アイドル
食料品など生活に必要な物資を調達に出掛け、下町の駄菓子屋の奥の倉庫で煎餅やチョコレートなどの菓子類を見つけた。
チョコレートをショルダーバッグに詰めているとき去年のバレンタインの事が頭に浮かぶ。
去年の2月14日地下アイドルの冬花ちゃんのコンサートに行ったら、冬花ちゃんにチョコレートを手渡された。
もちろん僕だけでなく、会場にいたファン全員に手渡されたのだけど。
渡されたチョコの１つ１つに冬花ちゃんの手書きのメッセージが添えられていて、その書かれていたメッセージにどれ程力付けられたことか。
こんな世界になってしまったけど、彼女には何処かで無事に生き延びていてほしいと思う。
倉庫にあった菓子類をバッグに詰め終わり店を出ようと外を窺う僕の目に、店の前を１群のゾンビが横切って行くのが映る。
あ！！
ああ…………な、何て事だ。
横切って行くゾンビの群れの中に冬花ちゃんの姿を見つけてしまった。
顔はゾンビ特有の血の気の無い青白い顔に変わっていたけど見覚えのある衣装を着ている。
ショルダーバッグを肩から下ろし背中に背負っていたクロスボウを手にして駄菓子屋の２階に上がり、窓を細めに静かに開けクロスボウの狙いを冬花ちゃんの頭に定め、撃つ。
うつ伏せに倒れたゾンビを暫く眺めてから踵を返した。
今クロスボウの矢を撃ち込んだゾンビは冬花ちゃんじゃない、別人だ、絶対そうだ、間違いない。
冬花ちゃんは何処かで生き延びているんだ。
何時かゾンビから世界を取り戻し平和な世界が戻ってきたら彼女のコンサートに行って、また、メッセージ付きのチョコレートを手渡してもらおう。
ショルダーバッグを肩に下げクロスボウを背負い鉄パイプの先端を尖らせた槍を持ち駄菓子屋を後にする。
僕の頭の中では彼女の…………冬花ちゃんの…………歌声が、何度も、何度も、繰り返し流れていた。
