎は思わず、怪訝そうに眉根を寄せる。
「分かるの?」
「うん」
サンドワームに向き直り、メガネに手を当て、光らせる。
「でもお前、俺らを食おうとしたんだろ?」
「お互い様だと思うがな」
サンドワームが空気を震わせる。
その響きはどこか哀れだ。
『オオオオ…』
「人は小さいし、多いと痛いから食べないって」
「通りやすい穴があったから、つい夢中になったんだって」
『オオ…』
「楽しかったってさ」
ダンジョンねこの通訳に、幸太郎はガクリと肩を落とした。
「…そうか。楽しかったか…」
「…うーん…」
幸太郎はひとしきり悩み、ダンジョンねこに言う。
「ダンジョンねこ、こいつ仲間にできるか?ダンジョンモンスターとして」
「できるよ」
『オオオ』
「なるって。はいなった」
特になにかが起きた様子はない。
だが、もう仲間になったらしい。
「そうか…早いな?…この詰まりから、出してやれるか?」
「できるよ。よわい魔法『送還』でダンジョンの待機空間に仕舞えるよ」
「わかった。『送還』」
サンドワームの巨体は、瞬時に消えた。
ダンジョンの壁や床は無残にひび割れ、えぐられていた。
天井から石の破片が、パラパラと落ちてきている。
「…バッキバキだな。ダンジョンねこ的にはこの光景、どうなの」
「どうって?」
幸太郎の質問に、不思議そうに通路を見つめる。
「バッキバキだね?」
そして幸太郎を見上げた。
「どうして?」
「…いや、ダンジョンを荒らされてさ」
「楽しそう」
ダンジョンねこの返答に、幸太郎はガクリとする。
「…怒ってないなら別にいいんだ。じゃあ色々聞いてみるか」
「ダンジョンねこ。ダンジョンモンスターを出す時は?」
「ふつう魔法『召喚』で出せるよ」
「じゃあデカイから外に出て出すか」
幸太郎が天井を見上げると、ダンジョンねこが話を続けた。
「よわい魔法『簡易召喚』でも出せるよ、ただし弱くなるよ。モンスターをメンテナンスする時とかに使うよ」
「…小さくも出来るか?」
「できるよ」
「じゃあなるべく小さく。『簡易召喚』」
光の粒子が現れ、集まる。
そこには細長い砂色のロープ…いや、小さくなったサンドワームがいた。
長さは1メートルほど。直径は3センチほどだろうか。
よく見ると、しっかりと口腔内に牙が生え揃っている。
それは元の声とは似つかない、甲高い声で泣いた。
『ォー』
その手頃なサイズに、幸太郎のメガネが光る。
(これなら料理もしやすいな)
ダンジョンねこが、不思議そうに覗き込んでいた。
「コータロー?」
「…ああ、いや。そんな悪さはしない」
弁解する幸太郎に向けて、サンドワームは鎌首をもたげて言った。
『ォォー』
「カラミティデスワームだって。今後とも宜しくだってさ」
「ふむ」
幸太郎はメガネをクイ、と上げて言った。
「じゃあカラやんだな」
『ォー』
カラやんは嬉しそうにくねくねとした。
それを見て、ダンジョンねこは真剣な眼差しで、幸太郎を見上げる。
「コータローはセンス無いね?」
「真剣に言うのはよしたまえ、ダンジョンねこくん」
「ダンジョンねこも名前ほしいか?」
ダンジョンねこは興味なさげに、ぺろぺろと手の毛づくろいをしている。
「ダンジョンねこはダンジョンねこだよ」
幸太郎は肩をすくめたが、納得顔だ。
「まあ、なんか超越してる感あるよ、ダンジョンねこは」
「カラやん。人里か、砂漠の出口がどっちかわかるか?」
『ォォー。ォォー』
「人が溜まってるところがあるって。案内できるって」
「そりゃ助かる」
異世界の文明との接触。
どの程度の度合いなのか。言葉は通じるか。
暴力や悪意にまみれてはいないだろうか。
心配事はたくさんある。
だが、間違いなくそこには、人間や猫の食べられる食料があるだろう。
「これで、なんとかなりそうだな」
幸太郎は不敵にニヤリと笑ってみせた。
「カラやん。どれぐらいかかる?」
『ォー』
「もとの大きさで半日だって」
カラやんの進撃スピードを思い出す。
普段は砂の中を移動するのだろうから、あのスピードでは移動しないはずだ。
それでも人間の歩く速度よりは早いはず。
「…ちょっと遠いな。1日か2日か…」
「だが、それなら手持ちの食料で足りる。行こう、ダンジョンねこ、カラやん」
「わかった」
『ォー』
決意を新たに、幸太郎たちは歩き出した。
まずは食料。その後は砂漠の脱出手段だ。
ダンジョンねこが望む、住み良いダンジョン。
それを立てるには、やはり川や海、そして流通のある街が必要だろう。
そしてあらやる侵略、暴力から守られた、強固で安全なダンジョン。
その中心は居心地がよく、そして猫がいる。
それは幸太郎の望みでもある。
彼にはそう感じられる。
「でも、ちょっと進んだら休憩だぞ」
「わかった」
『ォー』