第五話 無名部の活動
放課後のチャイムが鳴って廊下を出る。
「あ、藤和せんぱーい!」
「え?」
廊下で名前を呼ばれることなんて今までなかったから、驚き過ぎて思わず振り向いた。
「やっぱり先輩だ。先輩特徴無いから、イマイチわかりにくいんですよねー」
「……」
人目なんてお構いなしの柳迎季乃は、あどけない少女みたいに、こちらに向かってくる。
「……あの、恥ずかしいから止めてほしいです」
「あ、すいません。やっぱだめでした?」
そんな調子で反省していない彼女を背に、僕はずんずん部室へ向かった。
名も無いその教室に入ると、一週間ぶりに見る顔がそこにあった。
「おお、和樹! ひさしぶりだなぁ」
「部長。お久しぶりです」
凛としたた佇まいの部長は、教室の柱にもたれかかって、何かの資料を見ていた。
「わっ、あなたがこの部活の部長さんですか!?」
「紹介します。こちらが無名部の部長、則本陸先輩です」
「則本です。どうぞよろしく。で、そちらの名前は?」
「は、はいっ。私、一年の柳迎季乃って言います! みんなからは大体『柳』って呼ばれてます! よろしくお願いしますっ!」
柳さんは、高身長眼鏡イケメンの部長にちょっと緊張しているようで、最後の声が裏返っていた。
「あ、あの! 私をこの部に入れてくださいっ!!」
いきなりの柳さんの大声に、僕はビビった。部長も、一瞬そのクールさにほころびが見えたのは気のせいではあるまい。
「……とりあえず、座って話をしようか」
*********************
「なるほど、絵を描くためにこの無名部に入りたいと」
事前に話を通してあったおかげで、部長はすんなりとこちらの意図を理解してくれた。
「はい、そうなんです。この学校、美術部がないそうで……」
柳さんは部長と面と向かって座っているせいか、どことなく落ち着きがない。
「和希」
「何でしょう」
「絵は見たのか?」
部長は腕を組みながら、難しそうな顔をしている。
「一応見ましたけど……。絵で決めるんですか?」
「いや、そういうわけではないが……」
すると、柳さんがここぞといわんばかりに、
「私、もっと絵が上手くなりたいんです! 上手くなって、たくさんの人に絵を見てもらいたいんですっ!」
なんとシンプルな理由。
「うーん。そうだなぁ。和希、この部の内容は説明はしたのか?」
「いえ、まだです」
「え? この部活って、何をしててもいい部活なんじゃないんですか!?」
すまない柳さん、『何をしててもいいけど』すこし条件があるんだ。
「何をしててもいいというのは、あながち間違いじゃないけど、少し手伝ってほしいことがあるんだ、柳」
「手伝い……ですか?」
「ああそうだ。……まず前提として知っておいてほしいのは、この部は正式な部活動ではないということ。一応顧問もいるが、実際にはいないようなものだ。そして、この部活の活動内容。それは、他の部活の部員の避難所になることだ」
柳さんが頭の上にはてなを浮かべている。
「避難所と言っても、怪我をした運動部員の処置をするっていう意味じゃない。いろいろな理由で部活に行けなくなった人たちの休息所なんだ。心の避難所って言えば分かりやすいかな」
「……なるほどぉ」
「でもそんなに気負う必要はない。心の避難と言っても、俺達生徒がカウンセラーの代わりになれるわけではないし、却って良くないこともあると思う。だから、俺たちに出来るのは、居場所を提供するってことだけなんだ」
先の説明で、彼女のはてなマークはすっかり消えたようで、
「へぇー。なんかすごいですねぇ」
なんか反応が軽い。
「それでも、この部活に入るのか? 柳」
「居場所を提供している間も、絵を描いてていいんですよね?」
「もちろん」
「じゃあ入りますっ!」
軽いなあ。
「よし、じゃあ決まりだな。俺はまだやることがあるから後は頼んだぞ、和希。客が来そうなったらまた連絡する」
「え、ええ。はい」
部長はよほど大事な用を抜けてきたのか、結構な速さで行ってしまった。
「……客? 私みたいな人のことを言ってるわけではないですよね?」
「はい、無名部に避難しに来る人のことをお客さん扱いしてるんです」
「へぇー。なんか、ボランティア活動見たいですね」
ボランティア? 納得いかないので反論しようとすると、
「藤和先輩っ! それにしても陸先輩、かっこよかったですねぇっ!」
柳さんが恍惚とした顔で語ってくる。
「何ですかっ。あの高身長に整った顔立ち! そして極めつけは、メガネっ!! ああぁぁ」
相手にするのもうっとうしいくらいに彼女の顔は緩み切っている。
「……柳さん、結構面食いなんですね」
「面食いじゃない人なんているんですかっ!?」
なんか逆切れされた。
というか、僕に、イケメンは良いぞっていう話を粘っこく聞かせるのって、僕に失礼すぎる、いくらなんでも。
「はぁー。次はいつ来るんでしょうねぇー陸先輩。明日来ないかなぁ」
「来るといいですね。あしたっ!」
「……先輩なんか怒ってません?」
「怒ってない」
「うそっ! 絶対怒ってます!」
「怒ってない」
「怒ってますって!」
「怒ってないって!」
結局この日、僕が『怒ってる』というまで家に帰れなかった。