刑務所
それが始まったのは俺が厨房で皿洗いをやらされていて、汚れた皿の山にげんなりしながらカウンター越しに広い食堂の中を見渡している時だった。
青白い顔の看守がフラフラと食堂に入ってきてすれ違うように食堂から出ていこうとしたヒスパニック系ギャングのボスの首に噛みつき、その肉を引き千切って咀嚼し飲み込むところを目撃する。
首の肉を引き千切られた男の手下達が吹き出る血を押さえたり、隠し持っていたナイフで看守の腹を刺したりした。
ギャングのボスは出血多量で直ぐに死亡。
看守は腹を刺されたのに痛がりもせず刺した男に掴み掛かりその首に噛みつき肉を喰い千切った。
看守だけでなく死んだ筈のギャングが上半身を起こし彼を気遣う手下の腕に噛みつき肉を引き千切る。
食堂内にいた看守達がそいつらの所に駆け寄るが、その看守達も入ってきた看守やギャングらに掴み掛かられ肉を喰い千切られた。
食堂内はパニックになり食事中だった囚人達が先を争って逃げ出して行く。
俺も逃げようと持っていた皿とスポンジを流しに放り出したとき、夕飯の準備を始めていた通いの料理長が胸を押さえて倒れる。
周りの囚人達が助け起こそうとしたら料理長はその1人の上腕部に噛みついた。
騒ぎに気がついた看守がショットガンを構えて食堂の中に入って来て、掴み掛かるギャングの胸に至近距離で12番散弾を撃ち込む。
至近距離から散弾を撃ち込まれ胸に大きな穴が空いたにもかかわらずギャングは着弾の衝撃で上半身を揺らしただけで歩みを止めず、散弾を撃ち込んだ看守に掴み掛かり顔に噛みつく。
あれは映画やドラマで見たゾンビそっくりじゃないか。
顔が青白くなっているこいつら全部ゾンビなのか?
うしろの騒ぎも大きくなり料理長を取り押さえようとした何人かが噛まれている。
俺は流しの脇にあった包丁を手にして青白い顔の料理長の目に突き刺し捩った。
料理長が動かなくなったのを見て厨房にいた囚人達も先を争い食堂から逃げて行く。
食堂と厨房には俺と哀れな犠牲者の肉を頬張るゾンビ供だけが残された。
厨房の中を物色して包丁やアイスピックなどを探し、それらを犠牲者の肉に夢中なゾンビの頭に突き刺して周り食堂内のゾンビを屠る。
それから看守が身につけていた拳銃を頂きショットガンを手にして食堂の外を窺う。
食堂の外を窺う俺の耳には、刑務所のあちら此方から響いてくる銃声と人の悲鳴が聞こえていた。
食堂の外を窺い暫く考え俺は刑務所の中のゾンビを駆除する事にする。
此だけの騒ぎが起きているのにパトカーのサイレン1つ聞こえてこないって事は、刑務所の外も中と同じ騒動が起きている可能性が高いからだ。
中のゾンビを全て駆除すれば高い塀に囲まれた此処は要塞になる。
経費削減の一環として刑務所の屋根にはソーラー発電のパネルが設置され、風力発電の風車もあるから電気の心配は無い。
水も地下水を利用しているし、食料も収容されている囚人の腹を満たすだけの量がある。
昨日2週間分の食品が納入されたばかりだしな。
だからどさくさ紛れて脱獄するであろう囚人を馬鹿だと思う。
食堂から足を踏み出した俺はゾンビとゾンビに噛まれた奴の駆除を開始する、看守のゾンビを含む死体から弾の補充を行いながら。
数日かけて刑務所内のゾンビを駆除する。
その間ゾンビに噛まれていない人間を見たのは、懲罰房に入れられて助けを求めている奴等だけだった。
無視したけどな。
駆除に疲れて所長室に行き駆除中に所長室で見つけたコーヒー豆でコーヒーを淹れ、それを飲みながら監視室の次々と切り替わるカメラの画像を眺める。
次々と切り替わるカメラの1つにこの部屋に向かってくる男の姿が映った。
拳銃の残弾を確認してドアを開けて部屋に入ってきた男に拳銃を突きつける。
中に入ってきた若い看守の男も俺に気がつき拳銃を構えた。
声を掛ける前にそいつが先に質問してくる。
「ゾンビじゃ無いよな? 噛まれてもいないよな?」
拳銃をベルトに戻しながら返事を返す。
「ああ、噛まれてもいないしゾンビでも無い。
まあ立ち話も何だから座れよ」
と言いながら監視室の中の椅子を指す。
男は椅子に腰を下ろそうとせず話し続ける。
「此処から逃げようぜ、俺1人だとヤバイけど2人なら何とかなる筈だ」
「逃げるって? 何処に逃げるつもりだ? 当てはあるのか?」
「この刑務所以外の何処かだよ!
俺はもうこんな所にいたくないんだ!
もう、うんざりなんだぁー!」
「俺は此処にいた方が良いと思うよ」
次々と切り替わるカメラの映像の1つを指し返事する。
刑務所の門の外を映し出しているカメラには脱獄した囚人のゾンビが多数映っていた。
「こいつらは丸腰で逃げ出したからゾンビになったんだ。
管理棟の武器庫に行けば豊富に弾が手に入るし、もっと重武装する事も可能だ」
「コーヒー飲むか?」
空になったカップを見せ訪ねる。
「え? ああ…………飲む」
話とは関係ない問いかけに戸惑いながら返事が返ってきた。
所長室に行き2つのカップにコーヒーを注ぐ。
片方のカップを差し出し話す。
「まあ座れ。
逃げ出すにしろ籠城するにしろ時間はたっぷりあるんだ。
コーヒーを飲みながらゆっくり検討しようぜ」
コーヒーの香りに癒されたのか殺伐とした表情が穏やかな表情に変わり、若い男は椅子に腰かけた。




