サモン、トレジャーボックス!
幸太郎は確認がてら、内ポケットから財布、カードケース、スマートフォンを取り出して床に置く。
続いて鞄の中身をざっと確認する。仕事に関わるさまざまな物が入っている。
…失ったものはなにもない。すべて無事だ。
(この中のいくつかは、今後の役に立つものがありそうだ)
(…では、肝心の能力を聞かないとな)
慎重に、幸太郎は尋ねる。
「それで、ダンジョンねこ。ダンジョンねこマスターにはどんな力があるんだ?」
ダンジョンねこは興味深げにフンフンと、床に置いた財布やスマホの匂いをかぐ。
その片手間に、ダンジョンねこは言う。
「なんの力もないよ」
幸太郎はガクリとうなだれる。
「無いのか。…それで俺は、どうやってダンジョンを作ればいいんだ?」
「ボクの力を使っていいよ」
フンス、と自慢げに見上げる。
「マスター権限で、ボクが寝ててもそっぽを向いてても、勝手に使えるようにしておいたよ」
「…勝手に?」
幸太郎は表情を変えずに、さりげない調子で続けた。
「ダンジョンねこはそれでいいのか」
含むような物言いに、そっけなくダンジョンねこは答える。
「いいよ」
「ふーん」
幸太郎は真面目な顔で考え込む。
「使用にはなんの制限もないのか?」
口を笑いの形に歪める。そして何故か慌てる。
「いやまて、悪さはしない。だけど念の為に聞いておかないとな」
「ボクが近くにいれば大丈夫だよ」
ダンジョンねこは不思議そうにその様子を見ていた。
「ただし、強力なダンジョンねこ魔法を使う時はコータローの魔力が必要だよ」
「魔法か」
幸太郎はニヤリと、悪い顔で笑った。
俄然楽しみになってきていた。
ひとつおかしな能力が使えるだけで、この先の道はかなり自由に開けることだろう。
「いいね。楽しみだ。どんな魔法があるんだ?」
「魔法は全部ダンジョンに関連する魔法だよ。すごくたくさんある」
ダンジョンねこはその足元に置かれている様々なものを眺め、言う。
「よわい魔法」
財布を猫の手で差す。マジックテープ式の財布だ。
「ふつうの魔法」
長財布に見える、カードケースを指した。
「つよい魔法」
スマートフォンを指し示す。
「スゴイ魔法に分けられるよ」
そして鞄をじっと見て、手で指した。
「…なるほど?」
幸太郎は怪訝な顔で問いかける。
「…なんでそれを指したんだ?」
「なんとなくだよ」
「…そうか」
幸太郎は気を取り直し、興味深げに尋ねる。
「超スゴイ魔法はないのか?」
ダンジョンねこは、ため息をついた。
「コータローはセンス無いね」
「え」
幸太郎は慌てる。
慌てねばならないと思ったのだ。
「いや、俺は良いと思うよ?なんとなく、こう…まあ、それはともかくとして」
咳払いをし、落ち着いて訪ねる。
「スゴイ魔法が気になるな。たとえばどんなのが使えるんだ?」
「ふぅん」
ダンジョンねこは、幸太郎をじっと見つめた。
「その前に、スゴイ魔法はコータローの魔力を10消費するよ」
「ふむ」
幸太郎は慎重に答えた。10と言われてもわからない。魔力と言われてもわからない。
「つよい魔法は3、ふつうのは1消費するよ」
「よわい魔法は0で使っていいよ」
「それぞれたくさんあって、全部ダンジョンに関する魔法だよ」
「…使っていい、か。サービスなんだな」
幸太郎は深くうなずいた後、身を乗り出した。
「で、スゴイ魔法について詳しく」
「食いつきが良いね」
びっくりして答えるダンジョン猫。
当の幸太郎はご満悦だ。
「そりゃあ男はいくつになっても……いや、焦らすなってダンジョンねこ」
「スゴイ魔法はたくさんあるけど、いちばん大事なのは『トレジャーボックス設置』だね」
幸太郎は動きを止め、不思議そうに首を傾げた。
「…うん、思っていたのとは違うが」
「まあ、すごく良いもののようには聞こえるな」
「ダンジョンに設置する宝箱を出す魔法だよ」
「中身は?」
「毎回違うよ」
「イヤス!!!」
力強くガッツポーズをする。
「よーしよしよし」
何度もうなずく。
ダンジョンねこはびっくりして、目をパチクリしている。
意気込んで幸太郎は続けた。
「ガチャか。来たね。それでどうやって使うんだ?」
「…?…ええと、魔力を消費して、手を差し出して唱えればいいよ」
「『トレジャーボックス設置』!」
手を差し伸べて高らかに、かぶせ気味に幸太郎は唱えた。
ゴトリと、なにかが落ちた。
小さな宝箱だ。
「コータローは迷いがないね」
感心して、ダンジョンねこは言う。
「『トレジャーボックス設置』!」
幸太郎はもう一度唱えるが、しかし何も起こらなかった。
「…駄目か」
「魔力が足りないね」
なにかを見通すような視線で、ダンジョンねこは幸太郎の体をじっと覗き込んだ。
「…コータローの魔力は、13あるね」
首をかしげ、言う。
「残り3だね」
「3で、13か…」
どうも少ない気がする。
幸太郎は悩み、これからの魔力運用を考えていた。
「…つまりダンジョンねこ、俺はこれから先も、つねに3までしか魔力を使う猶予がないってことだな?」
「どういうこと?」
ダンジョンねこは首を傾げた。
幸太郎は咳払いをする。
「気にするな」
「魔力は休めば回復するのか?それとも敵を倒したり、ダンジョンに閉じ込めたりして魔力を奪う必要が?」
「剣呑だね。休めばちょっとずつ回復するよ」
あぐらをかいたまま、幸太郎は宝箱に手をかける。
「この宝箱、鍵や罠は?」
「鍵はよわい魔法のひとつ、『ロック』『アンロック』で開け閉め出来るよ」
ダンジョンねこはそっけなく続ける。
「それに罠はかかってないけど、トラップ設置系魔法で仕掛けることが」
罠がかかっていないと聞いて、幸太郎は即座に宝箱を開けた。
ダンジョンねこは感心した。
「迷いがないね」
そして中身をのぞき込む。
「何これ…重し?」
「…あー、これか」
中に入っていたのは銀色の、短い円筒。
側面にはラベルが貼ってあり、商品であることを示している。
「まあ、宝かな」
猫缶だ。
幸太郎は鞄を開けて、タブレットの影からウエットティッシュを取り出す。
そしてタブレットも取り出し、画面をウエットティッシュでよく拭いた。
タブレットを床に置く。
猫缶のプルタブを開ける。
そして幸太郎は、猫缶をひっくり返して、ゴンとタブレットの画面に叩きつけた。
ダンジョンねこはビクリとした。
猫缶を上げると、タブレットの画面にはウェットなフレーク状の肉が載っていた。
ダンジョンねこは興味深げに、フンフンと匂いをかぐ。
「…いい匂いがするよ?」
「ああ。食ってくれ」
ダンジョンねこはおっかなびっくり、シャムとひとくち口にした。
そして顔を上げ、幸太郎を見る。
「…おいしいよ?」
「そりゃ良かった」
シャムシャムと全て平らげてしまうと、ダンジョンねこは名残惜しげにタブレットの画面をなめた。
「コータローはトレジャーボックスの才能があるね」
(トレジャーボックスの才能か)
幸太郎は眉根を寄せて少し悩み、思い直した。
(…なんにせよ、才能があるのは良いことだ)
(もしかしたら、本当になにか特殊なチートがあるのかもしれん)
(…ならば、この『トレジャーボックス設置』は、今後を占う重要なファクターになるな)
(…検証が必要だ)
ふと気づくと、ダンジョンねこが物欲しげに、幸太郎の手の空き缶を見つめていた。
「その缶も頂戴」
「…縁で舌を怪我するなよ?」