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現絵  作者: はむっと
2/7

第二話 名前

 次の日の放課後。予告通り、彼女は無名部部室にやってきた。


「こんにちはーっ」


 穢れを知らない純粋無垢なその声が僕の心を震わせる。


「部長って今日来てますか?」


 僕はゆっくりと深呼吸をして、


「多分今日も来ないと思います。ここのところ進路のことで忙しいみたいです」


 今は新年度が始まって何かと忙しい時期だ。今年受験生の部長は、これから部に顔を出す暇なんてないのかもしれない。


「あの、明日、休み時間中に直接会うことはできないんですか?」


 部活に来られないくらい忙しいのに、休み時間に訪ねて邪魔じゃないだろうか。部長がそう言うのに寛容なことは分かっている。でも、だからこそ、


「部長は多忙な人なので、それはやめておいたほうがいいかもしれません」


 それを聞いた彼女は何を連想したのか、恐ろしいものに怯えるように身を縮こまらせた。短い髪を結んだ彼女の姿は、絵に描いた怯える少女そのもので、ここが現実かよく分からなくなる。


「そんなに怖い人ではないですよ。でもただちょっと変わってるというか、お人よしというか……」

「……そうなんですか。よかったぁ」


 凍える冬に一つのぬくもりを見つけたみたいに安心している。


「でもそうしたら、私は当分、どうしてればいいんですかね?」

「……」


 正直こんな、うるさい人と一緒にいるのは嫌だ。ほかの部員もいるならまだしも。

 でも、昨日の彼女の言葉を思い出すと、自然と『いいか』と思えた。彼女は絵を描きに来たのだ。


「この教室で部長を待ってるのが良いと思います。もしかしたら顔を出すかもしれないし」

「おぉ! いいんですか!? それでは御厄介になりますっ」


 御厄介にはならないでくれ。


「後ろの椅子とか使ってもいいですか?」

「はい。いろいろ自由に使って大丈夫です」


 この教室はもともと空き教室で、机と椅子がすべてまとめて後ろに下げられている。元はクラス教室として使っていたみたいだけど、校舎を増築したときに用済みになったらしい。


「それにしても、ここ、静かですごい落ち着きますね。大声出したら、すぐ隣の廊下まで響いちゃいます」


 そういいながら、彼女は椅子を一つ持ってきて、僕と同じように窓に向かうように座った。僕と彼女との距離は三メートルくらい。

 このまま静かにしてくれればいいなと思った。けど、彼女が喋らずにいるわけがなかった。


「そういえば名前! 訊いてなかったですよね?」


 確かに。


「私は一年六組、柳迎(やなぎむかい)季乃(きの)っていいます。先輩は?」


 椅子に座っていたはずの彼女が、いつの間にか立ってこちらを見ながら話していた。


「二年二組の藤和(ふじわ)和希(かずき)です」

「『ふじわ』っていう苗字なんですねー。なんか貴族っぽい」


 そんなこと初めて言われた。


柳迎(やなぎむかい)さんこそ、珍しい名前ですね」

「そーなんです。自己紹介とかで名前を言うとき、いちいち長くて。あ、あと私のことは『(やなぎ)』とかでいいですよ。男子からもよくそう呼ばれてたので」

「じゃあ柳さんで」


 こんなに人と喋るのは久しぶりだ。部長とはよく喋っていたけど、それとは疲れ度合が違う。


藤和(ふじわ)先輩は絵描かないんですか? さっきから外ばっかり見てますけど」

「絵は描かないんです。いろいろあって」

「でも昨日描こうとしてましたよね?」


 あーもう、なんでそんなこと覚えてるんだ。


「あれはなんというか、気の迷いみたいなものです」

「へぇー。……じゃあ私描いていいですか?」

「え?」

「え?」


 当たり前のことなのに少しびっくりした。

 彼女は絵が描きたくてこの部に入ろうとしてるんだ。なにもおかしいことはない。

 でも少しだけ、自分の中の芯が削れたような気がした。


「……分かりました。鉛筆と百均の色鉛筆しかないけどいいですか?」


 いかんせん部費がないから、出来ることは鉛筆でスケッチするくらいだ。


「はいっ。大丈夫です!」


 その返事を聞いて、僕はスケッチブックと鉛筆セットを柳さんに手渡した。


「ありがとうございます!」


 画材を手に入れてウキウキな柳さんは、すたすたと椅子に戻って鉛筆を走らせ始めた。

 てっきり、ここから見える風景でも描くのかと思ったら、紙だけを見て描いていた。まるで自分の思いを絵にぶつけるみたいに。

 流石に他人が何を描いているかが気になった。普段の僕なら言わないだろうけど、この時の僕は、好奇心みたいなものが(まさ)ってしまって、つい質問してしまった。


「何を描いてるんですか?」

「えっとですねー……」


 柳さんは描くのに夢中で、まともに返事が返ってこない。



 十五分くらいくらい経っただろうか。ようやく柳さんが言葉を発した。


「出来ましたっ」


 彼女の絵を見て、僕は固まってしまった。

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