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食糧事情

「…猫のご飯か…」



 空き缶に鼻を突っ込むダンジョンねこを見て、幸太郎にふと、嫌な予感がよぎる。

 この自分を取り巻く環境の、重大な、…あるいは致命的な、見落とし。



「…なあダンジョンねこ。食料を出す魔法はあるのか?」



 空き缶をなめながら、ダンジョンねこは答える。



「ないよ」


「ご飯を出す魔法があったら、コータローにご飯を要求しないよ」


「…ごもっとも」



 嫌な予感が膨らんでいく。


 密閉された小部屋。温度と照明は保たれている。

 …では空気は?水は?…食料は?

 ダンジョンねこが缶を舐めるさまを見ながら、幸太郎はじっと考える。



 ダンジョンねこがいつまで経っても缶をなめているので、幸太郎は仕方なさそうに言う。



「…もう味しないんじゃないか。それ」


「えー?」



 ダンジョンねこはそういえば、という()()で顔を上げた。

 幸太郎は天井を見上げる。



「この上は?地上につながってるのか?」


「すぐ地上だよ。よわい魔法の『階段設置』『ダンジョン編集』を使って、天井を消すといいよ」



 そう言いながらダンジョンねこは、あぐらをかいた幸太郎に歩み寄り、体をスーツに擦り付けながらすれ違う。

 幸太郎の周りをぐるぐると回りながら、それを何度か繰り返した。



(…甘えているのか?)


「…なにしてるんだ?」


「においつけてる」



 しれっとした顔で、ダンジョンねこは幸太郎を見上げた。



「コータローはボクのご飯を出す人だからね」


「…左様で」



 気を取り直し、幸太郎は外に出てみることにする。

 ダンジョン内に何もなくとも、外界の資源を使えばいい。

 あぐらをかいたまま天に向かって手を伸ばし、天井を見上げながら唱える。



「『ダンジョン編集』」



 ダンジョンねこはそれを眺めながら言う。



「コータロー。ダンジョンねこ魔法は、触れるぐらい近くないと使えないよ」



 たしかに何も起こらない。



「なるほど」



 幸太郎は座ったままで部屋の隅を向き、うつむいて床に手をついた。



「『階段設置』」



 ゴウと音を立て、床から螺旋階段が伸びた。巻き起こす風に、髪が揺れる。

 頭のスレスレを通り、非常に危ない。



「うおう」



 内心冷や汗だ。気を落ち着かせるように、メガネをクイ、と動かす。


 幸太郎のメガネはちゃんとサイズを合わせてあるのでズレることはない。

 しかし幸太郎はあえてメガネをクイと動かすことが多い。

 いわゆるルーティンだ。



(危ないな…だが、この勢いならば攻撃にも使えるかもしれんな。階段リフト攻撃だ)



 3メートルの天井まで伸びた、ふたまわり程度しかない螺旋階段だ。

 手を伸ばしてジャンプすれば軽く天井に届くが、せっかくなので階段を少し登る。

 幸太郎はすぐに上に着き、天井に手を当てた。



「『ダンジョン編集』」




 吹きすさぶ強い風とともに、顔に砂がかかった。




「うわっぷ」



 顔をしかめ、口に入った砂をぺっぺと吐き出す。



 そして何かを察し、諦めと達観とともに、幸太郎は螺旋階段を登り切る。

 あたりを見回し、下の小部屋に平坦な声を投げかけた。




「大変だ、ダンジョンねこ」


「どうしたの?」


「…ここにはご飯がない」




 砂漠。

 一面の砂砂漠。



 砂丘がうねるように列をなしている。

 強い風が砂紋を描いている。



 ザラザラ、ザラザラと、砂が小部屋に落ちてきている。

 下でダンジョンねこが、落ちる砂に()()()()と猫パンチしている。



 幸太郎の全身に、ジリジリと、強い太陽が照りつけた。



「暑っつ」



 たちまち汗が吹き上がる。



 階下から、脳天気な声が聞こえた。



「ご飯がないと、お腹が空くよ?」


「そうだな!」



 下の声に答えつつ、幸太郎は顔をしかめた。


 地上に出ればなにか食料があるかもしれない。

 近くには無くとも探せば、あるいは動物を捕まえられれば。



 その望みは、完全に絶たれていた。



「…まずいな…」



 幸太郎はつぶやき、すこし階段を降りて天井だった場所に手をかざす。



「『ダンジョン編集』」



 パッと元の天井が出現した。

 日光と風、砂の流入が止まる。


 すでに小部屋は砂まみれだ。



「なあダンジョンねこ。魔物、モンスターを召喚する魔法は無いのか?」



 ダンジョンねこはその意味にピンときて、不思議そうに答える。



「食べる気なの?」



 幸太郎は肩をすくめる。



「そりゃ、背に腹は」


「あるけど、一度仲間にしないと呼べないよ」


「…呼べる仲間は?」


「コータローだけだね」


「ふーむ」



 ゆっくりと、確認するように階段を降りながら、思いを巡らす。

 現状、この状況は、あまりにも致命的だった。



「砂漠のど真ん中。見渡す限り、人里や緑、山脈さえ見えない」


「…食料を手に入れるための筋が、全く見えてこない。このままでは餓死一直線だぞ…」



「…いや、焦るな。ここからは体力勝負だ。焦りは力を消耗する」



 幸太郎はメガネに指を当て、ニヤリと不敵に笑った。



「…運命の女神様はいつだって俺に、必要な逆境を与えてくれる」


「…面白くなってきたってことだ」



 気を取り直し、ダンジョンねこに向き直った。



「ダンジョンねこ、水は?」


「お水?ダンジョン施設を設置するふつう魔法で、水場や噴水が設置できるよ」



 幸太郎は心底ホッとする。水さえあればしばらくは死なない。



「それは安心だ」



 とはいえ、水だけでは限界がある。これから何日も歩き通しになるかもしれない。

 カロリーは必要だ。

 再び座り込んであぐらをかき、鞄から何かを取り出す。



「…なに?それ。長いさっきの?」



 ダンジョンねこが見るのは、黒く細長い、金属の円筒。



「モンエナ」



 カフェインたっぷりエナジードリンクだ。

 そして同様に、鞄からオレンジの小箱を取り出す。



「それとカ○リーメイトだ」



 大○製薬の製品だ。

 2パック、4本のカロリーバーが封入されている。



「現状、俺らが持っている食料だな」



 ダンジョンねこは興味深そうに鼻を近づける。



「おいしいの?」


「…猫に食べさせるのは良くない気もするが…」


「まあ、味の薄いものだからな」



 白文字のラベル。カ○リーメイトプレーン味だ。

 物欲しそうにチラチラ見てくるダンジョンねこをたしなめる。



「…まだだぞ。今食べたら無くなるだろ」


「残念」



 ダンジョンねこはプイ、と離れていった。

 幸太郎はモンエナを見る。これのカフェインの濃さにはいつもお世話になっている。



「俺は午前中はこれを飲まないと眠くてしょうがないんだが…」



 眉根を寄せ、考え込む。

 そして彼は、ふと気づいた。



 発想の転換が必要だ。



「…そうか。ダンジョンねこ」


「なぁに?」


「寝れば魔力は回復するよな?」


「するだろうね」


「…だったら、『トレジャーボックス』で、食料ワンチャンあるよな?」


「…えー?」



 コテンと首をかしげるダンジョンねこ。

 幸太郎は不敵な顔で、ニヤリと笑いかけた。



「よし、ダンジョンねこ。寝よう」



 革靴を脱ぎ、ベルトとネクタイを緩める。

 ダンジョンねこはびっくりした。



「もう?まだ朝だよ」


「一眠りして体調を整えて、即出発だ」



 横たわり、仰向けになってみる。

 当然だが床はゴツゴツしている。



「固いな」


「『ダンジョン編集』で、床を柔らかくしたら?」


「なるほど」



(『ダンジョン編集』)



 試しに詠唱を行わず、『ダンジョン編集』を()()()()、と強く考える。


 タイルの床は、沈み込むほどに柔らかくなった。



「…こんな事もできるのか。無詠唱で出来るならそっちのほうが良いんだろうが」


「…馴れると自然と発動しそうで怖いな」



 仰向けのままふにふにと、柔らかい床を押してみる。

 手触りはザラザラだが、もう痛さは感じない。



「やわこいな」


「やわこいね」



 ダンジョンねこは興味深げに、沈む床を歩き回っている。

 幸太郎は革の鞄を枕にしてメガネを外す。



「これならよく眠れそうだ。邪魔も入らないし、その心配もない」



 投げ出したままのスマートフォンを一瞥する。



「もしかしたら向こうよりも、ぐっすり眠れるかもな」



 メガネを畳んで遠くに置き、目をつぶった。



「すぅ」



「もう寝た」



 ダンジョンねこはびっくりした。



「コータローは寝付きが良いね」



 ダンジョンねこは、コータローの腹の上によじ登った。

 そしてどっしりと丸まり、自分も目を閉じた。




「…うーん…」




 コータローは、寝苦しそうに唸った。

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