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第4話 エスト村の鍛冶屋 ②


 そんな中でラウルに転機が訪れる。わざわざ王都から足を運んで武器を買い求めに来た貴族と父親の会話を立ち聞きした時だ。裕福なだけでなくなかなかの鑑定眼をもっていたらしい男性は、店に飾ってあった大ぶりの両手剣を目ざとく見つけた。

 その両手剣はエスト鋼を用いたジーゲルの店第一号製品であるとともに、クルトが当時持てる技術と情熱を総動員して鍛え上げた逸品である。


「店主、あれは?」

「いえ、売り物じゃないんで」

「すると?」

「看板、商品見本のようなものです」

「なるほど」

「どうもすみません」

「しかし素晴らしい出来だ。後学のためにあえて値付けをしてほしいが」

「そうですな」


 その時父親が提示した額は大金貨二枚だったか、強気な値付けをしたのをラウルは覚えている。王都の治安が良い区域でそこそこの家が買えるような値段なのだが、ラウルにとっては、たまげるような大金という感覚でしかない。

見たことしかない銀貨でも約二千枚相当、おつかいで持たせてもらったことがある銅貨だと三万二千枚を超える計算になるのだから無理もない。

 ところが、驚いたことに貴族は値段設定に同意し、半分の長さと幅にしてくれたらその値段で買うとまで申し出たのだ。勘弁してください、と父親は苦笑いしながら手ごろな大きさの商品を案内していた。


 このやりとりはラウル少年の心に強く残った。父親は言葉遣いこそ丁寧だが、貴族様と対等に渡り合っている。父親に迫る鍛冶の名手になれば、いじめっ子の連中にしたってそうそう馬鹿にできまい。いや、むしろ絶対に追いつけない高みに登って、思う存分見下してやるとラウルは誓ったのだ。


 刀匠や神の腕と呼ばれる高みに到達すれば、家が買えるほどの値がひと振りの刀剣に付くのは目撃したばかりである。銘刀や名剣と言われるような逸品は切れ味や丈夫さもさることながら、芸術的価値が段違いなのだ。それは普通の鍛造品でも同じである。

 刀匠や神の腕に成長した自分の店にいじめっ子が買いに来たら“不能”がうつるかもしれませんよ、と丁重にお断りしてやる。そう決めたラウルは、どんな厳しい修行にも耐えることができたが、同時に心がさらに歪んでしまった。

 学校生活が終わりを告げるころには、いじめっ子の連中はすっかりいじめに飽きていた。正確には反撃をやめて見下すような視線を向けてくるラウルがいじめ対象としてつまらなくなったのだ。家業と自己鍛錬に集中した結果、年齢平均をはるかに超える頑健な肉体を手に入れたラウルに向かって、なんだその目は、といいがかりをつけるのが難しくなったせいもある。

 つまるところ、尻尾を巻いて恐れをなしたのだ。

 ラウルのいないところで“不能”だの“できそこない”だの連呼して喜んでいるような程度の低さは相変わらずだったが、もはやラウルの眼中に彼らの姿はなかった。彼らの言う“不能”の魔力で魔法鍛冶道具が扱えるか、心配事はそれのみだった。


 幸運なことに、魔法鍛冶の道具自体は“不能”でも扱える代物だった。ただし、エスト鋼のような魔法素材の加工や、魔石を用いての属性付与となるとからっきしで、やはりというか魔力が一定以上無いと魔道具は言うことを聞いてくれないのだから、これは諦めるほかなかった。

 

 もう面と向かっていじめられることはない。そうなってから何年もたつのだが、だからと言ってラウルが受けた心の傷が癒えるはずもなく、様々な形で現在に影を落としている。

 “殴った手のほうが痛い”とはよく聞く言葉だが、かつての暴力傾向は影をひそめ、反動なのか力づくで物事を解決することに臆病になってすらいる。

 確かに、なんの意味もなく暴力を振るう人間よりはまともではあるが、食べ物や飲み代欲しさの暴行や殺人をためらわない連中がいるご時世において、随分と大人しくなってしまったラウルを見るにつけて、両親はこの先心配ではあった。

(やっぱり魔法が伸びなかったのが大きかったか)

 クルトは思わず短いため息をついてしまった。


「ラウル」

「はい、親方」


 親子と言えども作業場では師匠と弟子。ジーゲル家の数少ない約束事のひとつだ。この時、二人は偶然似たようなことをしてしまっていた。作業中にもかかわらず、師匠は弟子の指導方針に気が散り、弟子は邪念で心が曇った。鍛冶の師匠は作業の中断を宣言した。


「ちょっと休んで来い」


 そろそろ昼だし俺も一服入れる、と言いながら煙管を取り出してタバコを詰めだした。


「火」


 煙管とあごを突き出してきたので、ラウルは『着火』してやった。クルトは美味そうに煙をくゆらせ、背を伸ばしながら表に出てゆく。


「自分でやればいいのに」


 とラウルは独り言ちる。気分転換と言っても、一人で出来るものには限りがある。結局、店の裏手にある試射場に向かった。訓練用の人形なども置いてある、購入客用の施設だ。

 一応、ラウルには短弓とクロスボウ、見ただけなら東方弓の経験もある。

 

 数年前、はるばる東方諸島から海を渡ってきた武人が、店に立ち寄った時のことだ。尋ね人とかで、店には情報収集のついでだったらしい。東方諸島の武器で有名なのはもちろん東方刀なのだが、クルトは武人が背負っていた弓らしい包みのほうに興味をもったらしく、あれこれ聞いていた。

 時間も遅いので泊まっていけという父親と、村で宿を探すという客人との間で押し問答が続いたが、母親のハンナが有無をいわさず四人分の食卓を整え、追加の寝床を暖炉近くに用意しとあっては、とうとう東方の武人もことわりきれず、


「かたじけない」


 と受けて食卓を囲んだが、食後にクルトと杯を交わしながら、実は敵討ちなのです、と旅の目的をつげた。それゆえ名前は明かせません、と告げる武人は辛そうだった。 

 名前を聞いたところで、誰それが探し回っていると言いふらすジーゲル夫妻ではないのだが、武人なりの用心なのだろうと一同納得した。

 それでも、ラウルが東方諸島に足を延ばしたことがないと分かると、“手控え”と呼んでいる紙のつづりに東方諸島の人物や船をさらさらと描いてラウルに見せる洒落た絵心の持ち主であり、さらに描くようせがむラウルに快く応える優しい心の持ち主でもあった。 

 ハンナが心のこもった余興に礼を言うと、造作もないこと、と武人はかすかに首を振って応え、はしゃぐラウルを見て目を細めていた。


(こんなに立派な方が)


 ジーゲル夫妻は思わず武人の前途を案じてしまったが、きっと事情のあることなのだ、と敵討ちの件に関して深入りしないことに決めた。

 今や一生の宝物と化した紙束をもらって大喜びのラウルが、宝物を心ゆくまで楽しむために場を辞して自室へと引っ込んだのきっかけに座談はお開きとなり、それぞれ寝床に就いた。


 翌朝は早かった。武人が出発前に弓の腕前を披露してくれるというので、いつもより早起きして用意した朝食を皆で食べた後、試射場に集合した。

 東方弓の包みを解いた武人は、包み布をたたんで地面に置き、弓の先端を乗せる枕をこしらえる。弓を寝かせると、片膝つきの態勢から体重を乗せて弓をためると外していた弦をかけた。弦を掛け終わるとなにやら不思議な動作で調整をしている。

 一連の動作が武器の準備というよりは何か神聖な儀式のように見えて、言葉が出なかった思い出がラウルにはあった。

 弓の組み立てを終えた武人は、椅子代わりの丸太に姿勢よく腰かけて目をつぶり、しばらく静かに呼吸を整えている。

 やがて丸太から腰を上げた武人は、ジーゲル一家に向かって三本の指を立てて無言で示した。これは発射数の予告と静粛の要求をしているのだ。

 やがて間隔をおいて放たれた三本の矢はすべて的の中心近くをあやまたず射抜く。

 ジーゲル一家は拍手喝采で武人の腕前をほめたが、矢を取りにいく彼はどこか納得がいかないようだった。

 矢を回収した武人が戻ってきて、すまなそうに告げる。


「最後の一本に、妥協がありました」


 昔も今もラウルには全く分からない話だったが、ジーゲル夫妻はなるほどそういうものか、と感心しきりである。

 つまり、狙いをつけるのはこのへんでもうよかろうという考えが一瞬頭をよぎったのだ、と武人は言う。命中したから良いというものではない、心を研ぎ澄ます作業が大事なのです、と短い説明を加えた武人は体を折り曲げる礼をして試射を終了した。


「カタキをみつけたら、やっぱりコロすんですか」

「ラウル君……」


 ジーゲル夫妻は息子の無遠慮な質問をとがめて叱ろうとしたが、それを武人は軽く手を上げて制止する。そして、


「敵を見つけた途端、怒りのあまり逆上して心が曇らないかどうか」


のほうがはるかに大事で我ながら心配だ、とも告げた。

 

 この丸太椅子を見る度、宝物のお絵かき紙束に触れる度、ラウルは思い出す。


(おじさん、どうしてるかな)


 武人は敵への怒りをそれこそ必死になって制御していた。敵討ちの成否も気になるが、なによりも武人の澄み切った心構えが印象に残っていた。

 武人の心構えには鍛冶の神髄に通じる考え方が多分に含まれているのだが、幼かったラウルには“凄腕射手のお絵かきおじさん”の思い出として記憶されているに過ぎない。


 この武人の境地をラウルが鍛冶に生かすのはもう少し後のこと、親父は金属だけ鍛えていたのはでなく、オレの心も叩き直していたのだと気づくのはさらに後年のこととなる。

 しかし、現時点でラウルの心はそこまで成長していない。


(ちくしょう、うまくいかないな) 


 焦れば焦るほどうまくいかないわけだが、それほど“不能”の言葉は思春期の少年を必要以上に傷つけた。ラウルの少年時代は家族といくつかの例外を除いて、陰惨そのものだったのだ。そして、その過去から生じた歪みは鍛冶以外にも影響を及ぼしている。

 

 試射場の丸太に腰かけたラウルがため息をつくのと、その“例外”の来訪を告げるクルトの大声が届いたのは同時だった。


「ラウル、客だ。そっちに行く」


 いつもご愛読ありがとうございます。

武人のエピソードは自分でもお気に入りの部分です。鍛冶以外にも伏線にしたい!と思っています。

お絵かき手帳は重要なアイテムにしたいです。ゲームで言うと捨てられないアイテムです。 

 往馬翻次郎でした。


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