断罪の選択
『幸太郎サマ幸太郎サマ?』
サリーがスマホ越しに、あざとい口調で話しかけてくる。
『なんか露骨な「ヘイト役」って感じで、キャラが雑じゃないですか?』
「…お前がわざと、雑なヘイト役を呼んだんじゃないのか?」
『酷いです幸太郎サマ。わたしがそんなことをするように見えますかぁ?』
「…お前なあ…」
あざとい、わざと不信を煽るような物言いに、追求する気が失せる。
『信じてくださいよう~』
ウエウエと嘘泣きをしながら、彼女は言う。
イラッと来たので、幸太郎は思った。
(よし、捨てるか)
一方、デザメル私兵団の兵士たちは色めき立ち、恐れおののいていた。
「あああっ!」
「魔女の声だ!?」
「泣いているぞ!?」
「どこから声がしているんだ!?」
『…おやぁん?エヘヘぇ~』
サリーが変な声で笑う。
『フヒヒヒ。魔女ですよ~?怖いですよ~死んじゃいますよ~?』
兵士たちは、恐慌状態に陥った。
「うわあああっ!」
「殺さないでえ!」
「うろたえるなお前ら!!うろたえるんじゃない!!」
ダンジョンねこが幸太郎の足と足の隙間からにゅっと体を出し、真上を見上げる。
「ねえコータロー」
そして不思議そうに聞いた。
「ヘイト役ってなに?」
「…それはだな」
言いよどむ幸太郎を尻目に、サリーが得意げに説明する。
『ほら、この人たちみたいに、その場で安易に憎しみを買って、すぐやられるために出てくる使い捨ての人たちのことですよぉ』
「ふぅん」
ダンジョンねこは幸太郎の足元をぐるりと回り、足の横からにゅっと覗き込む。
そして言った。
「ねぇコータロー」
「ヘイト役かわいそう」
幸太郎は軽くため息を付き、メガネをクイッと動かす。
「…そうだな。あと、ちょっと黙ってろ、サリー」
『はぁい』
どよめき尻込みする兵士たちに向かい合う。
パン、と、大きな音で手をたたく。
ビクリとこちらを見た兵士たちに向けて、幸太郎は言った。
「お前達、俺を襲って身ぐるみ剥ぐんじゃなかったのか!?」
「あっ」
兵士たちは正気に返る。
「そうだった!」
そして再びいきり立った。
「男の魔女め!女の声で俺たちを騙しやがったな!」
「よくも、よくも俺たちを馬鹿にしやがって!」
「畜生!やっぱり殺っちまおうぜ!それがいいぜ!」
「…どうしたもんかな」
幸太郎は余裕の表情ではあるが、なにか考え込んでしまった。
(俺が感じているこの余裕も、今ここにダンジョンねこがいて、この場を楽に切り抜けられるとわかっているからこそなんだろうが…)
(普段だったらこいつらに、結構な憎しみを向けてもいいはずなんだよな…)
「はははっ!こいつ、怯えてやがるぜ!見ろよ!!」
イキり倒す一人の兵士の裾を、横の兵士が引く。
「なあ、やっぱりやめようぜ」
他の3人も寄ってきて、口々に尻込みし、囁きかける。
「やっぱりこいつ、本当は男の魔女なんだろ…」
「俺、怖い」
「…駄目だろこれ。もう行こうぜ、な?」
イキり倒す兵士が、ひとり激昂した。
「お前らには意地ってモンがねえのか!俺たちはこいつに、へんてこな女の歌が聞こえるような、人を馬鹿にした手妻でコケにされて、メンツを傷つけられているんだぞ!!」
(そうだな)
幸太郎は心のなかで同意する。
イキる兵士は地団駄を踏み、残る4人に訴えかけた。
「第一、『男の魔女』って言葉がおかしいと思わねえのか!?」
「いや、最初に言ったのはお前…」
「うるせえ!」
怒鳴り散らし、ゆっくりと振り返る。
「魔術師だろうが」
ゆらりと警棒を振り上げる。
「黙らせちまえば」
全身の筋肉が盛り上がり、引き絞られる。
そしてイキる兵士は、全身全霊の力をもって、幸太郎に殴りかかった。
「同じだアッーーー!」
そして落ちていった。
「うわあっ!」「あ痛!」「ぐえぁ!」「ひゃああ!」
他の4人も一斉に、地面の下に落ちる。
「…参ったなあ」
幸太郎とダンジョンねこは、下を覗き込んだ。
カラやんもにゅっと首を伸ばし覗き込んでいる。
突如足元に出現した四角い穴。『ダンジョン作成』だ。
3メートルの高さから床に激突した兵士たちは、折り重なって苦しげに呻いている。
石畳に激突したのだ。下手をすれば死んでいる。
その様子を冷ややかに眺め、幸太郎は立ち上がる。
そして高らかに、下に向かって演説を始めた。
「諸君!」
「諸君らは非常に馬鹿っぽいが」
「なんだとぉ!」
苦しげにうめきながら、下の兵士が怒鳴り返す。
幸太郎は毅然として宣言を続ける。
「もし俺が魔法を使えなければ、俺はここで諸君らに、身ぐるみ剥がされて死んでいたことだろう!」
「よって、ここで諸君らを殺すのが適当だと思うんだが!」
大げさに肩をすくめ、下に向かって問いかける。
「どう思う!?」
「嫌だぁ!死にたくない!」
「助けてくれぇ!俺は最初から反対だったんだ!」
「こいつだ!コイツがそそのかしたんだ!」
「そうだ!コイツだけが悪いんだよ!俺のせいじゃない!」
「や、やめろォ!」
下は嘆き、慄き、醜く罵り合っている。
幸太郎はそれを眺めながら、よっこいせ、と座り、その場にあぐらをかく。
「…ダンジョンねこ。ここで質問だ」
「なぁに?」
あぐらをかいた腰の横から、ダンジョンねこはにゅっと顔を出した。
幸太郎は片眉を上げ、皮肉っぽく問いかける。
「ではクエスチョン。下の彼らは俺たちを殺し、全てを奪おうとした奴らだ」
「しかしダンジョンねこ、お前の力でこの場は難なく切り抜けた。それは最初からわかりきったことだった」
「すごいでしょ」
フンス、と自慢げなダンジョンねこに、幸太郎はもっともらしくうなずく。
「すごいな。…それでだ。こいつらはその場しのぎの言い逃ればかりで、反省しろと言っても反省することはないだろう。彼らがこれから心変わりすることは決して無い」
「彼らはこれからも同じように悪事を働き、弱きものを苦しめ続ける事だろう」
ここで言葉を切り、幸太郎は大げさに両手を広げ、お手上げをアピールする。
「…しかしこれでは弱い者いじめだ。お前の力を借りただけの、な。それでも果たして俺たちは、彼らを断罪するべきなんだろうか?」
「ダンジョンねこはかわいそうと言ったな?確かにお前の言うとおりだと、俺も思わないでもない」
そして幸太郎は真顔になり、真剣に問いかける。
「さてダンジョンねこ。俺はコイツラを」
真顔を崩し、彼は悪意を込めて、唇を釣り上げた。
「どうすればいいと思う?」
「うーん」
ダンジョンねこは首をひねり、しばらく考え込む。
そして悩んだ末に、ダンジョンねこは、その問いに答えた。
「わかんない」
「だよなぁ!」
カッハッハと楽しげに高笑いした。
幸太郎はゆっくりと立ち上がる。
「諸君!」
そして下の兵士たちに向かい、高らかに宣言した。
「『答えは、保留』」
「どういうことだぁ!」
「ドン」
幸太郎が声付きで床を踏むと、竪穴は一瞬で塞がる。
周りは見慣れたダンジョンの石畳だ。
『ダンジョン編集』で、ブロックの天井を塞いだのだ。
「いいアイディアがうかぶまで、このまま放置しておこう」
「いいの?」
「仕方ないさ」
怪訝そうなダンジョンねこに、肩をすくめてみせる。
スマートフォンのサリーが、キャッキャと嬉しそうに声を上げた。
『幸太郎サマってとっても鬼畜眼鏡ですね!』
『素敵ですぅ~』
「サリーは砂漠に捨てるからな」
こともなげな幸太郎の声に、サリーは汚い声で泣きわめいた。
『や”ぁ”め”ぇ”でぇ”ぐぅ”だぁ”ざぁ”い”ぃ”~!』
『みんなに歌を聞いてほしくてちょっと音波を魔力に載せただけなんですぅ!悪気はなかったんやぁ!あんなの呼ぶつもりはなかったんですぅ!』
(広域スピーカー代わりには使えそうだが…)
幸太郎は小さくため息を付き、仕方なさそうに話を続ける。
「…他になにか出来ないのか?力を魔力に載せられるんだろ」
『あっ、そっか。じゃあF5アタックします。魔力でF5アタック。脳が鯖落ち負荷で焼けるぐらいのやつ』
「…物騒だな。まあ、こっちも保留だな」
『あざーす!お礼にもう一曲歌いましょうか?「エッチなアクマにfallen love」』
「卑猥な歌はやめろ」
『NTRの歌なんですけど~』
幸太郎は、事務的な声で言った。
「【サリー】、スリープモード」
『あっ、ひど!あー、グゥ~』
スマートフォンの画面は暗転した。
正直処遇に困る。
トラブルを招くだけかもしれない。
ただ確かにサリー・マクスウェルという悪魔を名乗る何かは、特殊な力を使える存在のようだ。
「…どうしたもんかな…」
幸太郎はスマートフォンを内ポケットにしまう。
困った顔で頭をかき、気を取り直す。
そしてダンジョンねことカラやんに向かい合う。
「まあいい。砂漠に出るぞ。見つからない場所で宿泊ダンジョンを作ろう」
「いいよ」
『ォ、ォ!』
「…砂か?砂漠の砂じゃ駄目なのか?」
『ォー』
「ダンジョンの中がいいって」
「…まあ、くつろぐなら自宅って事だな。わかったよ」
 




