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第76話 要塞か牢獄か ①


 ジーゲル夫妻の心配をよそに、書類上主従の関係になっているエルザとラウルは順調に王都訪問の日程をこなしつつある。

 そもそもラウルは所用をあらかた済ませており、王都見物がてらエルザの用事に付き合っているに過ぎない。

 一方のエルザは律義にも巨大蜘蛛退治の追加報酬を分配するべく、魔法学院と傭兵旅団本部を訪ねようとしている。


 今、そろそろ夕日が沈みかけている王都の上層やや下寄りの美しい石畳を急いでいる行商人の姉弟がエルザとラウルである。

 急いでいる理由は魔法学院の正門が空いている時間に敷地に入りたいからだ。魔法学院は夜間窓口を設けてはいるが、よほどの緊急事態でもない限り出入りを制限するきまりになっていた。


 やがて見えてきた魔法学院はラウルが見上げるような石壁に囲まれた三階建てレンガ造りの建物であった。正門を入ったところに守衛と学校職員が小さな小屋で待機しており、それとは別に王都の衛兵の姿も見える。


(お城かな?)


 王城の警備はこことは比較にならない厳しさだが、ラウルがそう思うのも無理はない。エスト学校の感覚で言えば先生以外に警備や管理をする人間が後者の外で見張っていること自体に異様な印象を受ける。


(泥棒対策なんだろうか)


 これは厳重な警備だけでなく、やたらと背の高い石壁を設置していることに対するラウルの感想である。塀や壁はその中にある何かを守るための物、という先入観がこの感想を生んだわけだが、その先入観が訂正されるまで時間はかからなかった。


 正門を通過するにはまたもやエルザの顔が物を言った。出入り業者と従僕は小屋の前で記帳と簡単な荷物検査をすませ、鑑札に似た許可証を渡される。


「はい、エルザさんと……ジーゲルさん、お待たせしました」

「ありがと。さあ、行くよラウル君」

「はい」(入都審査より厳しい)


 ラウルは例のヘーガー製回復鞭を見とがめられなかったので安堵していた。魔法学院だから魔法道具が珍しくなかったのかも知れないが、初めて訪問した場所で変態として記録されることは避けたかった。

 

「えーと、ジーゲルさん?」


 瞬間、ラウルは凍り付いた。やはりだめだったのか。守衛の目はごまかせない。こうなったら、確かに変態道具にしか見えないでしょうが、これはこれで民草の助けになっているのですと説明するしかない、と観念した。


「こちら初めてですよね。お帰りになる際にも荷物検査がありますので、どうかご協力を」

「わかりました」(やれやれ)


 さらなる安堵のあまりラウルは脱力しそうになったが、同時にこの警備体制の厳しさはどこから来るものなのか不安になってきた。

 要するに、出入り両方を監視されているのはどういうことなのか、ということである。


「ラウル君、院長室は三階、行くよ」


 あれこれ考えるより校長先生に聞いた方が早いな、と判断したラウルは警備に関する思考を打ち切った。それに、三階まで階段を使用するとなれば、エルザに後続することで思う存分素晴らしい景色を堪能できるはずだ。

 思わぬスケベ機会を得た彼ははほどよく興奮して彼女の後を追った。学校感覚でいうところの下校時間なのに門から一人の学生も出ていかないことに、ラウルは気付かなかった。むろん、油断してスケベに気を取られ過ぎていたのだ。

 

 そこまでスケベに集中していたにもかかわらず、今回もラウルのよこしまな作戦は高速終了した。階段の形式がいわゆる“折り階段”の連続で、真後ろに占位できる時間が非常に少ないのだ。

 彼が角を曲がった時にはエルザは既に次の角にさしかかっており、間を詰める間もなく三階に到達してしまった。敗因はエスト第四番坑道のように長い登り直線がなかったせいだ、と彼は分析している。


 さて、院長室の入口上部の灯りが緑色に光っている。つまり、魔法学院長クラウス=ホイベルガーは在室もしくは執務中ということだ。

 エルザがノックすると果して校長先生の声が入室を許可した。


「校長先生、エルザです」

「開いとるよ」


 最後に会ってからそれほど日が経ってないのに懐かしい声だ、ラウルは感じる。


「入りまーす」

「失礼します」


 そう言えば、校長先生はロッテの秘密について教えてくれるとも言っていた気がするが、彼女も元気だろうか、精神操作はもうこりごりだが、美少女には間違いないのだからなるべく平常時にお会いしたいものだ。できれば酒抜きで、と思いながら扉をくぐるラウルはエスト学校の教室二個分はある院長室の広さに驚く。


 広いとは言っても見渡す限りの壁に本棚と薬品棚が据えられており、いくつかある机の上は書類と実験器具が所狭しと積まれている。

 簡易寝床と執務机、それに応接椅子とテーブル周辺だけは物が少ない。これは学院長が死守している整理整頓における最終防衛線、ということらしい。


「どこでも好きなところにかけたまえ。冷たい茶があるぞい」

「いただきます、校長先生」

「ありがとうございます」


 どうやら学院長手ずからの給仕らしく、研究の手を止めさせてしまうのは申し訳ない気がしたが、クラーフ本店からの道を急いで来た二人にとって、冷たい飲み物は有難かった。

 礼を言いながら椅子に腰かけようとしたラウルは思わず動きが止まる。

 入口からは背もたれしか見えなかったソファーに横になっている人がいたのだ。

 毛布を掛けられて眠っている少女はロッテだった。


 冷えた冷茶とグラスの支度をしている学院長は振り返りもせずにラウルに話しかける。


「今眠ったところなんじゃ。起こさないでやってくれると有難い」


 仮眠にしても学院長室で寝る学生とは不思議な絵面である。

 彼女がここで寝ている理由をラウルは聞こうとしたのだが、学院長は応接テーブルに盆を置いて冷茶の入った水差しを持ち、順を追って説明するぞい、と講義を開始した。グラスを三つ並べて彼も相伴にあずかるようだ。

 ひそひそ話ほどではないがラウルは声を落とすことにした。寝るには早い時間だが、疲れ切ってしまうような異変が彼女に生じたことは明らかである。


 その前に、と学院長は水差しから冷茶をグラスに注ぎ始めた。まず一杯飲んで落ち着け、というのはわかる話なので、二人は学院長のもてなしをいただくことにした。


 異様な光景が展開されたのは次の瞬間である。けっこうな勢いで注がれた冷茶はあっという間にグラスを一杯に満たし、ラウルが制止する前に盆の上にあふれ出したではないか。

 ところが、これは学院長の手元が狂ったわけでも震えたわけでもなかったのだ。


「これがロッテじゃ」


 まだラウルはよくわかっていないが、エルザは頷いている。次に、校長はなみなみと冷茶の入ったグラスを持つと喉を鳴らして飲み干し、ほんの一口だけ残して盆に戻した。 


「これがラウル青年じゃな」


 これでラウルもようやく理解した。これは魔力量の例えなのだ。ロッテはあふれるほど魔力量が豊富で、ラウルはあきれるほどすっからかん、ということである。


 的確な例えには違いないが、改めて見せられると複雑な思いを隠せないラウルであり、学院長もすぐに彼の表情が曇ったのを見て取った。


「どうか気を悪くせんでくれよ」

「いえ、さんざん言われたことですから。目で見たのは初めてですけど」

「ラウル君……」


 校長は詫びながら、今度こそ三つのグラスへ均等に冷茶を注いだ。


「ロッテは眠りに落ちる前に、ラウル青年が訪ねてきたら何でも話すと言っておった」

「精神操作の件ですか?」

「それもある。蜜蜂亭での記憶はほとんどないらしいがの」


 その件はエルザもある程度把握している。元学院生のリンがフォークでラウルの太ももを刺すことによりロッテの精神操作をかろうじて破ったのだ。

 そのあたりも含めて学院長が事情を語ってくれるらしい。


「何でも……ですか」

「エルザは二度目になるが聞いてもらえるか?足りない部分は補足してほしい」

「わかりました、校長先生」


 では最初から、と学院長は再び講義へと戻った。


 ロッテ=コルネリウスはいわゆる名門貴族の子女、縁戚には王族につながる家系もあるとかで、アルメキア貴族の中では最上級じゃな。

 さらに、測定不能になるほどの超大魔力の持ち主であることが精霊契約の儀式で判明してからは、それはもう末は博士か宮廷魔術師かの大騒ぎでの、まだ幼いうちから婚約の申し込みが殺到したものじゃて。

 魔法学院生になってからは整った容姿も手伝ってもっと露骨になった。あまりにちやほやされ過ぎて、本人より親御さんのほうがおかしくなっておったな。つまり、娘を一番高く買ってくれるところへ売ろうとした、ということじゃ。

 その意味では私も含めて教授陣も同罪じゃな。少しどころか大分おかしくなっていたのは間違いない。あまりに何でもできるものじゃから何でもかんでも詰め込みおった。

 高等攻撃魔法、精神操作魔法、流星魔法……聞いたことがない?さもあろう。使える者などほとんどおらんからな。青年、流れ星を見たことは?ある?なら話は早い。あれのもう少し大きいものをな、こう、こっちに向かって……危ない?流れ星の大きさや数、それから落とす場所にもよるが、危ないというのは控えめにすぎる表現じゃな。

 えー、結局、名門同士で婚約が決まった。年齢も離れておらんし、お似合いじゃったよ。

 青年よ、どうして私をにらむのじゃ?

 まあいい、それで婚約したその日の晩に相手の若者が、婚約の為に一時帰宅しておったロッテに会おうとしてコルネリウス邸に忍び込んだ。いわゆる夜這いじゃな。それはええ。若さの発露じゃろ?辛抱たまらんかったんじゃろうて。結婚するまでいつ会えるかわからんしの。

 エルザよ、青年の貧乏ゆすりを押さえてくれんか。

 えーと、そう!若者が庭に回り込んでロッテの部屋の窓枠に手をかけた瞬間じゃ、目を覚ましたロッテがどういうわけか魔法を誤発動させてしもうた。火魔法?いや、土魔法じゃった。数本の大地槍アースグレイヴで婚約者の下半身を背後から壁に縫い留めてからロッテは気を失った。

 大地槍が比較的細かったおかげで婚約者は即死を免れた。大聖堂に運び込まれて助かったがの、大騒ぎの模様は皆が知るところになってしもうた。

 当然婚約は破断になったわな。両親も親戚もみんなでロッテを責めおった。友人やちやほやしておった連中も蜘蛛の子を散らすようにおらんように……もともとその程度の付き合いだったんじゃろうて。

 彼女は事故についての記憶がなかったんじゃが、言い訳にはなるまいの。どれだけ謝っても婚約者、あー、被害者は許してくれなんだ。不審者と間違えた不慮の事故という事で投獄こそされんかったが、居場所がなくなった彼女は酒に逃げて、最終的には家からも追い出された。

 今は私が個人的に預かって世話をさせてもらっておる。

 これで説明になったかの?


 ロッテの生い立ちと不幸な事故については理解できたし、キツい酒に近づけてはいけない理由もよくわかった。

 しかし、校長先生が故意に隠し事するつもりがないのは明らかだが、ロッテ本人に許可された範囲で語っているからか、最後半の説明が少し雑すぎはしないか、という意味の感想をラウルは持った。

 それに、ロッテの人格や挙動についてはエルザが補足を入れるのだが、同一人物について語っているとは思えないほどちぐはぐなのだ。

 要するに全容解明にはほど遠い、ということだ。


いつもご愛読ありがとうございます。

お待たせしました。魔法学院編でございます。ラウル君の魔法不能について進展がありましたね。

しかし、第三者の目で魔法学院を見たラウル君はどう感じるでしょうか。

世界一有名な魔法学校(一巻)みたいに楽しそうな雰囲気を出せないのが残念です。

徃馬翻次郎でした。

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