表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/423

第80話 日雇いの戦士たち ②


傭兵旅団本部は王都中層やや下町よりに位置する重厚な造りの建物である。

もともとは王族が所有していた大豪邸だったのだが、アルメキア王国との契約時に下賜されたものだ。それは凝った造りの豪壮な屋敷だったらしいのだが、傭兵たちは屋敷の装飾をはぎとって売り払い、中庭の見事な庭園を無骨な訓練場に作り変えた。

 当時の王はさぞ面食らったであろう。旅団長のご機嫌取りに邸宅を与えたら瞬時に模様替えをすませて、城内に砦をこしらえたのだから、喉元に白刃を突きつけられた思いだったに違いない。

 

 以来、傭兵旅団は本部と言えども仮の住処、という立場を堅持している。拝領屋敷を手荒く作り変えたのも、決して飼いならされはせぬぞ、という決意の表明であったのだ。

 

 傭兵旅団の基本的任務とはアルメキア王国内における迷宮の討伐及びそれに付随する魔獣の討伐、浄化である。任務の内容が多岐にわたるのは、手空きの時間で小遣い稼ぎをするのは勝手、という契約になっているからこそである。

 個人や隊商の護衛、訓練教官、探検家が迷宮探索に出かける場合には主客転倒して助っ人になる場合もあり、まことに多種多彩と言う他何のだが、ひとつだけ例外がある。

 それは、たとえ雇い主の要請があったとしても国家間紛争には関与しない、ということである

 

 あくまでも騎士団の代わりに迷宮探索を引き受けることが仕事であって、人殺しは野盗に襲い掛かられでもしない限り御免こうむる、という歴史と名誉ある約定を守り抜いてきた傭兵旅団にも変化の時が訪れていた。


 その変化の兆しは徐々に大きくなり、旅団全体を飲み込もうとしている。


 もっとも、今旅団本部正面入り口に到達したエルザとラウルの行商人主従には、そのようなことはほとんど関係がない。


 ほとんど、の意味を説明するにはエルザの退団についても触れなければならない。


 今からさかのぼること六年、彼女が城塞都市支部所属の傭兵だった頃の話だ。地方領主から衛兵隊の訓練依頼が舞い込み、数名の傭兵を教官として派遣した時のことである。

 実はその領主は土地の帰属をめぐって隣接する領主ともめにもめており、出るところに出れば勝ち目が薄いので力づくで紛争地をかすめ取ろうとしていた。

 なんと件の領主は紛争地のど真ん中で野営と訓練を行い、隣地の領主を挑発したのだ。文句を言ってこなければ居座って境界の目印まで打ち込むつもりだったのである。

 隣地の領主は冷静に使者を送って、アイアン・ブリッジ伯から沙汰あるまで紛争地への侵入を控えるように、というもっともな抗議を礼儀正しく行ったのだが、件の領主は聞き入れなかった。

 両者の衛兵隊はにらみ合い、とうとう小競り合いを起こしてしまう。教官の傭兵たちは制止しようとしたが失敗し、やむなく暴力で鎮圧することになった。実力差が圧倒的だったので死者こそ出なかったが、後味の悪いことこのうえない。

 現場責任者だったエルザは報告書だけでなく調査要求も同時に提出した。二十年前にジーゲル夫妻が種をまいてアウラーが育てた調査部は見事に仕事をこなし、この地方領主に旧恩がある旅団幹部の名前が浮上する。

 ただし、露骨な贈収賄というわけではなく、どうすれば調査部の審査に引っかからずに契約を締結できるか、なし崩しに傭兵旅団を巻き込むにはどうすれば良いか、等々を酒の席でいくつか指南しただけだ、と取り調べを受けた幹部は自供し、旅団から追い出された。


 エルザは安堵するとともに旅団に自浄作用があることがわかって満足したものだが、まだ未熟だった彼女は、居場所を失って自暴自棄になった人間が取るであろう行動のことまでは思いが及んでいなかった。


 数日後、彼女は元幹部と雇われの破落戸ごろつきたちに闇討ちを受ける。それも灰色熊でたらふく飲んだ帰りだった。

 闇討ちの初撃はなんとしびれ薬を塗った吹き矢、それも脇道の暗闇から放たれた回避不可能な一撃である。

 風切り音を彼女が察知した時には吹き矢が太ももに突き立っており、次の一歩を踏み出す前に足がもつれて転倒してしまい、受け身をとれず顔をしたたかに打った。

 それほど効き目が早い毒を用意できたのにもかかわらず、すぐに殺さなかった理由はすぐに明らかになる。

 首になった幹部は彼女を殺すなり売るなりする前に、女性の部分を思う存分蹂躙じゅうりんする計画を復讐に加えたのだ。


 彼女はとっさのことで声も上げることができず、人気のない真っ暗な路地へ引きずられていく。彼女は力の限り抵抗しようとしたが、地面に這いつくばらされたところを思い切り蹴られて前歯と犬歯を一本ずつ折る重傷を負った。

 顔は止せ、という元幹部の声を彼女は今でも覚えている。どうやらアルメキア国外へ売り飛ばすつもりだった為の制止とは思うが、どうやって自分を屈服させて奴隷の身に甘んじさせるつもりだったのかと思うと、今でも身震いがする。


 犯される直前、彼女は激痛で半覚醒したおかげで若干身体の自由を取り戻していた。最後の力を振り絞って黒ヒョウ変化に成功、ありったけの魔力を思い切り乗せて吠えると、 ズボンを下ろして準備にかかっていた元幹部は無様にもあおむけざまに転倒して彼女は難を逃れる。

 順番待ちの破落戸たちまで腰を抜かして尻もちをつかせるというエルザ渾身の咆哮、大逆転であったが、何事かと飛び出してきた近所の人や駆けつけた衛兵にかろうじて事情を説明すると安堵のあまり気絶してしまう。


 一報は旅団支部にももたらされ、彼女は療養所に収容されて治療を受けることができた。

 回復した彼女は元幹部が一般市民として処罰されるのを待つまでもなく退団、前歯二本を手にして放浪の旅に出る。

 そして紆余曲折を経て探検家となった。


 早い話が、エルザは仲間の安全を簡単に無視できてしまうような人物と一緒に仕事をするのが嫌になったのである。同じ空気を吸うのも願い下げだった。

 何も彼女を襲撃した元幹部一人を指しているのではない。そのような人間は数を徐々に増やしつつあり、旅団支部を緩やかに蝕んでいたのだ。


 話が長くなってしまったが、前述の“ほとんど”とは、かつてのエルザが嫌になった状況と似てなくはない、という意味においてであり、現在の旅団では任務達成の為なら手段を問わない、富をもたらしてなんぼの精神を持っているような連中が勢いを増し、その影響は幹部にまで及んでいるのだ。


 彼女が現状を目にすれば、退団した時と何も変わっていないどころか酷くなっている、と感じるであろうが、これもまた時代の変遷と言えよう。

 アルメキアから全ての迷宮が駆逐された暁には、傭兵旅団はさらに大きな変化を強いられることになるからだ。

 民間で言えば業務内容の変更、旅団的に言えば創立精神を捨て去るか堅持するかの瀬戸際と言えた。


 ちなみに、エルザの歯並びは現在非常に整ったものであり、差し歯でも総入れ歯でもないわけだが、その治療のくだりについては後日に取っておきたい。


 さて、エルザとラウルに話を戻したい。


 二人は直ちに中に入れてもらえたわけではなく、穂先のない槍のような棒を持った門衛に足止めされている。

 門衛二人とエルザは明らかに顔見知りだったのだが、入都の審査とは大違い、魔法学院ほどではないがしっかりとした警備体制が敷かれているのがラウルにもわかった。

 エルザが名乗り、用件を伝える。


「探検家のエルザ。フレッチャー兄弟を訪問。予約なし」


 用件を承った犬系亜人の門衛の片方が建物内へと入っていき、残ったほうがエルザに語りかける。


「すまんな。協力してくれて助かる。規則ってやつは厳しくなる一方で……」

「いいよ。それだけ世の中込み入ってきてるんだ。仕方ない」


(今日同じ目に遭うのは二度目だぞ)


 魔法学院とは別の組織なのだから偶然という事もできるが、ラウルはある種の予感を禁じえない。おそらくだが、この厳しい警備の先には聞くのも疲れるもめごとが待っているのだ。盗まれる物も流出する技術もない傭兵旅団の場合は、外部からの接触を警戒していると思っていいだろう。

 別にラウルを歓迎していないわけではないのだが、これなら宿に残っていたほうがよかったのかもしれないと後悔し始めた時、門衛が戻ってきて告げた。


「戦士兄弟は訓練中だ。もうすぐ終わる。中で待っててくれ」

「わかった。邪魔するよ」

「手間取らせて悪かったな。そっちの兄ちゃんは?」

「従僕のラウルです」

「そうかい。受付で記帳してくれよ」


 もうすっかりラウルは偽装身分が気に入っていた。不思議なことに下僕、召使、従者と称する限り、主人が審査や検問に通れば、その従僕を誰もまともに調べようとしないのだ。

 彼は取るに足らない小物感を演じているわけでもないのに、自称従僕がこうもあっさり受け入れられる点をどう評価していいのか悩むところではあったが、詮索や取り調べが短時間で終了する点だけは有難い。

 誰であれ後ろめたいことがなくとも面倒事は少ないほうが良いに決まっている。


 ただ、その有難みも受付で姓名を記帳する時点までしか続かなかった。


「エルザさんと従僕のジーゲルさんね、えーと、おかけになって……ジーゲル?」


 受付嬢にしては鍛えられた体つきをしている女性は首をかしげていたが、それも束の間、少々お待ちを、と言い残して飛ぶように奥へ消えて行く。


(見学では済まなくなったらしい)


 外の世界、とりわけ傭兵業界で名乗るということはこういうことなのだ、とラウルは悟った。その意味では事前にエルザから話を聞いていて良かった、とも思う。

 ここでは歓迎されることが予想されるが、相手によっては真逆の反応を示すかも知れないからだ。両親が人の恨みを買うような人物ではないと信じているが、逆恨みがないとは言い切れない。

 彼はほんの少し用心深くなった。身元を明かす際の用心である。


いつもご愛読ありがとうございます。

我が国における偽装身分で有名なのは民間消防隊の用心棒シンノスケさんと越後の御隠居ミツエモンさんでしょうか。ラウル君は正直に名乗ってしまったので偽装が台無しです。彼が用心深くなることを祈りましょう。両親以上に有名になる日が来ないとも限らないのですから。悪名かもしれませんが。

徃馬翻次郎でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ