両替をするだけの回
市場の人間に訪ねながら、幸太郎たちは人をかき分け目的の店を目指す。
テントが立ち並ぶ市場を外れると、石造りの商店が立ち並ぶ商店街に出る。
『グリーディー両替店』
そこに両替屋はあった。
「…9割返しの1割手数料だが、構わんかね」
見せた『大金貨』に対し、両替店の店主が鷹揚に返してくる。
目付きの鋭い、恰幅のいい店主だ。
幸太郎がわずかに眉をひそめるのを、店主は見咎めた。
「不服かね?」
「…いや、逆だ」
幸太郎は意外そうな顔のまま肩をすくめた。
「意外にまっとうな値段だと思ってな。なにせこんな陸の孤島だ。ぼったくりの観光地価格だって通るだろ」
両替商は含み笑いを漏らす。
「『観光地価格』か、なるほどな。『観光地価格』…言ったもんだ」
そして両替商はため息を付いた。
「…実はこの街を出ていこうと思っていてな。この店を畳んでだ」
「そりゃあ俺だって、昔はアコギな真似もしたことぐらいあるがね。出ていった先でそのまま顔を覚えられてちゃ、商売が立ち行かん。今はまともにやるしか無いのさ」
「…そりゃまたどうして」
「俺は商売人だ。利益の問題だよ」
うんざりした顔でをしながら、鼻先で外を指し示す。
「ここ近年は、領主デザメルの私兵どもが幅を利かせていてな…みかじめ料だけで赤が出る」
馬鹿にした口調で、両替商は吐き捨てる。
「…治安維持の強化だかなんだか知らんが軍備をかき集めて、地方領主がこんな僻地で偉そうに、王様気取りがしたいんだろうよ。中央の手が及ばないことに付け込んでな」
「…まあ、酷いもんだ。うちは金貸しもやってるがね。奴らと組んで貸した金を反故にされたこともある」
諦めが肝心とでもいうかのように、真顔で両手と眉を上げた。
「ま、潮時だな。金貨が8の銀貨が10でいいな?」
「小袋に詰めてもらえるか?」
「じゃあ銅貨2を引いとくよ」
銀貨を1枚差し引き、銅貨を8枚並べる。
そして麻の小袋に詰めながら、両替商は言う。
「あんた、旅の魔術師かい?」
幸太郎は何も言わず、肩をすくめる。何度目だろうか。
魔力を帯びた奇妙なスーツ。付き従う猫。
魔法のメガネ。比較的知的なたたずまい。
状況証拠がすっかり出来上がっているらしい。
「丁度いい隊商に付いて出ていこうと、今交渉しているんだが」
気むずかし気に眉根を寄せた。
「…まともな護衛が見つからなくてな」
「この街は貿易の中継地点だ。行商人はよく来るんだが」
「他の外部の人間は、資源や魔物、雇用狙いの食い詰め者、ならず者ばかりだ。そいつらを監督する冒険者ギルドもこの街には無い」
「…うちは扱ってるものがものだ。個人の護衛を付けなければ、嗅ぎつけたやつがすぐに群がってくるだろうな」
「…まあ、間違いなくそうなるだろう。わかりきったことだ」
本当に頭が痛そうな表情で、額に手を当てる。
「なんで俺に?」
「あんたはこんな治安の悪い砂漠の街を、そんな格好でひとりで出歩き、臆面もなく大金貨を差し出すような人間だ」
「よっぽど腕が立つんだろ。…もう何人か返り討ちにしたんじゃないか?」
メガネをクイ、と動かす幸太郎を、生暖かい目で見る。
「物腰も落ち着いているし、それに」
カウンターからダンジョンねこを見下ろし、不器用で固い笑顔を作り、向けてみせる。
「猫を飼っている」
「縁起が良い。俺みたいな商売人なんかにはな」
じっと不思議そうに見返すダンジョンねこ。
両替商は気後れしたように目線を外した。
気まずそうに頭を掻きながら、両替商は幸太郎に視線を戻す。
「報酬は、まあ相場程度には出せる。もちろん何かあったら手当は出そう」
「…ふーん」
安全を考えればダンジョンで地下を掘り進め、砂漠を脱出するべきなのだろう。
報酬目当てに飛びつくほど、現状余裕がないわけでもない。
(だが、正直面白そうだ)
「おもしろそうだから、付き合ってもいい」
幸太郎の答えに、両替商はあからさまにホッとした。
「…そうか。助かるよ。本当に見つからなくてな」
「話を付けている隊商が、一週間後に出る。その前に一度顔を出してくれ」
ゴソゴソと棚をあさり、包み紙から何かを取り出す。
「どれ、猫にはこれをやろう」
その手には、カラカラに乾いた赤黒い肉を持っている。
「砂漠ネズミの干し肉だ」
その言葉にダンジョンねこはピク、と反応し、カウンターと幸太郎を交互に見る。
「いいの?」
「いいんじゃないか?」
それを聞き、ダンジョンねこは素早くカウンターによじ登った。
両替商の太い指がつまんだ干し肉のかけらを、首を傾げてフンフンと嗅ぐ。
おそるおそる噛んで咥えると、ぴゃっと飛び出し、幸太郎の後ろに戻る。
そしてガシガシ噛みながら、干し肉を床と口でいったり来たりさせる。
…食べづらそうだ。
「…うまいか?」
「あんまり」
噛みながら答えるダンジョンねこ。
幸太郎は両替商の顔を見て、ニコっと笑った。
「うまいってさ」
「そりゃよかった」
両替商はダンジョンねこを眺めながら、横目で不器用そうに笑う。
ダンジョンねこは言いながらも、ガシガシと執拗に干し肉を噛んでいる。
…不味いものではないのだろう。
(…舌を肥えさせてしまったかな…)
しばらくダンジョンねこを眺め、ふたりは軽く握手を交わした。
「両替商のグリーディーだ」
「餌飼幸太郎。旅行者だ。魔術師ってわけじゃないが」
「…まあ二、三、手妻は使う」
幸太郎にとっては全く正直な言葉。
グリーディーは魔術師の言うことなどわかってると言うかのように、大げさに肩をすくめた。
「ああ、わかってる。心強いね」




