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第52話 とある恋人たちの思い出 ⑪


「団員と話をしたい」

「手短に頼みますよ」


 クルトは新々提案に至った理由を簡潔に述べて参加者の意思を確認した。意思確認とは、レイナード以外は脱走しても追わない、手伝ってくれるならいろいろ覚悟してくれ、というクルトなりの気遣いだった。


「な、なぜ私だけ選ぶ権利が……」

「あなたは借金返さないと人生詰むでしょうが」

 

 ハンナに言われないとわからないレイナードはもはや救いようがない。傭兵旅団の処分は別にして、人生の再出発をするには死に物狂いでこの任務を完了するしかないのだ。

 クルトは彼に希望を持たせるため、横領した金を傭兵旅団に後金名目で追納したら、契約の件で処分が軽くなるよう口添えしてやる約束をした。

 

「強行偵察なら目と手はたくさん有ったほうが良いかと思いますがのう」

「マッツの言うとおり。戦闘、逃走どちらにしても巻物係は必須ですぞ」


 じっと聞いていたマッツが学校の生徒のように挙手して発言する。どうやらザーワも同意見らしく、腕組をしたままうなずいている。

 クルトが二人に礼を言って部隊参加を承認すると、斥候たちは火矢の補充と巻物の追加を開始した。これは教授が用意しておいた補給物資だ。教授は道具には惜しみなく金をかける。人間と違って道具は裏切ったりしないからだろう。


「ハンナ?」

「大将に付いて行くよ」

「そうか」

「いざとなったらレイナードをおとりにして逃げたらいいよね!」

「そうだな」

「横暴だ!」

「うるさい!見張ってるからな。妙な動きをしたらその場で殺してやる」

「ぐぎぎッ」


 気分を紛らわせるためかレイナードはまたひと瓶聖水を空けた。クルトをはじめ、他の面々もいまさら驚きはしないが、異様な光景であることには間違いない。


(酒でも入ってんじゃねぇのか?)


 それならわかる。酒好きにとっての酒は確かに聖水以外の何物でもないが、レイナードからは酒の匂いがしない。しかし、宗教野郎がこじれると聖水中毒になるとは初耳だ。


 一致団結とはいかないが、とりあえず意思確認が終了したのを見て取った教授がおもむろに会議の終了を宣言した。


「お話は済みましたかな?」

「ああ。任務再開と行こう」


 六人組は再び墓所探索を再開する。

 脱走者が出なかったので当初の契約条件を満たしていることのみが救いだ。教授を除いて葬列のような雰囲気を醸し出している集団は、発掘調査という名の略奪が終わった一階を通り抜け、照明設置作業中の二階へと上がって行った。



 二階は一階と同じような小部屋が並んでいるが、全ての扉が二つに分かれる真ん中のドクロメダルの封印で施錠されている。封印する際は一階壁画の間の太陽に隠されているからくりで一斉に施錠され、解く際はメダルで各扉を開封する仕組みらしい。

 一階の小部屋には扉自体がなかった。アンデッドになる前は奴隷や下級兵士だったのだろうが、そうなると二階の扉付き小部屋にいるのは軍の幹部、上級兵士、お気に入りの家臣や魔術師が人間を辞めた者たち、ということになりはすまいか。この点は“宴席を別に一席設けてもらった”という昔話の一節と符合するが、問題はリッチのような上級アンデッドの存在である。

 

「まさか一斉に開いたりしないでしょうね?」


 ハンナが恐ろしい疑問を口にした。そうなったら先ほど一階広間で行われた戦闘の再現になる。もし上級アンデッドが大量に出現したら今度こそ一巻の終わりだ。


「メダルがなければどうやっても開きません。ご安心を」


 教授の回答は自信に満ちたものだったが、団員たちが感じている薄氷の上を歩くような恐怖感はぬぐいえない。そらに、壁画の間の封印を解く直前から感じていた視線のような威圧感も止む気配が全くない。

 閉じ込められているアンデッドたちのものかとも思ったが、上階にすすむにつれて、ひょっとして奴隷王の視線ではないか、という気すらしてきている。

 レイナードは気楽なもので、恐怖も視線も全く影響しないようだ。またまた性懲りもなく聖水を飲み始めた。

 ひょっとして本当に聖水のご利益があるのかも、と団員に思わせるほどの落ち着き様だが、ラッパ飲みが雑で口からこぼしている。

 クルトが見かねて手ぬぐいを渡した。


「ふいとけ」

「おお、これは失敬。拝借するよ」


 レイナードはクルトが差し出した汚い手ぬぐいを気にせず礼を述べて口と鎧をぬぐった。


(こいつ大丈夫かよ)


 クルトは返してもらった手ぬぐいをポケットに押し込みながら、何とも言えない違和感をレイナードに感じていた。彼の置かれている切羽詰まった状況を考えたら、少々おかしくならないほうがむしろ異常だとは思うのだが、うなじのあたりがチリチリするような危機感や、腹の底から来るような恐怖を全く感じないとは、いったいどういう事だと言いたくなる。まさか本当に神の加護なのか、こんな小悪党を神はよみしたもうのか、と思うとクルトは逆に神が信じられなくなった。


 さて、いよいよ三階王の間である。

 二階で照明設置作業中の荷運び人夫から魔石式ランプを二本借りてきて扉の両側に設定する。念のため人夫たちには、危険を感じたら逃げろ、と小声で教えてやったのだが、みんな悲しそうに首を横にふるだけだった。後日判明したことだが、人夫は全員大なり小なり教授に前借りがあったのだ。借金で首根っこを押さえられていたのはレイナードだけではなかったのである。

 

 話がそれたが、埋め立てられる前は見晴らしの良いテラスへとつながる回廊だったと推測される場所へ、封印以来はじめて人の手と灯りが入ったことになる。

 階段を上がって正面が王の間への入り口、振り返った後ろがテラスへの出口で、それぞれドクロ封印がされていた。 

 王の間だけが明らかに扉の装飾が豪華である。縁飾りも見事な金細工でさぞ見た者の目を奪ったことだろうが、これも奴隷王を封じ込めるための罠の一部だったのだ。

 ここまでは全く伝説を裏打ちするものばかりで、付け加えるとしたら、数百年の間アンデッドたちは休暇も里帰りもなしの休むことも許されない悪徳商会もびっくりの永久就職をしていた、という気の毒な話ぐらいだろう。

 

 何もかもが伝説の通りなら、この後出くわすのは討伐不可能とされているアンデッドの親玉、自らの肉体を改造して不老不死の肉体を得た奴隷王である。

 確かに、王の間には目もくらむばかりの黄金や調度品が積み上げられているだろうが、教授はあまりにも目がくらみ過ぎてはいないか、とクルトは思う。

 

 一応、クルトも策を用意してきてはいる。

 まず奴隷王を目覚めさせぬように侵入する。次に、斥候たちが巻物を展開して防御魔法『防壁』と『天蓋』を使用して奴隷王の接近を阻止する。『防壁』とその姉妹魔法である『天蓋』は物理攻撃と魔法攻撃の両方を大幅に軽減する土属性の魔法である。二つの魔法は展開された障壁付近の移動を制限する代わりに鉄壁の防御を提供する。

 防壁は水平方向への防御、天蓋は直上方向の防御となる。遠距離からの弓矢や魔法攻撃には天蓋が大いに役立つ。それこそ雨に対する天幕のように作用するからだ。水平方向への防御は言うまでもなく重要だ。騎兵集団の突撃や直線軌道を描く魔法攻撃を阻止するのにも防壁は威力を発揮する。

 弱点は衝角の先端を魔法で強化した破城槌はじょうついのような攻城兵器や高位の風魔法だが、数発連続で食らうまでは崩れることはない。


 つまり、奴隷王が障害物で足止めを食っている間に逃走する、という作戦だ。

 奴隷王の足止めを優先、撤収、ドクロメダルで再封印、教授に説教して作戦完了となれば誰も傷つかない。

 

 この作戦に問題があるとすれば、戦闘に限らず計画が狂うことはよくある、という点だ。


「さて皆さん、準備はよろしいですかな?王の間、黄金の間、歴史的発見ですぞ」

「俺たちに選ぶ権利はないんだろ?」

「ようやく相互理解に達しましたな」


 教授はクルトの返事を待たずにドクロ封印を解除した。重々しく石扉が左右に分かれるが、いちはやく冷気のようなものが漏れ出して足元に流れる。温度だけではない、足さばきにも影響がある、と気付いた時にはもう遅かった。

 単純に冷気と表現するわけにはいかない、実に多くの要素を含んだ得体の知れない瘴気のようなものに全員が足を取られてしまったのだ。

 王の間は確かにぜいの限りを尽くした造りで、往年の姿はさぞ豪華であったろうと想像がつく。しかし、調度品はほとんど破壊しつくされており、アンデッド家臣の姿も見当たらない。床に転がっている石像とその破片は救国の英雄たちが変わり果てた姿だろうと考えられるが、まさに伝説と寸分たがわない。

 最奥には玉座らしきものがあり、ぼろぼろの幔幕の陰ではっきりとは視認できないが、何者かが座っていた。


 奴隷王に間違いない。


いつもご愛読ありがとうございます。

とうとう来ました大ボスです。勝てません。

お金に目がくらんでいるにしても教授の行動は不自然ですが、理由はなれそめ後編で明らかになります。

逃げろクルト!急ぐんだハンナ!レイナードは置いていけ!

徃馬翻次郎でした。

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