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第63話 在りし日の妹背あるいはその結縁 ⑦


 お二人には明朝から手伝っていただきますよ、と言いながらアウラー部隊長は部隊の解散と休息を命じた。どうやらハンナとクルトを除外した当直割を作成したようで、これにはハンナが大喜びで食堂に愛の巣を再設置するために走る。


 クルトはこの機を逃さなかった。人格者らしく歳も相応にいっている亜人にいろいろ聞くには、ハンナがいない今しかない。


「アウラーさん、ちょっと教えてほしいことが」

「なんでしょう?」

「任務外なんだが」

「どうぞ」


 クルトは亜人一般の結婚観や儀式について質問した。幸いアウラーは既婚者で、彼曰く、式自体は簡潔に聖堂で行った、とのことである。ついでに言うなら、本当はどうでもよかったのだが、世間や周囲の人間に合わせた結果であるらしい。むしろ仲間や身内で行った宴会の方が重要で良い思い出になった、とも付け加えた。


「子供ができてからが夫婦、というのは?」

「亜人一般に共通している考えです」

「例えば、既婚者が他の女性と……」

「問題にはなりません。男の甲斐性次第です。私は遠慮しますが」

「ふむ」(真面目か)

「できるだけ妻子といたいのです。引退したらもっと一緒にいられるのでしょうが」

「なるほど」


 なかなかうまくいかないものですね、とアウラー部隊長は締めくくった。奥さんや子供と一緒に過ごす時間を結果として奪ってしまったクルトは申し訳なく思う。もし非常呼集がなければ、きっと楽しい家庭団らんのひと時だったのだ。

  

 しかし、彼には悪いが話せて良かった、とクルトは改めて思った。結婚式よりは宴会が大事であり、余った時間は妻子に使いたい、という言葉は重みがある。そして、なかなかうまくいかない、というのは職業が緊急呼び出しも命の危険もある傭兵だからだ。


 自分でひねり出した答えではないが、重要なのはハンナを幸せにするという一事である。アウラーのおかげでクルトの脳内備忘録は整理されて若干の余白を生み出した。

 

 クルトが食堂に戻るとハンナは寝床の上で座って待っていた。彼女はすでに下着だけの気楽な格好である。何なら下着なしでも一向にかまいませんが、と言いたげな彼女に襲いかかりたい気持ちを抑えて彼は業務連絡を開始する。


「アウラーさんが当直割から外してくれた」

「へぇ、気が利くわね♡」

「何を言ってる?明朝は早起きだぞ」

「そんな、まさか本当におやすみなさい?」


 周辺には耳のいい連中しかいないのに、この嫁はいったい何をするつもりだったのか、と思うとクルトは末恐ろしかった。人目があるときの肉体的接触基準はすでに策定済みだが、見えなければ何をしても良いというものではない。同じように下着姿になるが、本日のまぐわいは開店休業なのだ。


「いいか、俺たち以外はテントなんだぞ」


 クルトはハンナの横に座りながら彼女を語気強めに諭す。

 なぜなら、これは傭兵旅団のような集団では常に注意すべき点だからだ。例えば、ある隊長だけ食事が豪華だったり、隊長用幕舎から女性の喘ぎ声が聞こえてきたりしたらどうなるか、考えるまでもなく、その隊長は早晩愛想をつかされるだろう。

 アウラーたちの厚意を受け取るのはいいが甘えてもいけない、ということだ。


「う、ごめん……」

「よし」(反省したかな)


 ハンナがしょげてしまったので、クルトは横になって彼女に腕枕をしながら空いているほうの手で美しい銀髪を長いことなでてやった。

 彼女はしばらくクルトの胸毛を引っ張って遊んでいたが、やがてそれにも飽きたのか、かわいらしい寝息を立て始める。


 彼女が眠りに落ちる直前、尻尾が二、三度微かに揺れるのをクルトは感じた。


 翌朝、先に目を覚ましたのはハンナだったが、起床できないで寝床の中で固まったままである。原因はクルトの腕だ。片方は自分の枕にさせてもらっているが、もう片方が肩に回されていて、包み込まれるような形で寝ていたらしい。

 彼の顔は目前だ。体重をかけないようにしているのは褒めてやってもいいが、腕がちと邪魔だな、と彼女は採点した。


 思い起こせば、彼女には配偶者に腕枕をしてもらった記憶も、柔らかく肩を抱かれた思い出もない。したがって、優しいつまの腕をどう外すか、払いのけるのはいけないだろうか、と初めての経験に少し考え込んでいたのだ。


 彼女は彼をゆすってみたが起きない。もう一度ゆするが、むう、と唸り声をあげるだけでなかなか手ごわい。


(どこでも寝られるのは特技だが熟睡しすぎだろう)


 実は、ハンナを信頼しきっているゆえの熟睡なのだが、彼女はそれを彼の油断と取った。

前に彼をたたき起こした時は背中に軽く蹴りを入れたが、緊急時でもないのにその起こし方はよくない、と判断した彼女は一計を案じて行動に移した。


 彼女は首を伸ばして、彼のあごをちょっと舐めてやった。あごが選択されたのはただ単に彼女から一番近いという顔面部品の地理的条件だけである。

 驚いたのはクルトだ。まるで腹をナイフで刺されたかのように跳ね起きた。


「ワァーッ!」

「アハハ、起きた起きた」(珍しい悲鳴だな)

「お前……何を……」

「今朝は早出なんでしょ」(あれ?喜んでない……)

「そうだ。いや、ああ、その、なんだ、この件については後でゆっくり話をしよう」


 クルトがそう言ったときにはハンナは食堂を出ていた。アウラーが亜人部隊を集めて朝礼を始めるところだったので、彼女は最後尾に並び、慌てて出てきたクルトも同様に整列して号令を待つ。

 やがて開始された朝礼は特に変わったところのない普通のものだった。各自朝食、作業の再開、二人ずつ交代で街道に至る道を警戒する。最後の指示は後続の出迎えや誘導も含んでのことだろう。

 作業に当たっては怪我のないように、という注意が念押しされる。柵か小屋を作るはずだと聞いているから刃物の扱いや材木の落下事故に注意せよ、ということだ。


 アウラーが解散を命じたので、全員が朝食の準備にとりかかる。教授が用意していた食料や水を惜しみなく使用しての食事作りだが、これはまもなく後続が到着するのを考慮してのことであり、傷む前にいただきます、というもったいない精神も含まれている。

 この時点で教授は悪党ということになっているので、誰も遠慮はしない。

 

 朝食を食べ終わると哨戒の一番手が発掘現場から飛び出した。残りの旅団員は丸太を切り出して先端をとがらせる加工に取りかかるようだが、クルトとハンナは工事の詳細について承知していない。

 アウラーが図面を広げて何やら確認していたので、クルトは作業工程と完成予定の建築物について聞いてみることにした。


「アウラーさん、建設作業員一名追加だ」

「二名よ」

「力仕事ばかりですが、かまいませんか?」

「何でも言ってくれ」


 それでは、と言ってアウラーが示した設計図は、墓所入り口を包囲する木造の城壁だった。ただし、扉はついていない。つまり、予想されるアンデッド軍団の突撃を迎撃するための野戦築城である。

 

 当初、支部長はこの墓所を埋め戻すつもりで城塞都市を発進した。もし開けてしまった扉が再施錠不可能な場合には丸太を突っ込み、盛り土を突き固めて二度と人目に触れないようにするつもりだったのだ。


 考えを変えたのはマッツとザーワから報告を受けた時点だ。奴隷王とアンデッド軍団の存在は支部長に作戦を変更させた。変更理由は、一匹でも残しておいては将来の禍根かこんになる、という判断によるものである。


 作戦は封鎖から掃討に変更された。丸太を突っ込むだけではなく、迎撃用の城壁をつくることが決定され、簡単な設計図が先発するアウラーに託された、というわけだ。


「現状は?」

「丸太を切り出して、先端を加工中です」

「そっちを手伝ってくるわ」


 ハンナが足取り軽く作業場へ向かう。


「線引きというか縄張りというか……」

「地面に浅く溝を掘ってあります」

「もっと深く掘れば良い?」

「お願いします」


 城壁の堅固さを高めようと思えば杭打ちは深いほうが良い。穴掘りはその下準備と言える作業だが、これが相当過酷な力仕事なのである。クルトは簡単に引き受けたが、人間一人がしゃがめる程度の穴を掘るだけでも土の堅さによっては相当疲れる。広い庭や畑をお持ちの方は一度試してみるといいだろう。

 

 クルトはちょっと考えてから、シャベルを二本持って聖槍を囲むように設定された建設予定地へ向かった。


いつもご愛読ありがとうございます。

野戦築城は現代だとチェーンソー大活躍なのですが、この世界では手作業です。のこぎり引きの時に魔法で身体強化する程度、という設定でお願いします。風魔法でスパスパも考えたのですが、誰か森の中にいたら死亡事故が起きるだろ、とか考えてやめにしました。

徃馬翻次郎でした。

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