第七話 美少女
部長の妹。かねがね聞いてはいたが、まさかこんな形であうことになるとは思ってもみなかった。
「すまん! 俺はこの後も用事があるんだ。蓮葉を頼んだっ」
そういってまた、部長はすぐに去ってしまう。
「とりあえず中に入ってください、ささっ!」
柳さんが少し嬉しそうに、妹さんを中へ促す。
「すみません。お世話になります……」
則本蓮葉さんがそろそろと入ってきた。
「……!」
思わず息をのんだ。
「すごいっ! 遠くから見てもすごかったけど、近くで見るとほんとに可愛いっ! んー、でも可愛いっていうか、美人系? モデルさんかと思っちゃいましたよ……!」
柳さんが初対面相手に、相も変わらず柳節を炸裂させている。だけど今回は無理もない。本当に美人なのだ。肩に付かないくらいのショートボブに、有名女優と見間違うほど整った目鼻立ち、極めつけはその圧倒的スタイル。……あまり言いたくはないけど……、つまりそういうことだ。とにかく、校内美人コンテストを開催すれば、二位と圧倒的な差をつけて優勝しそうなくらいに凄くきれいだった。
「……ありがとうございます…………」
褒められた蓮葉さんはニコっと苦笑い。……柳さん、気使われてるぞ。
「うひゃあー! 笑顔もかわいいっ。はあ、これが天国か」
柳さんは正真正銘の面食いだったらしい。
「とりあえず座ってくださいっ!」
声が上ずっている柳さんは、自分の座っていた椅子をポンポンと叩いて、蓮葉さんを促す。その後、柳さんが僕が座っていた椅子に座ったので、僕はデッサンのために出した椅子を二人のところへ持って行って座った。
今は部長が不在なので、この場は無名部活動歴が最も長い僕が仕切らなければならない。
ゆっくりと深呼吸して……、
「まず初めに……」
「私っ! 一年の柳迎季乃っていいますっ! よろしくお願いしますっ! あ、あと私のことは柳って呼んでくださいっ!」
「……はい。私は二年三組の則本蓮葉です。よろしくお願いします」
完全に持っていかれた。
もう一度落ち着いて、ゆっくり深呼吸して、
「……二年二組の藤和和希です。……よろしくお願いします」
「よろしくお願いします、藤和君」
その声はすごくお淑やかしとやかで、耳が心地よくなる響きだった。
「先輩、今なんかすごくいやらしい目になってませんでしたか?」
「なってないです」
柳さんが的確に突っ込みを入れてくる。
まあそれはともかくとして。
「則本さんのことは何て呼べばいいですか? 苗字だと部長と被っちゃいますし」
「蓮葉で大丈夫です。あとタメ口で大丈夫ですよ? 同級生だし。私も敬語やめるので」
「蓮葉先輩、気にしちゃだめですよ。 あの人いつもああなんです」
『ああ』ってなんだよ。
「ということなので僕は敬語のままで大丈夫です」
「……分かった。…………で、えっと、ずっとここに居て良いんだよね?」
「はい。そういう部活なので」
「あぁ、蓮葉先輩とこれから毎日会えるなんて、あぁ!」
柳さん、完全にイってしまっている。
まあでもそういうことだ。お客さん本人が納得するまで、無名部は居場所を提供し続ける。それが活動内容だから。
「小説とか読みますか? スケッチブックもありますけど」
「えっと、今はそういう気分じゃないから大丈夫」
「あー、藤和先輩が振られたぁー」
なんでそうなる。
「そんなことより、蓮葉先輩ぃ。もっとお話ししましょうよー」
「ごめん。今はちょっと楽しい気分じゃないから……。だからこの部に来たんだし……」
「……何かあったんですか? 私でよかったらお話聞きます」
蓮葉さんは何部に所属していたっけ。部長が昔云っていた気がするけど思い出せない。
「……柳ちゃん、ごめん。そのことはあまり聞かないでほしいから」
「……」
柳さんも振られた。
流石の彼女も、ここまで萎れこまれてしまっては突撃できない。
「……」
「……」
「…………」
空気が重い。
今までも、お客さんは数えきれないほど来た。でも今回のそれは、間違いなく今までで一番、重い。
それはもちろん、彼女が部長の実の兄弟だとか、柳さんがちょっと賑やかだったとかもあるかもしれない。でも一番の理由はやはり、本人が放つ負のオーラそのものだ。
昔、部長が云っていた言葉がある。
『客に過度に干渉してはいけない。却って良くないこともあるし、なにより俺達も巻き込まれる可能性がある。ミイラ取りがミイラになるんじゃ話にならない。俺たちの役目は、ただ居場所を提供するだけだ』
居場所。それはかつて僕も求めたもので――いや今も求め続けているもので、
「蓮葉さん、好きなだけゆっくりしていってください」
今の僕に言えたのはその程度の言葉だけで、本当に掛けたい言葉は、心の中で思うことすら憚られた。