第2話 アルメキア王都 マグスの古道具屋 ②
エスト村に帰った後、リンの日常は慌ただしさを増した。空いた時間で入手した旅行記と発禁本のメモを見比べながら考えをまとめ、さらなる情報収集にも余念がない。
それを見た両親からは、学者の真似がしたいなら王立魔法学院中退はもったいなかった、と嘆かれたのだが、リンは別の意見を持っている。
実際、リンは魔術師だけでなく並み以上の治癒師の素質を持っていたのだが、教授連中に頼み込んでどれも中級以下の習熟にあえてとどめてある。
もし在学中に治癒師の素質ありとでも見なされたらどうなるか。司祭か宮廷もしくは騎士団の医官に就職が決まってしまう。攻撃魔法が得意なら否応なしに最前線勤務が待っている。治癒師であれ魔術師であれ高給取りで社会的地位も高いが、そのようななことにリンは興味がない。籠の鳥にされることだけを何よりも恐れた。
なぜなら、癒すにしろ傷つけるにしろ相手を選ぶ自由が彼女は欲しかったからだ。
最終的に中退までして自由を手に入れたリンだが、その彼女が両親の言うところの学者の真似事を再開したのには理由がある。
最近になって長年の友人がどうやら普通じゃないと分かったためだ。
その友人はいろんな意味で独特な個性と能力の持ち主だったが、不治の病ともいえる魔力の問題を生まれつき抱えている。
その問題のせいでずいぶんと苦労をしてきたのを側で見てきたリンは、治すまでは至らなくとも緩和する方法がないか魔法学院在学中から書物をあさるなどして探していたのだ。
魔法学院を中退して社会人としての生活を送っている現在も空き時間をみつけては、さきほどのような情報収集を続けてる。
そのようなことができるのも中退と引き換えに得た自由のおかげである。
とはいえ、魔法関係の専門家である司祭たちに相談しようかという気持ちは全くない。友人が悪魔や異端者として裁かれかねないからである。例の発禁本を読む以前からリンは罪に問われないなら教会に言いたいことが山ほどあった。
学院の書庫では資料探しに限界があった。由緒正しい学術書か、王国法に違反しない内容のものしか置いていないからだ。ひょっとしたら学院内に秘密の部屋でもあって禁忌の研究でもしていまいかと探したこともあるが、無駄足だった。
これがリンが発禁本研究に手を出した理由である。
本の内容が何もかも正しいと信じるわけにはいかないが、リンには司祭の説教よりも変わり果てた姿になってしまった発禁本のほうがはるかにしっくりくるのだ。
さて、リンが作成した簡単なまとめと気付いた点を列挙すると次のようになる。
・精霊契約の儀式はうさん臭い(やっぱり!)
・教会が何かやってる(そうでしょうとも!)
・竜の子伝説(これはもう少し調べないとね)
・魔法に詳しい人物(どこの誰だかわからないようにしたみたい)
・“竜を打倒”するのは難しいという記述(竜は絶滅したはず。いつごろの話だろう)
・“生まれ持つ強力な魔力”という言葉の矛盾(精霊契約の儀式と絶対に両立しない)
さらに、旅行記や各地の伝承と照らし合わせることで発禁本の焼損部分を補うことができ、いくつかの地名や旧跡らしきものの存在が明らかになった。
ひとつは世界各地にあったとされる“竜のほこら”である。
かつて竜族が人族と共闘して邪悪な怪物を打倒した昔話は子供でもよく知っている。怪物を封じ込めてフタや重しをのせたと言われている場所が“竜のほこら”だ。
その話には続きがあって、怪物がいなくなった世界をめぐって竜と人が仲違いして争い、
竜が退治されて現在に至るということになっている。どちらが先に仕掛けたかは判然としないが、結果は明らかだ。人は生き残って数を増やし、空を舞う竜は一体もいない。
竜との対立が決定的になった過程で、竜のほこらを維持するものもいなくなり、荒れ果てた様子が旅行記の挿絵にも表現されているが、経年劣化ではなく人の手による破壊が指摘されていた。
原因が何であれ竜のほこらが破壊されたにもかかわらず何も異変が起こらなかった為、学者の中には封印ではなく古戦場の記念碑ではないかという説を主張する者もいる。
もうひとつは東方諸島にあるとされる“竜王墓”だ。
腐敗した世界を浄化したとされる竜の子伝説は東方諸島においては正史である。その竜の子が浄化後の恐怖支配に飽きて眠りについたとされる場所が竜王墓だ。
東方諸島を統治する君主は即位する際に竜王墓に参拝して国家の安寧を祈願するならわしだったが、これも竜族との対立の過程で廃れてしまい、墓所の入り口も埋め立てられてしまっている。
竜の子は“竜と同等かそれ以上の力を持つ”だけのはずだが、なぜか東方諸島では竜と同一視されてしまったようだ。竜というものに対する捉え方や考え方が違う可能性があるが、これは現地へ行ってみないとわからない類の話かもしれないとリンは考えた。
しかし、社会人としての仕事がある以上、まとまった休みを取って竜のほこら跡を巡ったり東方諸島へ足を延ばしたりすることは難しい。身の回りに何らかの変化がない限り、この件は後回しにするしかないとの結論に至った彼女は、いったん調査資料をまとめて収納に放り込んだ。
結局、わからないことが余計に増えただけになってしまったが、彼女はへこたれるどころか前向きですらある。例の発禁本には何者かの陰謀が見え隠れして若干不安になったが、
学者の真似事と言われようが、積み重ねがいつか役立つと彼女は信じている。一見無駄に思えることが後日の研究成果につながる可能性に関しては魔法学院でさんざん見聞きしていた。今はまだ蓄積の段階である。
ちなみに、この違法情報収集はその友人には内緒で実施している。取り締まり当局に露見した際に迷惑をかけたくないこともあるが、魔力の問題が解決するかもしれないという期待を持たせて余計に傷つける結果も避けたいとリンは考えているからだ。
そういえば働きながら情報収集するのに時間をとられて、肝心の友人に長いこと顔を見せていないことをリンは思い出した。
マグスの昼飯に着想を得たわけではないが、食事に誘うか差し入れをするのも良いかもしれないと思いつく。発禁本研究については、発表できるほどの成果がまとまっていないから、今回は友人の様子見とご機嫌伺いだけにすることにした。
最近はかなり丸くなったものの、ちょっと前までものすごい荒れ方をしていた友人は、郊外の鍛冶屋で家業を継ぐべく見習い中である。修行の邪魔になってはいけないから、昼休みにお邪魔しよう、と彼女は決める。
そうと決まれば友人の両親にもあいさつする必要がある。あまり大げさでない手土産で最近の無沙汰を詫び、友人を昼食に誘う許可をもらうことにした。
机に向かって小難しいことを考えるよりも、差し入れや土産や当日着る服を何にするか悩むほうが何倍も楽しいにきまっている。
リンはようやく明るい気持ちになった。
リンの苦手な暑い夏も終わって秋にさしかかり、朝夕に涼しさを感じるようになってきている。彼女は寝床の前に膝をつき、ひんやりした感触の上掛けに肘をついて眠る前の御祈りをはじめた。ただし、
「神様、どうか私の調査が教会や聖騎士の連中にバレませんように」
というような彼女の両親が聞いたら気絶しそうな願いを追加していた。
祈り終わって寝床に入ってから神様と教会の関係に気付き、“バレませんように”ではなく“内緒にしてください”とお願いするほうがよかったかな、と反省するリンだったが、友人の助けになりたいと思う気持ちは間違いなく本物だった。
ご愛読ありがとうございます。
基本的に魔法はみんな素質があるけど難しいのは無理、という設定です。そのなかでもリンの友達はぶっちぎりの魔法不能という底辺なので、なんとか治す方法がないか調べている、という感じです。
がんばれリン!えらいぞリン!
往馬翻次郎でした。