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第90話 垂れこめる暗雲 ④


 エスト経由でサーラーンへと向かう隊商の列は順調に進んでいる。


 その荷馬車のうちのひとつでは、隊商員のハキムと臨時の護衛として雇われたラウルが話し込んでいる。護衛任務の報酬は戦闘があった場合にのみ支払われる完全出来高制だが、

エストに


「……なるほど。納品でエストから出てこられたわけですな」

「そうです。はじめての王都で目を回しました」

「はは、わかります。ウルケシュの市場と負けず劣らずの賑わいですからな」

「ウルケシュ?」

「エストに一番近い大きな町、といったところですかね」

「王都にあたる都市は?」

「もっと南西にあるカスバです」

「はぁ」(名前だけは聞いたことがあるような)

「ウルケシュは交易都市で隊商の出発点になりますね。王宮と武器防具の生産地はカスバです。もっと南へ行けば漁業と迷宮探索の拠点として栄えている港町ルジェがありますな」 


 どうやらハキムは一を聞けば十以上を返してくる人物らしく、長旅でも退屈することがなさそうだ、とラウルは嬉しくなった。そうでなくとも異国の話は大好きなのだ。 

 

 ハキムとの会話で、少ないながらもサーラーンに迷宮があることがわかった。さらにピラミッドと呼ばれる巨大建造物が観光名所になっているが、神殿なのか古代王の墓なのか、はたまた巨大な日時計なのか学者たちが議論の真っ最中なのだという話は興味深かった。


 ハキムも底抜けで親切な人物らしく、ラウルの世間知らずを馬鹿にすることもない。予想外の隊商同行が楽しいものになったのは彼のおかげである。

 隊商のあれやこれやを聞くのは実に楽しかった。ハキムの話術が巧みなせいもあるが、まるでラウルが世界中を旅してまわっているような気さえしてくるのだ。


 話の礼に、湿気ずに残っていたハンナ・ビスケットをラウルが勧めると、ハキムは大いに喜ぶ。臥竜亭で詰めてもらった水筒を開けると中身が水ではなく、香りのいい茶であることがわかって、ハキムへのもてなしが一層豪華になった。


「いや、申し訳ありませんな。お客人にもてなしてもらうとは」


 そう言いながらもハキムは嬉しそうである。


「ところでラクダが一頭もいませんね」

「あの動物が必要になるのは砂漠で街道を外れる場合ですな」

「ふむふむ」

「けっこうな気分屋でしてね。何か気に入らないことがあるとゲロを飛ばしてきますが……おっと、失敬」


 ハキムはビスケットくずを払いながら下品な言葉を詫びる。

 そして、隊商の目的地によって使役する動物は変えているという基本的なところからはじめて、動物の習性にも言及した。

 一方のラウルは知識が絵本どまりだから聞く話全てが新鮮だ。


「ラクダのコブには水が?」

「脂身ですよ。食べようとは思いませんがね」


 私も子供のころはそう思っていました、と笑うハキムは実に愉快そうだ。南国人の気性というものがそうさせるのかもしれない。


「乗り物なら他にもありますよ。小竜、と言うんですがね」

「ショウリュウ?」

「ええ。竜はとっくの昔に絶滅したそうですが、その亜種って言うんですかね?小さいのが生き残って飼いならされたのが小竜です」

「やっぱり騎士団とかですか?」(カッコイイ!)

「その通り。二足歩行ですが飛ぶように早い。馬鎧を着せて槍兵を乗せれば……」


 おや、サーラーンの竜騎兵団をご存じない、とハキムは聞くがラウルは初耳だ。隣国がそのように強力な騎兵を養っていると知らなかったからこそ、サーラーン国境に近い町で安穏と暮らしてこれたと言い換えることもできよう。

 二足歩行というからには前足が自由に使えて、噛みつき攻撃も馬とは比べ物にならぬのだろう。大きさや体重次第では体当たりだけで歩兵を蹴散らすこともできるはずだ。

 

(ぜんぜん知らなかった……)


 アルメキアを含めて東西南北どこの国の軍隊事情も詳しくないラウルは、見習いとはいえ武器を扱う職人としてオレはどうなんだろうか、と自問自答した。

 たった今ハキムが教えてくれたサーラーンの竜騎兵団や『まじゅうのひみつ』を読むことで知ったムロックの魔獣兵器はその一端でしかないが、当然、軍の編成が異なれば主武装も異なるわけで、売れ筋の武器は研究も進んでいるはずなのだ。

 つまり、国によって得意武器がある、とも言える。

 四方平和な今こそ、鍛冶修行をすすめて、ぜひとも他国の武器産業を見学したいものだ、と彼は思った。


「騎兵槍なんかは相当立派なやつなんでしょうね」

「そう、ずいぶんと長くて手元の握り覆いが膨らんでいるような形でしたね」


 ハキムは武器の専門家ではないので形状について述べることが精一杯だったが、こうあけすけに軍事情報を交換できるのもサーラーンとは宗教こそ違えど友好国だからだ。

 かつて国境線に沿って城壁を築こうとしたアルメキア王がいたが、その計画が頓挫したのも遠い昔、両国の間には小競り合いすらない。

 ラウルがあっさり隊商への同行を許されたのも、そのあたりの事情が関係していたのだ。


 何とはなしに相手が気を許しているのを感じ取ったラウルは、この際にサーラーン事情を聞けるだけ聞くことにする。

 ハキムも話好きらしく、ラウルの申し出を快く承知した。


「さしつかえなければ、お商売の話を詳しく」

「そうですね、どのあたりからはじめましょうか……」


 ハキムは、サーラーンには地下資源が豊富である、といったあたりから話を始める。石炭やアルメキアで言う黒炭液の産出もさることながら、希少金属や宝石類も数多く採掘されている。そして、それらを加工する金属加工業や宝石商も多い。

 地上ではなつめや南国でしか栽培できない果物はもちろん、果実の種子からとれる油脂分を利用した香油、石鹸のような品々も人気である。


「私たちにとっては日常でも、ここでは装飾品や棗は……キワモノですな」

「キワモノ」(って何だろう)

「アルメキアではもうすぐ収穫祭ですな?」

「そうですね」(あんまり興味ないけど)

「見たことありませんか?棗売りや石鹸の特売」

「あ!お祭りの屋台?」


 そうです、祭りのような決まった時期に売り込む商品をキワモノと言います、とハキムは教える。

 棗や石鹸については理解できたが、どうして装飾品がキワモノになるのかがラウルにはわからない。結婚記念日とか誕生日とか、どうかすると一年中でも需要がありそうな商品だからである。


「お祭りともなれば殿方の財布の紐も多少はゆるくなりますわな?奥方や恋人の皆様方もここぞとばかりに、アレがキレイ、コレがほしい、とおねだりするわけです」

「そ、そうなんですか!?」

「おや、ラウルさんは独り身で?サーラーンの御大尽は大変ですぞ。第三夫人まで平等に愛さねばなりませんからな。こういう時の費用も三倍という訳でして」

「第三……夫人……?」


 ラウルにとって今日一番の衝撃はこれだった。

 甲斐性次第で何人も恋人をこさえるのとはわけが違う。公式な配偶者が三人まで認められている社会とは、第一、第二、第三夫人を等しく愛していると言って信じてもらえる関係とは、と考えるだけで彼のスケベ精神は飽和状態である。

 同時に第一すらままならない自分を不甲斐なく思い、さらにまだ見ぬ御大尽とやらに嫉妬の炎を燃やした。


「サーラーンだと東方諸島の絹織物で仕立てた衣服やアルメキア風の工芸品を贈ることで旦那様の株がぐんとあがるわけです」

「……」(これが格差社会ッ!)

「ラウルさん?」

「はっ!いや、つまり、この荷物は……」

「キワモノを売ったお金で異国の品々を仕入れて持ち帰ればこれまた飛ぶように売れる。隊商の往復ビンタが完成です」


 ハキムはラウルに商売のタネを明かし、他にも王都ではクラーフ商会本店で魔法素材を仕入れた、と明かす。よくよく聞けばエルザとラウルが持ち込んだ巨大蜘蛛由来の素材なのだが、サーラーンに持ち帰ればさらに値段を上乗せできるとのことだ。


「サソリや毒蛇の魔獣ならいますがね、なぜか蜘蛛はあまり見かけないのです」


 ハキムがサーラーンの迷宮事情について語りかけた時、ようやく騎士団駐屯地のある集落に到着した。

 それぞれが足を延ばし、昼食の準備にとりかかる。食堂は利用せずに自分たちが用意した食材を使って、水場と空き地だけを借用して煮炊きするようだ。

 なんとラウルも相伴にあずかるよう隊商長から招待をうける。ラウルは初めての南国料理に興奮しながら待っていたが、食事前に隊商員たちが祈りをささげる時間となった。


いつもご愛読ありがとうございます。

期せずしてラウルは異国の文化に触れることになりましたが、珍しいことや羨ましい話ばかりってわけにもいかないわけで、やっぱり胸糞悪かったりドン引きすることもあるわけです。

一夫多妻社会にしたってよほどの金持ちでマメな男じゃないと上手くいかないと思うのですが、ラウルは目先のスケベにしか思いが至らぬご様子。

がんばれラウル!とりあえずもっと稼ごう!

徃馬翻次郎でした。

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