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第49話 とある恋人たちの思い出 ⑧


 翌朝、傭兵旅団員は発掘作業員たちと並んで教授とレイナードの演説を聞いていた。二人のほめるべき点をあえて挙げるとしたら、演説が短い点と封印解除を朝に行うことに決めたことだ。


 念のため、教授にはドクロメダルで封印を解除してもらい次第、傭兵旅団の後ろに隠れてもらう。発掘作業員改め荷運び人夫はさらにその後ろだ。レイナードが自ら先頭に立つ。

 クルトはレイナードの評価を上方修正した。少なくともこの男は臆病者ではない。聖水と聖タイモール紋章の盾を信じ切っているのかもしれないが、それでも陣頭指揮はこわいものだ。


「それでは、開けますぞ!注目!」

「小隊構え、前方、扉!」


 今度は小隊全員が声を一にして応答した。命令は適切で聞きやすいし、まるで勤労意欲の神様が小隊長に降臨されたかのように機敏で勇敢な動きだ。


(今朝までは手を抜いていたのかね)


 クルトがそう思うくらいの変わりように、レイナードを除く小隊全員が顔を見合わせたり首をひねっている。


 扉のくぼみにメダルを押し込むと、ドクロの目が怪しく光って封印が解除された。教授と入れ替わりにマッツとザーワが駆け寄って扉に手をかけた。たいした力を入れるでもなく石扉が左右に別れて開いた。

 アンデッドがあふれ出して大騒ぎになるとクルトは身構えていたのだが、予想に反して一人のお出迎えもないので拍子抜けしてしまう。


(本当に安全……なのか?)


 念のため、斥候たちが罠の有無を含めて安全確認をする。墓荒らしのような不届きものを警戒した罠の存在は十分考えられるが、地上一階最初の部屋で彼らを出迎えたのは、罠でもアンデッドでもなく、壁一面に描かれた色彩豊かな壁画だった。何やら死体の描写や赤色の彩色が目立つが、第一級の歴史的資料であることは間違いない。


「これはッ!ついに探し当てた!素晴らしい!」


 教授が声量を上げて元気よく成功を宣言し、上機嫌で壁画の解説まで開始した。とりあえず目に見える危険が見当たらないので、旅団員みんなで見学することになった。


(始末書どうしよう……)


 真に安全なのであればクルトの心配事は急に現実味を帯びてくる。安全と見て取った荷運び人夫たちが据え置き型の足つき照明器具を抱えて入ってくる。離宮時代は必要なかったものだが、現在は地下迷宮と変わらない土の下だから、これ以上進む場合はなくてはならないものだ。先端には照明魔法を刻んだ魔石がついており、少しの魔力をこめるだけでかなりの明るさを長時間持続できる。燃料を燃やす種類の照明よりずっと明るく魔力さえあれば補充も簡単な便利道具だが値段も相応に安くない。

 荷運び人夫は照明器具を積みあげると、かつては離宮を飾り立てていた黄金の調度品を運び出しにかかった。暴君を騙すための小道具だったはずだが、ハリボテでお茶を濁さずにきちんと作っていたようだ。これでハンナの言っていた“先客説”が消えたことになる。

 つまり、今日まで墓所は手つかずなのだ。


 一方クルトは教授の説明そっちのけで、昨夜から中断していた始末書の作成を再開する。


「まァそのォ、旅団員各位にご心配をおかけしたのみならずゥ……」

「うるさい」

「うっ」

「それは帰ってからにしてちょうだい」

「すまん、ハンナ」

「……」(この壁画は警告としか思えない)


 意外なことにハンナは教授の説明を真面目に聞いている。流血好きでも歴史好きでも無かったはずだが、クルトの唸るような始末書朗読が彼女の思考を邪魔したようだ。


 保存状態の良い壁画はすべて奴隷王の事績や偉業をたたえるものだ。解説を聞いたり壁画の文章を読まなくとも、だいたいの意味は取れる。 

 奴隷王の喜ばせるためのご機嫌取りだったはずだが、あまりにも内容が血なまぐさい。景気づけに奴隷を何人殺したとか、反抗的な国民を村ごとなで斬りにしたとか、敵国の砦を水攻めにして退路を断ってから電撃魔法で楽しんだとか、とにかく常軌を逸している。


(満ちているのは血と狂気だ)


 ハンナは臆病ではないが、正直なところ悪趣味なことこのうえない壁画には寒気がした。こんな絵で喜ぶような人間も気味がわるいが、一面の壁画は、この墓を荒らすと今ご覧になってる絵のようなことになりますよ、という警告ではないのか。

 歴史学発展の為か金銭や名誉の為か、いずれにしても教授は何かに目がくらんでいるか、何者かに操られているとしか思えないほど熱くなっている。

 その熱量に巻き込まれているのがレイナードだ。

 ハンナは教授と小隊長の関係を騙し騙されの“化かし合い”だと看破したつもりだったのだが、今となっては二人とも得体の知れない大きな力の手のひらで踊らされているような感じがするのである。


 思わず愛用している銀の槍を握る手に力を入れてしまった彼女だが、果たしてこの槍が届く相手なのか、どう考えても壁画の主人公と出くわしたら勝ち目はない。

 殺される。王の妻子に対する扱いを考えたら、身体をアンデッドに作り替えられて慰み者にされた挙句一生もてあそばれてもおかしくない。

 確かに奴隷王は自分をはるかに超える戦闘能力を持ったオスには違いない。なにしろ不死身だからだ。しかし、ハンナが永久に一緒にいたいと思う相手ではなかった。彼女はつがい条件に“アンデッドは除く”を追加することにする。

 これでハンナのお相手探しがさらに難しいものになったが本人は気にするどころか、


(どんなに強かろうがコ、イ、ツは願い下げだ)


 と、壁画上で雷電を放射している奴隷王を槍先で小突いた。

 彼女にとって番は強ければいいというものではなく、譲れない線が新たにできたようだ。


 壁画の間はかなりの広さで調度品も多かったが、次の間のへの入り口が見当たらない。教授は解説を中断する。壁沿いに一周して入口に戻ってきたのだ。


「これでおしまいですかいのう?」

「思っていたより狭かったですな」


 マッツとザーワが思っていたことを口に出す。


「むろん違いますとも。見取り図がここに……」

「教授、一体何の話を……」

「ちょっと、見取り図ですって?」

「そろそろ隠し事は無しにしていただけませんか、教授」


 見取り図の件について小隊長は初耳だったようだが、もうクルトは驚かなかった。またハンナが怒り出しそうだったので、クルトは彼女をなだめながら教授に話の続きを促す。

 ためらっていた教授も最後には意を決して昔語りを始めた。


「ゴホン!ことの起こりは吾輩が王都で運営しておる歴史博物館であーる」


 教授の博物館は展示だけでなく買取も行っている。持ち込まれる道具の九割九分は査定不能で古道具屋へ案内をすることになるガラクタだが、まれに真贋不明なものや掘り出し物も混ざっているので馬鹿には出来ない、と教授は熱弁する。


「古文書と滅亡した部族の情報とが持ち込まれたのは五年ほど前のことか」


 その部族の滅亡は、覚えている人のほうが少ないくらい昔に起きた他国の内戦の結果発生したことだ。教授が知っていたのはさすが専門家と言うべきか、引き込まれるように持ち込んできた男性の話を聞いてみる気になった。その滅亡した部族が隠したという財宝の手がかりとなるのが古文書だった、というわけである。

 男性は自分で調べようとがんばったらしい。しかし、遠方の他国で行う調査はとにかく金食い虫で身代を喰いつぶしてしまった。途中であきらめるのは残念だが、引き継いで探すことができる財力と能力の持ち主に譲ることを決めた、と言う。

 砂漠地方の調査と発掘は難渋なんじゅうを極めたが、教授はため込んだ財物を惜しげもなく注ぎ込んで滅亡した部族の痕跡をたどった。


「苦節三年と半年、やっと吾輩は見つけたのです!」

「ざ、財宝ですかッ?」

「……」(宗教野郎はキンピカ大好きだな)


 一度、小隊長の財務状況を調べた方が良いのでは、とクルトは思った。自分は貧乏の大変さは知っているが、それでも小隊長の食いつき方は少し異常である。金で困った人間は目先の欲につられて何をするかわかったものではない。

 小隊長の合いの手を挟みながら教授の苦労話は続く。


「このドクロメダルと見取り図。そして次の手がかりです」

「そ、そうですか」

「……」(露骨だな)


 発掘調査と次の手がかり発見が何度も繰り返された。滅亡した部族の財宝がアルメキア国内に存在すると分かった時、教授の財産はずいぶん目減りしていた。

 正確には財宝の隠し場所ではなくて、奴隷王が封じ込められた離宮のことだと判明した時には、もう引き返せなくなっていた。

 見取り図だけでは墓の位置がわからない。調査費用はさらに膨らみ、盗掘式の資金集めが常態化したが、それでも赤字は増え続けた。

 もし今回の調査が失敗に終われば博物館と蒐集しゅうしゅう物は人手に渡る。

 社会的に言えば教授も命懸けだったのだ。


(それでこんな危険な賭けにでたのか)


 そんな博物館なんぞ潰れてしまえ、とクルトは言えなかった。確かに教授の発掘調査は方法に問題が多い。だからと言って研究の成果を丸々否定する気にもなれない。金に目がくらんでいる様子にしても現状が大赤字なら納得がいく。

 古文書を持ち込んだ奴さえいなければただの好事家こうずかだったのかも知れないのに、人生を大きく狂わされてしまった被害者と言えなくもない。 

 

「おっと、見取り図でしたな」


 見取り図を引いたのは石化した重臣たちで、持っていたのは生き残りの重臣か魔術師だったはずだ。処分されていても当然のものだが、捨てるに忍びなかったのかも知れない。

あるいは、再度見取り図が必要になるような事態を想定したのかも知れないが、事情を知っている者が全員死亡している現在では確かめようがなかった。


「これによると正面は扉のはず」

「ふむ。小隊、教授の邪魔にならぬよう護衛せよ」


 全く気が進まないが、レイナードの命令は適切で護衛任務の内容にも沿っている。クルトは教授が正面の壁をなめるように調べるのを見守っていたが、急に視線を感じたような気がして思わず剣の柄に手をかけた。


「むう」(見られている……)

「最悪に悪い予感がするのう」

「奇遇じゃのう。わしもじゃ」

「何です?何も感じませんよ」

「……」(くっ、恐怖で足がすくむとは)


 ハンナはレイナードの鈍感力がいっそうらやましかった。彼女は壁越しに身体中を視線でなめられて総毛だったが、スケベな視線ではなく、まるで腹を空かせた獣が獲物を目の前に興奮した時の視線だった。正確に言えば、脚から食おうか腹から食おうか目玉は最後にとっておこうか、という視線である。


「おっと、これは見落とすところでした」

「さすがは教授、こんなところに鍵穴が」


 震えあがった傭兵たちをよそに、教授は扉のからくりを見つけた。壁画の太陽を描いている部分がくぼんでいて、ドクロメダルをはめ込むようになっていたのだ。

 クルトは教授の接待に忙しいレイナードを差し置いて、防御の準備を小声で命じた。


「マッツ、ザーワ、火炎壁の準備を」

「了解」

「えーと……よし、こいつじゃ」


 ザーワとマッツはそれぞれ手早く巻物をカバンから取り出した。巻物の裏に魔法名が書いてあるのは彼らなりの工夫だ。事前に準備させておけば魔石インク付きのペンを用意する時間もある。左右に展開させるのは敵の侵攻方向を絞るためだ。


 音を立てて正面の壁画が左右に割れる。斥候たちが一番に乗り込み、残り三人で教授を守る“檻”陣形だ。荷運び人夫には屋外で待機をさせる。

 教授の見取り図によれば、ここは大きな広間と言った感じで左右に小部屋らしき空間への入り口が多数あり、つきあたりは階段を登って王の居室と玉座がある広間になっているらしい。

 大広間に突入して数秒立つが何も起こらない。

 

 全員がほっとして緊張を解きかけた瞬間、それは来た。


いつもご愛読ありがとうございます。

この後アンデッドが殺到しますが、マラソンのスタートを支離滅裂の押すな押すな状態にしたような状況をご想像ください。都心の通勤ラッシュと比べれば空いています、という感じでお願いします。

がんばれクルト!ハンナを亡者にかじらせるんじゃないぞ!マッツとザーワもがんばれ!

徃馬翻次郎でした。

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