青年士官ギュスカー
「馬鹿にするなど、とんでもない」
幸太郎はしれっと答える。
「考えが至らなかったようです。思いついたことを言ってしまう癖が抜けず、申し訳ない」
慇懃ではあるが丁寧で落ち着いた謝罪。
そこには恐れのない寄せ付けなさがある。
青年士官は、思わず鼻白む。
そして取り繕うように、居丈高に叫んだ。
「…そうとも!」
「出過ぎた真似をして、口を挟んでもらっては困るな!」
「軍人さんのおっしゃるとおりですな。非才の身ゆえ出直してまいります」
幸太郎はニコっと笑う。
そして続けた。
「もう行っても?」
「……」
青年士官は口をつぐみ、面白くなさそうに幸太郎を睨みつける。
「待て!」
そしていきり立ち、執拗に食い下がった。
「何故そこまで執拗に、私…我々から離れようとする?」
「やはり、やましいところが有るのではないのか!?」
幸太郎はあからさまに苛立った声を出す。
「猫が心配で、気が急いているのですよ」
「今は猫など、どうでもいいだろう!」
幸太郎の苛立ちに呼応するように、青年士官はヒステリックに叫んだ。
「…猫はどうでも良くはありません!ギュスカーさま!」
何故か女性兵士が声を裏返し、ヒステリックに食ってかかる。
「マイヤ、止せ!」
「従士マイヤ!この私に歯向かうつもりか!」
男性兵士と青年士官が突然の奇襲に鼻白み、反発した。
女性兵士は青くなり、しゃちほこばって敬礼を返す。
「申し訳ありません!出過ぎた真似を!」
バタバタ、バタバタしている。
幸太郎は内心ため息をつく。
こんな茶番を見ている暇はないのだ。
青年士官は気を取り直し、幸太郎に向かって偉そうに言い放った。
「…謝るならば良い!…きみ!」
「きみは魔術師だろう!」
(はい?)
青年士官は得意げに、自慢気に考えを披露する。
「猫を旅に連れ歩くなど、元々おかしな話なのだ!だが猫を使い魔としている魔術師ならば辻褄は合う。そうだろう!」
「俺はただの旅行者ですよ。魔術師じゃない」
「魔術師はみな、そう言う!やつらの秘匿主義など見飽きたわ!」
「おい君、我が部隊に協力しろ」
「我々はその突然現れた、未知のダンジョンを踏破し破壊せねばならない」
「魔術師であるならば即戦力である!即戦力は歓迎する!」
「…困りましたな」
どうも自分は本当に気が急いて、焦っているようだ。
対応が雑になっている。幸太郎はそう自覚する。
(…やむを得ん。のらりくらりと耐久して、相手を疲弊させるか)
(…ダンジョンねこ、もう少し無事でいてくれよ…)
「俺は本当にただの旅行者でしてね」
心底困った表情で、幸太郎は言う。
「帰巣本能の強い猫が、家を離れて俺と一緒に旅ができる。その事もちゃんと理由があるんですよ」
少し溜めを作る。
「…実はですね…」
そして幸太郎は、重大な秘密を打ち明けるかのように、真剣な表情でささやいた。
「うちの猫、しゃべるんですよ」
「…えっ、いいなあ」
女性兵士が反応した。
青年士官は眉をしかめ、キンキンと反発する。
「猫好きが言う他愛ない惚気など、聞きたくない!!」
「何故猫好きはすぐ『うちの子はしゃべる』などと言い出すのか!!」
「だから意思のやりとりが出来るんでね。それなりに仲良く旅ができるんですよ」
「…どうやって身を守っている。旅行者ひとりに猫一匹。猫を守りながらでは逃げ出すことも出来まい!」
青年士官は、相当苛立ってきている。
「君が剣の使い手とも思えん!魔術師でないのなら、護衛も連れず危険な旅など出来ないはずだ!」
「ああ。魔道具ですよ」
スーツの裾をめくりあげ、ベルトに挟んだ短杖を見せた。
「たとえばこれです。魔法のワンド」
青年士官は肩を落とし、あからさまにがっかりしているようだ。
考えが的はずれだったことを、認めたくない様子だ。
未練がましい様子も見える。
自分の考えた通りの魔術師が、自分の手に入るとでも思っていたのだろうか。
「…なんの魔法が入ったワンドなんだ?護身用ならばそれなりの」
「『ファイアーボールのワンド』ですね」
ざわ…、と、空気がゆらめいた。
(…なんだ?)
意図せぬ失敗の気配。
幸太郎の言動が招いた、周りの慄き。
幸太郎は腹をくくり、油断なく様子をうかがう。
「それほど強力な魔法のワンドを…」
女性兵士がつぶやく。
(…なるほど。『ファイアーボール』が強力すぎたのか…)
(…事前に検証しておくべきだったか?)
(…でもなあ…)
幸太郎が考え込む間、ぐぬぬと悔しげに黙っていた青年士官。
彼は絞り出すように、幸太郎に言った。
「…供出しろ!」
「ギュスカーさま!」
「それはいけません!」
お供のふたりが色めき立つ。
青年士官は口元を釣り上げ、挑みかかるように幸太郎に言う。
「巨大な火球を爆発させ、身にまとわりつく殺意の炎と化す強力な破壊の魔法、『ファイアーボール』…。そのような危険で強力な魔道具を持ち歩き、個人の身を守るための飾りにするなど、無駄の面でも治安の面でももってのほかだ!ダンジョン破壊の前線に向かう我々が使ったほうが、結果、民の役に立つはずだ!」
「それを供出しろ!」
「ああ」
幸太郎は、スッとワンドを差し出した。
「どうぞ」
「え」
「え」
「え」
三人は固まってしまった。
信じられないものを見るように、各々は幸太郎を凝視している。
「い、いいのか?」
「ええ。もちろん」
(そんなヒーロー気取りで正面切って撃つような魔法など、全く俺の好みじゃないし)
(それに、所詮はガチャのハズレだ)
手を伸ばして、青年士官の手にワンドをぎゅうと押し付ける。
「そ、そうか。協力に感謝する」
「…わぁ…」
受け取った青年士官は、ワンドを嬉しそうにこねくり回す。
そして今気づいたかのように、慌てて言った。
「…いや、案ずるな!軍票で悪いが、正当な対価を」
「……?」
青年士官はキョロキョロと、辺りを見回す。
「今の男はどこに行った!?」
幸太郎は、消えていた。
「これでは私が、軍の権威を笠に着て、無辜の民から財を奪う、暴虐の輩になってしまうではないか!!」
「ギュスカーさま…」
慌てる青年士官に向かって、男性兵士が真っ青になり、報告する。
「男が、目の前で消えました」
「なに?」
女性兵士があわあわと、口を抑えつぶやく。
「転移術…そんな…」
「今のは転移術です!高位の魔道士だけがなし得る、空間を飛び越える秘術…」
「宮廷魔術師とて、出来るものなどそうは居りません…!」
しん…と三人は静まり返った。
「そんな高位の魔術を使う、流浪の魔道士…」
「怒りを買ったのでは…」
男性兵士の言葉に、青年士官は慌てた。
「…だって!」
「魔術師ではないって言ったじゃないか!」
青年士官は自分の狼狽に気づき、赤面する。
そしてキリリと顔を引き締め、お供の二人に向かって言い放った。
「奴が隠した本当の実力など、この私には関係ない!奴にワンドの代金を渡さねば、私は卑怯者になってしまう!」
「探すぞ!!」
「は!」
 




