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第81話 日雇いの戦士たち ③


  受付での記帳から数分後、エルザとラウルは旅団長執務室の客となっていた。

 部屋と傭兵旅団の主と思しき人間族の女性は椅子を蹴飛ばすように立ち上がってエルザに声をかける。


「エルザ、すごい客を連れてきたね!」

「ええ、成り行きで。ほら、ラウル君」


 自己紹介を促されているのだ、と気付いたラウルはクラーフ商会本店での口上のように丁寧にあいさつし、頭を下げる。


「これはご丁寧に。私はアレクシア・フライホルツ。ようこそ傭兵旅団へ」


 目下の者にも丁寧に接する彼女は歓迎の意を示してラウルと握手をした。その時彼は旅団長の顔を間近に見たのだが、彼女の疲労の濃さに気付いた。憔悴と言ってもいい。

 元気な態度と声音でも隠しきれていない。

 

「さ、掛けてちょうだい。戦士兄弟もここへ来るように言ってある」

「ありがとうございます。フライホルツさん」

「もう旅団長とは呼んでくれないの?」

「じゃあ、今だけ、アレク旅団長とお呼びします」


 そこへ重量感あふれる足音が聞こえてくる。


「エルザ姉さん!若ァ!」

「旅団長、入ります!」

「君たちは言う順番が逆じゃないかな」


 旅団長はお小言を言ったが怒ってはいない。戦士兄弟を招じ入れて、エルザ隊前衛の再会を見守る顔はにこやかそのものである。

 戦士兄弟はあいさつもそこそこに、エストで別れて早々の訪問を怪訝に思っていたようだが、エルザが追加報酬の話を切り出すと二者二様の反応を見せた。


「エルザ姉さん、ここまでしてもらうとさすがに悪いよ」

「気にしないで。それに、私一人の手柄じゃないしね?」


 兄者は固辞しようとするが、エルザは手をひらひら振って気遣いを謝絶した。これは幸せを独り占めすると罰が当たる、という彼女独特の倫理観による。加えて、探検家という危険を伴う職業がその考えを強固なものにしていた。

 一方、弟者は使い道を既に考えていたようである。


「これで農場の羊をもっと増やせる」

「おい!」


 とっさに兄者のたしなめが入ったが、エルザはそれを押しとどめて二人に声をかけた。


「そのかわり、何かあったらまた頼むよ」

「「御意」」

「まったく、どっちが旅団長かわからないわね」


 アレク旅団長は、やれやれ、といった感じだ。自然と話はエストの魔獣騒ぎ、第四番坑道の巨大蜘蛛、ジーゲル夫妻の武勇伝へと移る。


「噂以上ね」

「ええ、旅団長。クルトさんの剣技には思わず見とれました」

「ハンナさんも負けず劣らず、というやつで」


 どうやらアレク旅団長は両親と面識がないらしい、とラウルはあたりをつけた。


「お前たちは役に立ったんだろうね?」

「正直、小蜘蛛の群れと戦ったときは」

「見ている時間のほうが長かったです」


 戦士兄弟は嘘を吐くのが苦手なようだ、ともラウルは思う。それでは気の毒なので、彼は兄弟を褒める合いの手を入れた。


「巨大蜘蛛との戦いでは大活躍でしたよ。オレは見学でしたけど」

「若……」

「なんとも優しいお言葉」


 一応、アレク旅団長は戦士兄弟からの報告書を見てはいるはずだが、直接聞くのとでは臨場感が違う。話は大いに盛り上がったのだが、旅団長の仕事を邪魔しては悪いので、エルザとラウルは表敬訪問程度に切り上げて引き上げることにした。

 一方の旅団長は別れのあいさつを受けながらも、


「もう帰るの?てっきり入団の申し込みに来たのかと思ったけど?」


 と、冗談半分、もう半分は本気で有望な若手を勧誘にかかっている。


「今のところ鍛冶屋の見習い、探検家の従僕で手一杯なんです」

「ラ、ラウル君、ちょっと!」(やっぱり根に持ってるじゃない!)

「それ本気?もったいない!」(踊る巨人と銀狼の息子でしょ?)

「おまけに魔力もからっきしでご期待には沿えません」


 これはエルザ以外には初耳の情報だった。ラウルは自分の現状を簡単に説明し、魔法武器には魔力が乗らず、ロウソクのような『着火』程度が関の山、という悲しい魔力底辺、魔法不能を包み隠さず述べた。


「それは、まあ、あの、お気の毒と言うか……」

「まだまだお若いのです。あきらめてはなりませんぞ!」

「左様、何のきっかけで魔力が戻るか分からんものです」


 何やらスケベのほうの不能を慰められているように聞こえて、ますます悲しくなってしまうラウルだが、彼にはもうひとつだけ聞いてほしいことがあった。


「あとですね、両親が傭兵だったという事を聞いたのも今日のことなんです」


 これには旅団長と戦士兄弟も驚いた。ジーゲル夫妻がやり遂げた偉業を考えれば、ありえないことだ。胎教の時点から武勇伝を聞かせていても不思議はないのに、どうして今日まで秘密にしていたのか。


 しばしの沈黙をやぶって、旅団長が言葉を選びながら語りだした。


「傭兵の過去を隠す連中は居る。よくある話。珍しいことはないよ」

「そうなんですか?」

「犯罪や命令違反で追い出されたような奴らは特にね」

「犯罪……」


 ここで旅団長はいったん言葉を区切る。ラウルの反応を見ながら、ゆっくり説明しようとしていることはエルザにも戦士兄弟にも見て取れた。


「私は噂と書類でしか知らないけど、君のご両親は誓ってそんな人物じゃないよ」

「「「その通り」」」


 これにはエルザと兄弟三人が和した。ジーゲル夫妻は人助けの為に危険を顧みない人物であり、犯罪とは程遠い。命令違反は怪しいが。


「それじゃあ、いったい……」

「兄者と弟者をご覧よ」

「はぁ」(わかんねぇよ)

「言葉は悪いけど、出稼ぎの日雇いだよね?」


 しかし、戦士兄弟は怒る様子もない。 


「まぁ」

「否定はしません」

「だけど彼らの故郷では希望の星なんだよ。雪だけはたくさんある厳しい土地で、金貨のつまった袋をかついで帰ってくる日を心待ちにしている家族が大勢いる。その一人一人に働き口……でっかい農場だっけ?それを作るのが二人の夢なんだ。二人にはぜひとも成し遂げてほしいと私は祈っているよ」

「旅団長……」

「なんという有難いお言葉……」


 涙目になりながら旅団長に礼を述べる二人だが、次の瞬間彼女の言葉に凍り付いた。それは戦士兄弟が十分に理解したうえで、あえて無視している問題だったのだ。


「でもね、出稼ぎから帰ってくるのを待つ家族は辛いよね?希望の星が怪我したら?死んだらどんなに素晴らしい計画でもお終いだよね?そりゃ遺族の方から旅団に問い合わせがあったらお悔やみのひとつは言うし、見舞金も出すよ。でも、そんなので残された家族の心に開いた穴がふさがるわけないじゃない。私だって手紙を書くのはつらいんだよ。貴女の御主人はどこそこ方面で任務遂行中に消息を絶ちました、だれそれ君の御父上は最後の瞬間まで勇敢でした、衷心からお悔やみをなんてもう嫌!書きたくないの!」


 一気にまくしたてた旅団長はここで息があがった。最後のほうに自分の感情が混ざってしまったのに気付き、失礼、と詫びてから優しくラウルに語りかけた。


「ご両親は、君にそういう思いをさせたくなかったんだ、と私は思うよ。もし君が傭兵になったら今度はご両親が同じ思いをする……なんだか勧誘しにくくなったな」


 これはジーゲル夫妻の退団の理由、そして息子が傭兵に興味を持たないように隠していた理由を彼女は推測してみせたのだ。


 そして、旅団長は戦士兄弟にも行き届いた気配りを見せる。お前達の働きぶりには感謝しているが、早いところ稼ぐだけ稼いで五体満足なうちに旅団を抜けろ、とまで言った。

 そこまで言われるとラウルは聞かずに居れなかった。


「アレク旅団長はどうなんです?」

「私か……前旅団長が亡くなる前に後図こうとを託された。遺言なんだ」 


 旅団長は四年前に前旅団長が病死した際に副長から繰り上げ昇進した、と団員のほとんどに思われているが、その実は歴とした申し送りがあったのだ。

 しかし、彼女は断ることもできたはずだ。ラウルはその点を問うた。


「慣れた生き方を急に変えるのは難しいの」


 君のご両親じゃないけど、お相手を見つけてさっさと寿ことぶき退団でもすれば良かったのかもね、と彼女は寂しく笑う。


(寿?結婚と同時に傭兵を辞めていたってこと?)


 旅団長の話を聞きながらラウルはこれまでのことを思い出している。


 過去に母親に父親とのなれそめを聞こうとしたときは光る目でにらまれた挙句、本当に聞きたいの、とすごまれた記憶が彼にはある。

 するとあれは照れ隠しでも何でもなく、取り繕うための嘘をこねくり回すのが嫌だったのだ、と今になって気付いた。


 しかし、息子用に嘘歴史をこしらえた目的は危険に遭う可能性が高い職業から目をそらさせることだけだったのか、という疑問は残る。

 仮にどれだけ巧妙に傭兵の存在を隠し通せたとしても、社会と関わって生きていく以上、いずれかの時点でラウルは知ることになるではないか。


 要するに、いったい両親は何からオレを守っているのだ、というところがラウルにはまったくわからない。この違和感のようなものはなんであろうか、とまで思う。


 どこがおかしい、と聞かれれば、これには彼も困ってしまう。それに、違和感の正体を突き止めるまで考える根気もなくなっていた。

 その原因は主として空腹である。


(帰ってから聞くしかないな)


 ラウルは観念して思考を閉じた。



 そして、今度こそ別れを告げたエルザとラウルは戦士兄弟を伴って傭兵旅団本部を後にする。兄弟は出発前の一杯を臥竜亭でやってから下町のねぐらへ戻るらしい。

 連れ合って歩きながら、ラウルが鍛冶業のかたわら体術と剣術のけいこを始めたことを戦士兄弟に話すと、二人は親身になって聞き、いくつか基本的な訓練指針を提案した。


「若、剣でも斧でも真っすぐ振る練習、というのは大事ですぞ」


 弟者の言ったことは事実である。

 乱暴で粗雑な攻撃は簡単に弾かれるだけでなく、武器をいためてしまう原因になる。


「向こう槌の経験がある若ならお分かりいただけますな?」


 兄者が説いた例えはラウルの腑に落ちた。

 クルトが金床上で指し示す場所に過たず大槌を振り下ろすことができなければ危なくてしようがない。


(狙ったところに真っすぐ振り下ろす練習か)


「これにエルザ姉さんが仕込む体術があわされば」

「少なくとも野盗なんぞに後れをとりませんぞ!」


 心強いお墨付きである。到達こそまだまだ先の話だが、一応の目途はついたわけだ。

問題があるとすれば、試す機会がそうそうないことだけである。

 この時のラウルはそう思っていた。



 兄弟戦士に励まされながら、彼は夕方前から開始された王都巡りを思い出している。


 クラーフ商会のやりて従業員は冷たい拝金主義者、魔法学院は想像していたものとは違う息の詰まるような世界だった。最後に出会った傭兵旅団長はその責任感から我が身を焦がしている。

 あまり見ていて気分のいいものでなかったことは確かだ。


 しかし、その一方でダブスのような名物店員と巡り合い、値段以上の買い物ができた。クラウス学園長からはロッテの事情を聞いて、今は彼女のやらかした行いを許す気にすらなっている。旅団長の言葉も忘れてはいけない。

 エストで過ごした日々と比べれば、なんとまあ密度の濃い一日であることか、彼は思う。 午前中の暴走馬車も加えれば既にちょっとした冒険だ。


 その急に動き出した感のある運命の流れのなかで、ラウルは王都の夜を初体験しようとしている。

 

 日が落ちると一部を除いて真っ暗になるエスト村と違って、日没後の王都はまたちがった顔を見せる。

 繁華街の灯りはいっそう輝きを増し、嬌声きょうせいはやかましいほどの賑わいである。

 そこへ仕事帰りに一杯やる人や家路を急ぐ人でごった返すのだから、エスト村民的感覚では、いったいこの人たちはいつ寝るのだろうか、といった感じだ。

 

 もし彼が周辺をよく観察すれば、桃色や紫色の照明が目立つ一角やなまめかしい姿勢の女体を影絵にした意匠の看板に気付いたはずなのだが、あろうことか彼の頭からはスケベがほとんど抜け落ちていた。


 初めての王都は彼にとってそれほどまぶしく、色鮮やかなものだったのだ。

 

いつもご愛読ありがとうございます。

旅団長の長台詞を書いている途中で映画『メンフィス・ベル』の司令官を思い出しました。戦意を高揚させたい広報官と喧嘩になるんでしたっけ。古い映画ですけど戦争物が苦にならない方はぜひ。

さて、旅団長の推測ではあるものの、両親の想いや生き方を変えるのは難しい、というお話を聞いて、ラウル君は何か得るものがあったでしょうか。無かったら困ります。

次回は宿屋のお話です。業界の挑戦者が考え出した秘策とは?お楽しみに!

徃馬翻次郎でした。

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