もうねなさい
「…まてよ?」
幸太郎はふと気づいた。
「…砂が『ダンジョン砂』になるのなら、このカリカリも『ダンジョンカリカリ』になるんじゃないのか?」
(魔力を使って『召喚』した砂が『ダンジョン砂』になったのだから)
(カリカリを『召喚』し直せば美味しくなったりするかもしれん)
(『トレジャーボックス補正』と『ダンジョン属性付与』は、おそらく、ダンジョンねこマスターの力と考えていいだろう)
(…あるいはダンジョンねこの力が俺の魔力とシナジーを起こしているだけなのかもしれんがな。まあ得は得だ)
考え込んだ幸太郎を、ダンジョンねこが口をつぐんだまま興味深げにじっと見ている。
「…どうした?ダンジョンねこ」
「べつに」
ぷい、とそっぽを向いた。
「…まあ、試してみるか。『送還』」
ドライフードの袋が消える。
それを見るとダンジョンねこは、空中をかいかいと引っ掻く。
カラカラと音がして、何もない空間からドライフードが落ちてきて、タブレット上に溜まった。
「あ、こら!」
幸太郎は叱るが、ダンジョンねこはドライフードを食べ始めた。
顔を上げ、素知らぬ顔で言う。
「おいしいよ。カリカリ」
「…まったく…。『召喚』、カリカリ」
幸太郎の手の中に、ドライフードの袋が戻ってくる。
…少し減っているようだ。
「太るぞ、ダンジョンねこ」
「へいき」
「…隙を突いて出し抜いたのは評価するが…」
幸太郎はニヤリと悪い顔を見せ、手の袋を振ってみせた。
「…『ダンジョンカリカリ』にしたあとの方が良かったんじゃないか?」
ダンジョンねこは食事を中断し、目を丸くし耳をピンと立てて振り返った。
「コータロー、ずるい」
「ずるくない。ズルをしたのはダンジョンねこ。カラやん、試しに一粒だけ食ってみてくれ」
『ォ?』
砂の上にそっとドライフードを置くと、カラやんは体を伸ばし、真上からパクリと行く。
『…ォ!?』
長い体をピンと伸ばした。
ふにゃふにゃと崩れ落ちると、ぐねぐねしながらこんがらがってしまった。
『ォォ~』
とても美味しかったようだ。
(…効きすぎじゃないか?うまかったようではあるが…)
ダンジョンねこが駆け寄って、足をポコンポコンと猫パンチしてくる。
そしてスーツの裾に爪を立て、立ち上がって幸太郎の足に、よじ登るかのようにすがりつく。
「ボクにもちょうだい」
「……」
駄目、と言おうとしたが、幸太郎は両手を上げて根負けした。
「…わかった。一粒だけだぞ」
食事中のタブレットに、一粒だけちょこんと追加する。
ぴゃっと駆け寄ると、ダンジョンねこはガツガツと、残ったドライフードと一緒にあっというまに平らげてしまった。
口の周りを舐め、上げた腕に鼻をこすりつける。
「…おいしいね。『ダンジョンカリカリ』」
「猫缶とどっちがうまい?」
「まだ猫缶かな」
幸太郎に向かって座り直し、ダンジョンねこは真剣な顔で言った。
「はやく猫缶を出して『ダンジョン猫缶』にして」
「……」
(…もしこれでまたたび粉やチャオ○ゅーるが出たら、ちょっと洒落にならなそうだ)
これから先の事に頭を悩ませながら、幸太郎は寝床を作ることにする。
床に長方形の『ダンジョンウォール』を、寝かせて出す。
「ベッドと…」
頭の位置に小さい『ダンジョンウォール』を寝かせて出した。
「枕だ」
「ふかふかというかぐにゃぐにゃだが…柔らかすぎるのもなんだな。丁度いい硬さにしてと…」
触って確かめながら『ダンジョン編集』で柔らかさを調整していると、ダンジョンねこがひょいと上に登る。
そのままベッドの上に寝そべり、どっしと居座ってしまった。
「なかなかいいね。コータロー」
「…ダンジョンねこ。今日は特に傍若無人だな」
ダンジョンねこは寝転がったまま返事をする。
「コータロー、ボクをあまく見たね」
「ボクはもともと、とってもぼうぎゃくぶじんだよ」
「…とても強そうだ」
「そうでしょ」
自分の場所だと示すかのように、ごろごろと転げ回る。
「…まて、わかった。お前のも作ってやるから」
「そう?」
ダンジョンねこは顔を上げた。
壁際に『ダンジョンウォール』で台座を作る。腰の高さほど、カラーボックス程度の台座だ。
その上にやわらかい『ダンジョンウォール』を薄く敷く。
座布団ウォールだ。
興味深げにじっと見ていたダンジョンねこは、棚台座に駆け寄り、ぴょんと器用に登る。
そして座布団ウォールの上にどっかと鎮座し、かぎしっぽをふりふりする。
「高いところは割とすきだよ」
目を細めて、ダンジョンねこは言った。
(さて、当面の寝床は確保できた)
(魔力残量は0。ぐっすり寝たら『トレジャーボックス』と…)
幸太郎は自分の腕をじっと見る。そこには当然、着たきりスズメのスーツがある。
(『装備品』の『ダンジョン属性化』を試してみるか…)
(ダンジョン砂のように、清潔を保つようになってくれれば助かるんだがな)
ダンジョンねこに『召喚』された自分が持ってきたものは、カリカリと同じようにダンジョンの中に現れたものだ。
だったら『送還』の対象になるし、『ダンジョン』属性の付与も可能なはずだ。
「よし、寝るか」
「いいよ」
『ォー』
カラやんがひと声かけ、砂の中に潜った。
メガネを外し、ベッドに横たわる。
「『ダンジョン編集』、ライトOFF」
部屋の明かりが、パッと消える。
暗闇に、水場のドアの隙間とダンジョンねこの瞳だけが光っている。
「おやすみ」
「おやすみコータロー」
『ォ』
幸太郎は暗闇の中、そっと目を閉じた。
「すぅ」
「もう寝た」
ダンジョンねこはびっくりして言った。
 




