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第53話 とある恋人たちの思い出 ⑫


 封印されし暴君は動きを見せない。

 しかし、暗闇の奥底から送られてくるような視線に似た威圧感、どうあがいてもかな事能あたわぬ圧倒的な実力差からくる絶望感、いったん動き出したら力尽きるか憎き侵入者を皆殺しにするまで動きを止めないであろう、という確信に近い予感は戦う前からクルトの心を折るに十分だった。

 

 もうこれは財宝や歴史的発見どうこうなどという教授のお願いをかなえてやることなど論外だ、と考えたクルトは教授に向かって首を横に振り、足が動くのなら引き返すように指を向こうにやる仕草を送った。

 しかし、教授はこの期に及んで腰を抜かした。瘴気にあてられて足がすくんだらしい。即死しなかったのは見上げた根性だが、若干失禁したようで股間をぬらしている。

 

 その時だった。奥の玉座から木靴を床に打ち付けるような音が連続して聞こえた。

 奴隷王が歯を鳴らして笑っているのだ。


 作戦の前倒しだ、とクルトは決断した。奴隷王の攻撃手段が不明な以上、初手はこちらの全力防御でしのぎ、隙を見て逃走する以外に方法はない。なにしろ伝説通りなら相手は不死身、こちらの攻撃が全く通らないことはないとは思うが、何度でも再生して襲いかかってくるはずだ。


「防壁ッ!二重ッ!」

「はひっ」

「り、了解!」


 クルトの命令がかろうじてマッツを正気に戻し、ザーワを動かした。城の胸壁のような岩の壁が地面から生える様に出現し、身を隠すのに十分な急造陣地が完成した。

 前後して防壁の厚みが倍程度に増す。できれば天蓋ものせたかったが時間がない。


 奴隷王の攻撃は防壁の完成と同時だった。電撃魔法と呼ぶにはあまりにも激しい、雷が連続して落ちたような衝撃と爆音が防壁を打ちつける。鉄壁の防御魔法を二重に展開したはずだが、なんとしたことか所々で貫通が発生している。

(なんて威力だ!二重の防壁を抜いてきやがった!)

 全員が思わず身を屈めた。少しでも頭を上げれば胸壁とでもいう部分から出てしまう。二重に展開したことで全面的な崩壊まで時間は稼げるが、電撃が命中した個所には向こうが見える穴が開いている。

 何としても防壁と人員が生きている間に退却したい。防壁を残したまま降下範囲を離脱し、教授を引きずってでも玄関の間に連れて行く。そして、ドクロメダルで扉を再封印するしかない。

 後は防壁が奴隷王の追撃を緩めてくれことを祈るばかりだ。


「下がるッ!教授を忘れるな!」

「合点!」

「教授、ちょっくら引きずらせてもらいますぜ」


 マッツとザーワは尻もちをついた形の教授を引っ張って低姿勢のまま退却に入る。 

 魔力切れを起こしたのか、突如として奴隷王の放電が中断される。防壁も穴だらけで、退却するのには絶好の機会に思われた。


「ハンナ、お前も!」

「待って!レイナード、伏せて!バカ!!」


 ハンナが退却を思いとどまって絶叫したのも無理はなかった。レイナードが指示に従って退却するどころか例の突撃をするために身を起こして吠えている。

 

「奴隷王何する者ぞ!神の怒りを思い知るがよいわ!」

「待て!お前聖水でびしょ濡れッ……」


 クルトとハンナが止める間もなくレイナードは奴隷王の怒りを思い知ることになった。奴隷王は残りの魔力を電撃魔法に集中した。発動範囲を狭く絞ることによって一筋の光線と化した電撃は、射撃の的のように防壁から身を起こしたレイナードに向かって真っすぐに伸び、聖水まみれで通電の良くなっていた彼に直撃する。

 樽のふたを木槌で抜いたような軽い音が鳴り響いたが、発生した被害は甚大だった。レイナードご自慢のタイモール盾を易々と貫通した光線はそのまま盾を握っていた左腕を消し飛ばして肩に大穴を開けた後、壁に大きな焼け焦げをこしらえたところでやっと威力消失する。後ろに吹き飛ばされたレイナードは部位欠損で戦闘不能、出血が少ないのはどうやら血肉が焼け焦げているせいらしい。


「うぎいいいぃッ、がっ、ごあっ!」

「オオオオオオオオオオオオオオオ」


 レイナードの悲鳴に奴隷王の叫びが重なる。前者は腕を失った痛みで発狂寸前、後者は追撃を防壁で邪魔されて怒り狂っているようだ。


「ハンナ、手伝え!」

「任せて!」


 防壁が奴隷王の追撃を阻止してる間にレイナードを助けて回復薬だけでも飲ませる必要がある。再生に必要な腕の破片や先っぽは見当たらなかったから回収できていない。つまり、最高級の回復薬や大司教が唱える回復魔法にお世話にならない限り、彼は一生片腕だ。それどころか、大きすぎる部位欠損は致命傷になりかねず、そうなったら息の根が止まった際の蘇生の成否に影響する。

 なんとか壁画の間まで引きずって斥候たちに回復魔法の巻物を展開してもらうか、教授を正気に戻して補給品の在庫から適切なものを探してもらうしかない。

 そう思ってクルトが痛みでもだえているレイナードに肩を貸しながら頭を上げた瞬間、彼は自分の目を疑った。


 奴隷王がいない。


 果たして階下から悲鳴が上がった。


 奴隷王は自らの肉体を改造して永遠の生命を得た大昔の権力者であることは繰り返し述べたことであるが、なぜ不老不死の魅力に取りつかれたのか、理由とでもいうべきものについては伝説の中でも語られていなかった。権力者にありがちというか、築き上げた権威やため込んだ財宝を子孫に譲るのが嫌で、不老長寿の霊薬を求めたりあやしげな魔術に手を出すのは伝説でも現実世界でもよくある話だった。

 奴隷王の場合は少し様相を異にする。奴隷たちを実験台にした不老不死研究の際に様々な副産物が生み出され、その中には現在では失われている魔法や現在の知識をもってしても解明不能な技術が含まれていたのだ。

 実験の途中からは目的と手段が逆転して、魔法と技術を守るための不老不死になってしまった感は否めない。

 結果としてアンデッドになってしまったが、その蓄積された魔法や技術を研究するにはもってこいの身体になった、と言える。何しろ時間は無限にあるのだ。


 今日はわざわざ封印を解いてまで実験の志願者が現れたのだ。奴隷王は笑いが止まらなかった。いろいろ試した後で礼として思いつく限り残酷に殺してやろうと決めた。


 まずはあいさつ代わりに雷を落としてやる。そのあとはちょこざいな粘土細工をすり抜けて驚かしてやろう。この距離なら霊体化と物質化を連続して詠唱しても、侵入者と遊ぶ力は十分に残っている。どうせならできるだけ大きな悲鳴を上げてほしいものだ。すぐに死なれても困るぞ。まずは身動きできなくしてから一人ずつ身の上話を聞いてやって、そのうえで生きている人間にしか試せない魔法の実験に協力してもらおうか。


 クルトたちが聞いたら震えあがるような思考をしながら、防壁を霊体化魔法ですり抜けたところで奴隷王は物質化魔法を詠唱して実体となった。

 彼は大柄な人間の戦士と亜人の槍使いをあえて無視している。先ほどは不遜ふそんにも突撃してきた愚か者にたわむれの電撃で穴をあけて甘美な悲鳴を聴いたが、明らかに強そうな戦士たちと遊ぶ楽しみを後に取っておくことにしたようだ。


 奴隷王はそのまま階段を降りると、前方を逃亡する二人の亜人と引きずられている人間を発見した。先ほどからずっと注目していたのは人間の首に掛けられているメダルなのだ。

 メダルの持ち主は奴隷王に気付いて警告を発しようとするが声に出せないでいる。この人間はちと虚弱だが面白いな、と彼は採点し、同時に殺害順序を最後にすることにした。何ならアンデッドに作り替えて道化にしてやってもよい、と本人の意思を無視して家来を増やそうとする奴隷王だったが、そのためには逃亡を手伝う亜人たちが邪魔だった。


 たちまち追いついて亜人の腕を切り落とそうと愛剣を音もなく抜いたが、とっくの昔に腐っていたらしく、実用には供さないとわかった。

 愛剣の残骸を投げ捨てた奴隷王は瘴気を前方に放射する。二人の亜人は逃げるのに必死で後方に無警戒だったらしく、まともに瘴気を背中に浴びて転倒、ひきずっていた人間を放り出して気絶した。

 おもむろに奴隷王は転がって亜人と同様に気絶している人間に近づく。瘴気を深呼吸したらしく、かなり弱っていた。

 奴隷王はお構いなしに首にかかっていたひもを引きちぎってドクロメダルを手にする。そして地鳴りのような声で叫んだ。


「わざわざ献上しに来たか、裏切り者め!」


 クルトはレイナードをハンナに任すと階段を駆け下りた。奴隷王が何やら吠えているが意味はさっぱりわからない。しかし、やろうとしていることは分かる。教授からドクロメダルを失敬して扉を全部開ける気だ。

 果たしてドクロメダルは奴隷王の手の中で砂のように崩れていった。


(盗られた!?)


 理屈は分からないが、クルトはメダルを壊されたというよりは奪われた感じがした。実際、奴隷王が欲しかったのはメダルそのものではなくメダルに刻まれた封印の術式だったので、クルトの直感は全く正しかったわけだが、どちらにしてもアンデッドの援軍をみすみす呼ばせるわけにはいかない。

 斥候たちと教授の安否も気になるが、優先順位は目前に迫った恐るべき脅威だ。


「むん!」


 階段を駆け下りた勢いそのままに、半身になっていた奴隷王に迫ったクルトは渾身こんしんの一撃を見舞った。振り向きかけた奴隷王を狙った一撃はむき出しの右腕に命中、二の腕のちょうど真ん中あたりで切断に成功する。


(やった!無敵ってわけじゃない!)


 返す剣ですくいあげ気味に横殴りの一撃をがら空きの右わきに送り込んだ瞬間、クルトの人生における転機ともなる信じられない事態が発生した。


 奴隷王はくるりと身体を回転させると横殴りの一撃を回避、左ひざと左肘で器用にクルトの魔法剣を挟むと一瞬で破断する。剣には応力以上に奴隷王の魔力が込められていたらしく、折れて飛ぶ前に一瞬激しく燃えた。


(剣を折られるとはッ!) 


 一方、クルトは一瞬呆然としかけたが奴隷王の次の手が迫っている。鋭くとがった手刀の突きがもう顔面の直前だったのだ。

 とっさにクルトは右腕を上げて顔面への直撃をかろうじて防いだが、銀の籠手こてごと防御を貫通される重傷だ。それだけではなく、貫通した手刀が開いて奴隷王が何やら詠唱を開始している。


(零距離魔法だ!殺される!)


 とたんに時間経過がゆっくりになったような感覚をクルトは覚えた。この距離で身動きもままならない今ならどんな魔法でも命中間違いなし、命はもはや風前の灯。武器はへし折られ、策は破られた。教授や小隊員もおそらく助からないだろう。こんなところで俺は死ぬのか。もう終わりなのか。せめてこの憎たらしい奴隷王を一発殴ってから死にたい。


(殴る。死ぬまで殴ってやる)


 クルトは左腕の存在を思い出した。


いつもご愛読ありがとうございます。

奴隷王の剣折りはマントでくるんでパーンと手刀でパーンを含めて三通り考えていました。回避して挟んでパーンだと動きが北斗世界のトキっぽくて格好いいと思ったんですが、どうでしょうか。

徃馬翻次郎でした。


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