表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/423

第5話 エスト村の鍛冶屋 ③

 

 クルトが客だと言ってよこしたのは、クラーフ商会エスト村支店の店員で、リン=クラーフという亜人の娘だった。

 学校でラウルを差別しなかった“例外”は、大きくなった今でも付き合いをやめることなく、顔を出してはどうでもいい話をしていく仲だ。


 クラーフ商会は、雑貨・食品の輸出入と販売を主な業務としている。大陸中に支店があり、鷲が麦の穂を爪で掴んでいる意匠のクラーフ家紋や焼き印はいたるところで目にする。

 また、何人もの薬師や工芸師をかかえて安定した商品供給を続けており、アルメキア王都に本店を構えている大商社である。


 “クラーフ”の姓が示す通り、リンの父グスマンはクラーフ一族の末席に名を連ねており、エスト村支店長を任されている。リンの両親は長いこと子宝に恵まれず、それだけにリンの命が母親のローザに宿った時、その喜びようは大変なものであった。ところが、お産が思いのほか重く、聖タイモール教会はわざわざ王都の大聖堂から回復術に秀でた治癒師を派遣、出産の介助にあたらせた。

 グスマンは感謝感激、リンの誕生を神に感謝する一方で、教会に相当な額の喜捨をすすんで行った。さらに後日、精霊契約の儀式においてリンの魔力量がかなりのものであるということが判明して以降、両親の教会への傾倒は益々顕著なものとなった。今では朝夕の祈りを欠かさない熱心な信者である。


 だからこそ、“不能”と親しく付き合うとリンの両親がいい顔をしないのではないかとラウルは気を遣うのだが、リンはそんな配慮など不要だとばかりにジーゲル家を訪問する。

狭き門を突破して進学した王都の高等魔法学院も、宮廷魔術師や聖職者になるわけでもなし、と嘆く両親や才能を惜しむ学校関係者が止めるのも聞かず、あっさり中退してクラーフ商会に就職してしまった。

 既存の価値観に縛られないと言えば格好が良いが、ことあるごとに両親を困惑させたり驚かせたりする、良くも悪くもリンは型破りな娘なのだ。

 家紋が示す通りクラーフ一族には鳥系亜人が多い。クラーフ創始者の会長が変化した時の大きさと風格は、その財力と魔力に比例して大層立派なものだったという。そのような大鷲変化は見かけることが無くなって久しい。

 リンもクラーフ一族の多分に漏れず鳥系亜人である。変化して飛んでくればエスト村からジーゲルの店までは一息の距離だ。上空を飛んでいた様子はないから、手前で降りたか歩いてきたかだろう。


 きちんとクルトにあいさつして案内を請うて来た点に、リンの育ちの良さをラウルは感じた。同時に、感じの良いワンピースの裾から見え隠れする太ももには若々しく健康的なスケベを感じる。

 もしリンの許可さえあればラウルは一日中でもじっと見ていられる。リンに限らず視界に女性が飛び込むと遠慮なくねぶるような視線をめぐらしてしまうラウルを、変態とか気持ち悪いと断じてしまうのは簡単だろう。

 しかし、それには原因がある。

 過去の不能呼ばわりの反動で、一般的とは言い難いスケベ根性が異常に発達してしまったのだ。いたずらやおさわり等直接行動に出ることはほとんどないとはいえ、常に機会をうかがう狩人の目だ。


「ラウル!」

「いらっしゃい、リン」(いつもかわいいな)


 リンは最近なにやら忙しいらしく、以前ほど頻繁に姿を見せなくなった。その間の積る話があるのかも知れないが、こっちは話す間を惜しんで発育ぶりを観察する必要がある、とラウルは断じた。白くて華奢な腕に布をかけた籠を下げてるが、いや、この際どうでもいい。久方ぶりの貴重なお姿とあっては集中する優先順位を脳内で議論するまでもない。

 神速の判断を下した彼は自然かつ大胆に彼女の身体に視線を這わせる。


「なにかな?」

「いつまでもそんなに裾の短い服だと……」

「気になる?」

「風邪ひくぞ」


 一瞬で粘っこい視線を察知されたラウルはさりげなく心配する体を装って隠蔽したつもりだったのだが、なぜかリンはがっかりしてしまった。ひょっとしておしゃれのつもりだったのかと気付いたがもう遅い。


(しまった、ほめておけばよかった)


 そのリンもそろそろお年頃、縁談のひとつでも舞い込んだら、落ち着いた格好をするようになるだろう。そうなると年中ズボンや長衣といった露出を抑えた服装になることも予想され、夏季の薄着はもちろん、いろいろなものが見納めになるだろう。

 いつまで元気な妹分みたいな感じで相手をしてくれるかな、と考えるとラウルはふと寂しくなってしまった。もういっそのこと空腹か腹痛を偽装してしゃがみこみ、良好な視野確保を試みてはどうだろうかと思案を重ねる。


「ラウル?」

「いや、あー、お腹すいたなあと」

「ハムを挟んだパンを買って来ました」

「ごちそうだな」

「ラウルの分もあるよ」

「本当か!」


 わざわざ昼休みを潰して昼食の差し入れに来てくれた天使を、それこそ舐めるように全身検査をした挙句、怪しからん変態行為を計画していたことに些少の罪悪感を感じながら、まずは食欲を満たすことにするラウルだった。

 リンを試射場の丸太椅子に座らせておいて、母屋の裏口から台所に入る。ハンナから陶製のカップを受け取り、ポットから湯気をたてて匂いのいいお茶を注ぐ。


「お茶もリンさんからのいただきものよ、よくお礼を言ってね」


 リンは万事行き届いたことで、しばしば同じ歳の彼女に自分以上の落ち着きを感じてしまう。すぐ横でハンナが二人分の食卓を整え終わっていたということは、リンは裏手に回って来るまでにハンナにも挨拶して、ラウルを昼食に誘う了承を得ていたのだ。


「リンと外で食べるよ」

「そう、お天気もいいしね」

「行儀よくしろ」


 母からは木の盆を、父からは命令を受け取り、裏口から出る。ラウルとリンはいつも悪いな、いいよそんなのというやり取りをした後、秋の柔らかな日差しの下で昼食をとる。


「マ、マヨネーズ!」

「ちょっと奮発した」

「うまい」

「ウフフ」


 やたら美味しく感じるのは高級調味料のせいだけではあるまい。おそらくリンの太もものおかげだ。パン籠の掛け布を上にのせてしまっていたので隠れる部分が増えてしまったが、さりとて美しさが損なわれるものではない。これはこれで、違う種類のスケベ心を充足させてくれる。食欲もスケベ心も同時に満たすという、高等魔法にも匹敵する秘術を披露してくれたリンを労うべく、ラウルは尋ねる。


「最近はどうだった」

「最悪」


 まだ日は高いのに、リンの精神はけっこうな勢いで消耗したらしい。今朝、クラーフ商会での勤務中にも関わらず、以前から懸想していた奴が恋文を持参してひと悶着あったらしい。リンは目鼻立ちも整っているし魔力も高い。おまけに実家が金持ちとあっては超優良物件だ。懸想する男の気持ちもよくわかる。

 しかし、店に押し掛けるのはラウルにもわかるような程度の低い悪手だ。せめて出待ちでもすれば話だけでも聞いてもらえたかもしれないのに残念なことだと同情はするが、その調子では永遠に高貴なる太ももにたどりつけまい。


「直接好意を伝えてはいかんのか」

「そんなことない。でも仕事中はちょっと……困る」

「なるほどな」(そら見たことか)

「今相手が何をしているのか分からない人と付き合っても絶対うまくいかないよ」

「そ、そうか」(な、長い)

「うん」

「参考にするよ」(リンは仕事の手を止められると怒る。覚えておこう)

「ぜ、ぜひ参考にしてよね!」


 悲しいことにリンが参考にしてほしい点と、ラウルが参考にした点は、かなりずれてしまっていた。お互い憎からず思っているはずなにに、ラウルは自分の現状に引け目を感じており、深入りするとお互いのためにならないと思い込んでいる。リンはラウルの気持ちを察してか、あと一歩の踏み込みが足りない。

 このもどかしい両者の関係は、このあとも随分長くつづくのだが、本人たちは、なんとなく甘い気持ちになるこの空気が嫌いではなかった。目下の不満は、この空気もそういつまでも続かないだろうという点だけである。


 ちなみに、ラウルが時々見せる怪しからん妄想をしてそうな気味の悪い顔や、美人を見かける度に粘着質な視線を送ったり、熱心に姿勢を工夫してのぞきを企てたりすることに、リンはとっくに気付いていた。

 ところが、変態がかったむっつりスケベになってしまった原因を知っている身としては、面と向かって非難するのも申し訳ないような気がして、公衆の面前や、あまりにも露骨な場合のみたしなめるようにしている。

 はたして私に止める資格があるのかとリンは自問自答するのだが、度が過ぎて通報され牢屋に入れられでもしたら一大事だと、口やかましく思われない程度を心がけてラウルを修正することにしていた。


 ともあれ、見た目だけは学生同士の清い交際のような昼食は終わり、ラウルはパンくずを払い落として食器を片した。リンはラウルの両親に声をかけ暇乞いをしている。パン籠の柄を腕にかけ、またお邪魔しますね、と別れを告げたその時だった。


 いつもご愛読ありがとうございます。

 リンとラウルが仲良くなるのは物語中盤までお待ちください。

 鈍感ラウルに怒るなリン!がんばれラウル!

 往馬翻次郎でした。


※なぜリンが最初からラウルを好きなのかは後日書く予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ