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第66話 在りし日の妹背あるいはその結縁 ⑩


 ハンナから話を聞かされた支部長は烈火のごとく怒り狂うと思われたが、意外なことにがっくりと肩を落とした。


「もうたくさんだ……」

「は?」

「怒る気力もない……」


 頼られ恐れられる戦闘集団の幹部が短期間でこれだけおもちゃにされたのだ。面白いはずもないし、怒りを通り越して脱力したのも無理からぬことだ。 


 しかし、ここで支部長の気力を回復させたのは、つい先ほどまで小さくなっていたクルトだった。


「支部長、お力落としはごもっともですが」

「何かね?」

「対応策も考えませんと」

「それこそ当面の対応だけで手が回らんよ」

「もうひと頑張りして入団試験に薬物検査も入れましょう」


 クルトにしては頭を使った提案だが、実は、これは始末書の延長である。始末書には失敗の事実や謝罪以外に、その回復方法や再発防止策も併記されることがある。

 うるさい、後にしろ、謝る気があるのか、とハンナにいじられながらもクルトはちゃんと続きを考えていたのだ。

 むろん薬物検査とはレイナードの件に関する再発防止策である。


「傾聴に値するな。続きがあれば聞こうか」

「契約、依頼、調査担当の新設、強化です」


 受付嬢の能力不足を指摘しているのではない。決済が支部長に達するまでに、依頼や契約の内容を精査したり、依頼者の周辺調査をしたりする部門があっても良いのでは、という提案である。予想される脅威の評価をいい加減にして欲の皮だけを突っ張らせた場合の結末は言うまでもない。

 旅団をたばかるアホがそうそういるはずもない、という先入観がそもそも今回の事件における教授のような人物に付け入られる隙だった、と言えなくもないのだ。


「正論だ。王都の本部にも上げて採用してもらおう」

「差し出口を申し上げました」

「いや、卓見ではないか。ちなみに、その人選に意見はあるかな?」


 これはもっと古株の旅団員に聞くべき質問ではないか、とクルトは思った。それに、腕力自慢の集団で諜報員を探すのは難しい。また、調査技術やその蓄積も全くない。

 しかし、人選を聞かれてクルトはかすかにひらめくものがあった。

 

「一から作り上げるとして……」

「ふむ」

「アウラーさんはどうでしょう」

「ほう」

「マッツは目端が利きますし、ザーワは学者です」


 的を得た人選であると言えた。部門の長にアウラーを据えてマッツとザーワにあれこれ調べさせるのは調査組織の萌芽としては立派なものだろう。

 ただし、問題がないわけではない。


「当の本人たちは前線勤務にこだわるだろうな?」

「みんなの再就職先を作る任務として命じては?」

「それで納得するだろうか?」

「私だって身体が言うことを聞かなくなる日に怯えています。皆同じだと思いますが?」


 疑問文の応酬が続くやり取りが目立つが、なにしろ二人とも手探りなのだ。最終的には、命令という形はとらずに、まず水を向けてみる方針が採用された。


 余談だが、後日調査部門の長としての打診を受けたアウラーは喜んで話に乗ってきた。本人もいつまで荒事ができるか不安だったのだ。ある程度の収入を維持したまま家族との時間が確保できることになった彼は、調査部門発案者がクルトと聞いて感激した。雑談のなかで何気なく言ったことまでクルトが覚えていてくれたからだ。

 ちなみにマッツとザーワも誘いに乗った。ただし、可能な限り前線勤務を続ける、という条件つきだ。これは二人のわがままではなく、人材発掘も兼ねているらしい。

 こうして、傭兵旅団はますます精強な集団へと進化するのであった。


 話がそれたが、ハンナは二人が熱く語り合っているのを黙って聞いていた。確かクルトは教授の正体を報告するにも困っていたはずなのに、今後の対応策の話になると突然雄弁になり、本来旅団幹部が考えるべき組織改革にまで口をはさんでいる。


(なんでそんな面倒くさいこと)


 ハンナはさっさと報告だけ済ませて夕飯の支度にかかるつもりだったのだ。クルトのお節介にしか見えない提案を表立って批判はしないが、彼女なら関わりたくない問題だ。


 その面倒をこっちに振ってこない限りは、彼は愛しい夫に違いないのだが、どうかすると父親や別れた配偶者を思い出させる説教じみた意見をしてくる。

 目下それだけがハンナのクルトに対する不満だった。



 夕飯時には支部長も焚火の輪に連なった。後続の旅団員たちもクルトとハンナの武勇伝その他を聞き、番となった二人に上機嫌で祝辞を述べる。なにより奴隷王と称するワイトを相手にしなくて済むのは誰にとっても朗報だった。


「そうか!似合いの二人だ。アイアン・ブリッジに帰還したら式の算段だな」

「いや、それが……」

「子供ができたら考えます」


 支部長の嘘偽りない満面の笑みを見てハンナは若干妥協したらしいが、それでも当面結婚式をあげない、という基本的姿勢を崩してはいない。


「うむ、まあ、人それぞれだからな。私も教会は好かんから宴会にだけ呼んでくれ」


 聖騎士の前では言いにくい台詞を支部長はあっさり言ってのけた。一方、必ず招待いたします、と返すハンナも支部長と同意見らしい。

 クルトは教会の話が出たついでに、今回の一件との絡みを聞いてみた。


「レイナードと教会の関連は無いんですか?」

「彼の家を強襲……えー、捜索してみたがね」

「聞きました」

「司教や関係者の名前は出なかったよ」

「あれで無関係!?そんなはずは……」

「本当は聖堂の地下も捜索したいぐらいだが、伯爵も衛兵隊も消極的だ」

「つまり……」

「直接的な証拠は無い。司教も助祭も知らぬ存ぜぬで押し通すだろうな」

「むう」

「奴は家を売ってまで聖水にのめり込んでいた。売人も近くにいるはずなんだが」

「彼の金銭に対する執着がようやく理解できましたよ」


 この時ハンナは支部長の話を半分以上聞き流していたのだが、金の話になってふと思い出したことがある。

 レイナードは教授に借金があったはずだ。その借金が原因でレイナードは良いように転がされてしまったのだが、問題はそこではない。

 金を貸す時に使い道を聞かない人がいるか、という点だ。

 もう少し話を推し進めれば、事情を知った(もしくは、そう推定される)教授の命が危ない、ということでもある。もう手遅れかも知れないが、ハンナは支部長に報告した。


「もう何を聞いても驚かんよ」


 自嘲気味にため息をついた支部長だったが、教授やレイナードの後送に際しては十分な護衛をつけたことを明かした。

 それに今頃は街道警備の騎士団員が増派されて、ある種の厳戒態勢になりつつある、とも付け加えた。

 今やレイナードと教授は証人であり、護送後は旅団の療養所で治療しながら拘束するよう命じたと支部長は締めくくった。


 事実、護送荷馬車はアイアン・ブリッジにたどり着くまでに、野盗団と思われる集団から二度の襲撃を受けた。

 組織だった襲撃ではなかったうえに、守るほうが圧倒的に強かったため、二回とも勝負は一瞬でつく。おまけに街道警備の騎士団が駆けつけて逆包囲し、野盗団の見せ場は全くなかった。

 数名の捕虜も得ることができたのだが、財宝を積んだ馬車の情報を得ての襲撃、という事情以外は判明しない。それも情報の出どころに繋がるような尻尾はついていなかった。


 むろん支部長やクルトたちは知らないことであり、この戦闘について報告を聞くのはアイアン・ブリッジに帰還してからのことだ。

 この夜もクルトとハンナは当直を免除されそうになったが、さすがに甘え過ぎはよくない、と辞退して当直割に組み入れてもらった。ただし、組は同じにしてもらって射撃台に登って長い時間を過ごしている。

 

 なにも喋らず、仲良く毛布にくるまって聖槍の様子を眺め、最後の別れを済ませた。



傭兵旅団の三分の一がそのまま引っ越してきたような奴隷王墓所の発掘現場は早朝から活気に満ちている。

 

 支部長自らの訓示が朝礼をひきしめ、朝食後は全員で財宝の積み込み作業に当たった。

正確には教授の所有物だが、たしか依頼完了後の報酬になっていたはずだと、支部長はさんざん振り回された契約を思い出すことにした。

 現在旅団療養所にて拘束中の教授と“冷静に話し合ったら”、配分割合はもっと変化するのでは、という意見を述べる旅団員もいたが、とにかくこの場所から運び出さないと一文にもならない。


 傭兵旅団城塞都市支部への移送計画は支部長とアウラーが手早く作成し、荷馬車隊はすでに出発した。しかし、うずたかく積まれた金銀財宝は一回の搬出でどうにかできる量ではなかったので、荷馬車隊はアイアン・ブリッジ到着後、教授の荷馬車を接収して発掘現場に引き返す命令を受けている。

 あわれ教授は破産者か死体のような扱いを受けているが、気の毒がる旅団員は誰もいなかった。


いつもご愛読ありがとうございます。

クルトは始末書を脳内で書きあげていたんですね。えらいぞクルト!苦手なのによくがんばったな!

商社の調査部みたいな感じです。冒険者ギルドには必須だと思うんですが、いちいち描写するとつまらなくなるから省略するんでしょうね、きっと。

私は面白いと思うんですが。

徃馬翻次郎でした。

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