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第61話 在りし日の妹背あるいはその結縁 ⑤

《》の日数経過にご注意ください。


外に出てみれば、マッツとザーワ以外にも旅団員が焚火を囲んでいる。思い思いに足を延ばしたり、一足先に携帯食料を口にしている者たちもいた。


 この亜人集団の中で人間はクルトは一人なのだが、ハンナの件も相まって今ではもはや珍獣か著名人の扱いである。焚火を囲む輪に加わって腰を据えただけなのに、小さな歓声が沸き起こった。酒が入っているわけでもないのに何なんだ、とクルトは少し憮然ぶぜんとしている。


 そこへマッツとザーワが走り寄ってきた。ご機嫌伺い半分、もう半分は報告のようだ。

ザーワは食堂からクルトが逃げ出してきた原因を正確に把握していた。どうやら外まで奇声が聞こえていたらしい。


「お嬢さん連中が三人以上そろうとこれですわ」

「全くだ」

「一人、二人だと大人しいんですがのう」


 マッツが指摘した件は不思議という他ない事実である。そのまま不思議の解明にせまってもよかったのだが、ハンナたちに夕食の準備を任せている以上、男共で遊んでいるわけにはいかない。

 おそらく城塞都市まで戻らずに引き返してきたのであろう斥候たちの報告を聞いて、状況を整理することにした。


「話せ」

「ええと、負傷者と荷運びさんたちを乗せて逃げた後、ですな?」

「そうだ」

「街道まで出たら運よく警備中の騎士団員に出くわしましてのう」


 街道警備中の騎士団員は斥候たちの話を聞き終わると、さっと荷馬車内を見渡した後、騎馬伝令を買って出てくれた。彼は馬を飛ばしてアイアン・ブリッジに向かってひた走る。同業の騎士団員に出会えば急を伝える言づけを託して常に高速を維持した。


 この伝令の徃先は二つある。ひとつは傭兵旅団支部長であり、もうひとつは騎士団長ひいてはアイアン・ブリッジ伯の耳に入れて判断を仰がねばならない。


 最初に騎馬伝令を引き受けてくれた騎士は、荷馬車を検めて負傷者の惨状を見ているから真剣そのもので馬を駆ったし、急を告げる報告も迫真に満ちたものだった。その引継ぎを受ける騎士も恐怖と報告を過たず次の者に託すつもりで馬を急がせる。

 そして、行軍中の傭兵旅団支部長率いる援軍を発見した、というわけだ。


 つまり、援軍はもう途中まで来ていた、というのが今こうして亜人組と合流できている種明かしなのだ。

 残る問題は、なぜ途中まで来ていたのか、ということになる。


「なるほど」

「支部長は、足の速い連中だけでも先行させろ、とお命じになったそうです」

「それが亜人組だな」

「ええ。野営と土木の道具だけ持ちましてのう」  


 通常、軍勢をわざわざ分散させるようなことはしない。通信技術の未熟なこの世界において、いったん別れてしまった部隊を合流させるのは想像以上に難儀なことだ。もし分散した状態で優勢な敵性勢力と鉢合わせすれば数で負けてしまう可能性もある。


 しかし、支部長は迷わずに高速機動できる部隊を抽出して編成した。そして、負傷者と荷運び人夫搬送中の荷馬車と亜人組の援軍が合流するまでたいして時間はかからなかった、ということのようだ。

 支部長はあくまでも速度を優先した、ということだ。

 

「荷馬車の御者を代わってもらうことができましてのう」

「我々の先導によって、うんと早く到着できたわけです」


 マッツとザーワは胸を張ったが、まさに大車輪の活躍である。荷馬車は街道を走行しなければ速度が乗らない。犬系亜人変化の四足歩行のおかげで草原を駆け抜け、近道もできた。ハンナの言っていた“まっすぐ向かってくる”とは二人の先導によるものだったのだ。


「命令内容は?」


 クルトの確認に答えたのはザーワだった。

 命令は、発掘現場のクルトとハンナが駄目なようならアンデッドの群れにつかまる前に引き返してこい、無事な場合はその場で工事の準備に入れ、という非情な判断も含まれているものである。

 これは増援の亜人組の部隊長から聞いた、ということであろう。


「それから、レイナード、教授、荷運び人夫の拘束及び取り調べです」

「なんだと?」


 これにはクルトが仰天する。受付担当に渡した手紙には“おそらく大ごとになるから人数を集めておいてくれ”程度のことしか書いてなかったはずだ。“レイナードと教授は怪しいから調べてくれ”というのはこれから支部長に上げようと思っていたことなのだ。


「旦那、お嬢さんがたと夕飯が出てきましたから……」

「続きは食べてからにしませんかのう」


 クルトはもやもやした気持ちのままだったが、期せずして始まった宴の中で部下や同僚を労ってやる必要があった。特にマッツとザーワには感謝してもしきれない。奴隷王がいるかもしれない場所にまた戻るというのは並の勇気ではないだろう。


 心の通じ合った戦友たちと焚火をかこんで味わう夕食は、携帯食料や保存食に手を加えて温めただけとは思えない美味なものだった。


 夕食後、後片付けと当直は増援の亜人組が引き受けてくれた。マッツとザーワにいたっては、どうぞ姉御と旦那は食堂でお休みください、なんせ新婚なんですから、と気をつかったが、その前にクルトは例の報告を続けるよう命じた。


 斥候たちは亜人組の臨時部隊長を推薦してきた。先ほどの情報交換は最低限のものだったし、また聞きになるよりはずっと正確だろうという二人の判断だ。手すきの連中も車座になって話を聞きに来た。

 ハンナもクルトに並んで座ったがべったり引っ付くようなことはしていない。彼女も興味のある話なのだろう。聞く姿勢が真面目だ。

 クルトは一番気になっていた点を質問した。

 

「なぜ全員拘束なんだ?」

「端的に言えばレイナードです」

「詳しく頼む」

「長くなりますが、発端はクルトさんの手紙でした」



《三日前》


 出発当日、クルトは走り書きだが手紙を支部長に宛てて残している。私信でもないし封もしてもいなかったので、受付担当は内容を確認した。別段のぞき見ようとしたわけではない。受付と補給品担当の間で話がつくようなことなら、前もって準備しておいてやろう、と思っただけのことだ。


 内容は出撃前からの増援要請という奇妙なものだったが、彼女は“ハンナの妹たち”の一人だったのだ。クルトは熊みたいなやつだが針小棒大に騒ぐ男ではない、お姉様が危ない、私がなんとかしなくては、と逆上した彼女は、受付嬢らしからぬ高速移動で支部長室に飛び込み、出かける前の支部長を捕まえることに成功する。


 “お姉様が危ない”の一報は支部内をまたたく間に駆け巡り、支部長室前は人気のパン屋か食堂のように妹たちでごった返した。


 当初、支部長はあまりこの件を重要視していなかった。ハンナだけを特別扱いするわけにはいかないし、危険の有無が判然としない時点で休暇中の旅団員を呼び戻す、と言うのも無理がある。


 状況が一変したのは当時小隊長を任せられていたレイナードに話が及んだ瞬間だ。


「だいたいあんな宗教野郎が小隊長の時点で間違いなんです!」

「いやいや、その理屈だと私の任命責任も問われるじゃないか」

「あいも変わらず聖水やら経典やら、何度言っても聞かないし」

「今なんと言った?」


 一瞬、凄まじい怒気が支部長から放射されたので受付嬢は姿勢を崩して尻もちをつき、短い悲鳴をあげた。

 詫びながら受付嬢を助け起こす支部長は顔の筋肉だけで微笑している。厳重注意して止めさせたはずの物品販売をレイナードは性懲りもなく続けていたのだから無理もない。

 宗教どうこうの話ではない。支部長は虚仮こけにされたのだ。


 室外で話を立ち聞きしていた例の妹たちも、時ならぬ受付嬢の悲鳴を聞きつけて支部長室になだれ込み、異口同音に宗教野郎の素行不良を遠慮会釈なく言い放つ。

 支部長は辛抱強く話を聞き、そして厳かに命じた。


「わかった。副長を呼んでくれるかい。君たちは業務に戻ること、いいね?」


 口調は丁寧だったが明らかに怒気を含んでいる支部長の言葉に、全員が一斉に回れ右をして出て行く。ほどなくして姿を見せた副長に彼は手早く命令を下した。


「想定、屋内戦闘、一個小隊、携帯式衝角、鍵開けの得意な奴も頼む」

「な、なにがはじまるんです?」

「家捜しだよ。今のところはな」


 滅多にみない気迫に満ちた部隊長の表情に恐れをなした副長は、かつてない速度で編成と準備を完了する。


「では、留守を頼む」

「ハッ」


 旅団に登録されているレイナードの住所に向かったが、なんと別の人間が居住していた。

この時点で支部長は怒りを隠せなくなった。居住地変更の更新を怠っていたら、いざという時にどのようにして連絡を取るつもりなのか。


 怒りを抑えながら手分けして聞きこむと、引っ越したとの情報を入手できたので向かうことにしたが、城壁内でも下町と言われる地域で日当たりも悪い。

 すぐに新住居はみつかり、近隣の者からもここで間違いないという確認は取れたのだが、やたらと玄関の鍵が多くて、鍵開け上手の斥候が手こずっている。

 すでに堪忍袋の緒がかなり擦り切れていた支部長はとうとう吠えた。


「傭兵旅団パトリック・クライバーだ!旅団規則に基づき捜索するッ!」


 レイナードは留守なのだから、これは不安そうに見ている近隣住民へ聞かせているのだ。 

 捜索の目的は物品販売の物的証拠を抑えることであり、他の団員の証言と併せて今度こそ旅団から追い出してやる、という支部長の決意が背中にみなぎっていた。


「かかれッ!」


 四人一組で衝角を下げていた団員たちが待ってましたとばかりに前に進む。


 携帯式衝角の見た目は、取手がついて先端が金属で強化された短くて細い丸太だ。二人ないし四人で振り子のように勢いをつけて対象にぶつけることで破壊をこころみる道具である。


 戦闘用艦艇の先端に装備して衝突時の衝撃で敵船を破壊する大掛かりなものもあり、もちろん陸上においても攻城戦や門扉の破壊に使用される。さらに、本体を防護するための限定的な防御力をもたせたものが破城槌と呼ばれる攻城兵器である。

 

 何が言いたいのかと言うと、この後すぐにレイナード家の玄関は破壊される、ということだ。怒り狂っている支部長は、この家が賃貸である可能性を無視した。


「そーれッ!」


 屈強の旅団員による衝角攻撃は一発でレイナード家の扉を蝶番ちょうつがいごと抜いた。一応、鍵が密集している周辺を狙ったのだが、威力が強すぎたようだ。

 念のため、支部長は斥候に罠の有無を確認する偵察を命じる。


 ところが、斥候は罠など問題にならぬような異常を発見してしまった。


いつもご愛読ありがとうございます。

「将軍、いったい何が始まるんです?」

「第三次大戦」

みんな大好き『コマンドー』より。私はM77だかM203だかを逆さまにぶっ放すシーンが好きです。

最初、支部長は名無しキャラだったのですが、台詞を口に出して遊んでいるうちに、映画のシーンを思い出したので、キャラに色がついてしまいました。吹き替えだとこれも玄田哲章さんになるのか……。

ガチムチ、部下に慕われている、怒ると危険、という設定でお願いします。

徃馬翻次郎でした。

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