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第47話 とある恋人たちの思い出 ⑥


 結局、発掘現場に到着するまで戦闘は一度もなく、日没前に採掘作業員たちの出迎えを受けることができた。

 山間の発掘現場にはちょっとした集落のようなものができていて、二、三世帯が居住してます、と言っても通用しそうなものだった。水の便だけは悪そうだが、兵舎のような建物以外にも食堂や便所まで完備されていた。これらを見ても教授の従業員待遇は当節珍しいぐらいの手厚さなのだとわかる。

 小高い山の裾を少しだけ削って横穴を掘る形で墓所入口までの通路を確保しているようだが、露天掘りでもないのに一発で掘り当てたのはすごいとしか言いようがない。

 

「さあさあ付きましたぞ。傭兵旅団のみなさん」

「そのようですな。小隊、荷下ろしにかかれ!」

「ああ」(またこれだよ)

「はい」(調子に乗るなよ……小僧!)

「合点」(威張るのは教えんでもできるんかのう?)

「承知」(クルトの旦那を見習えっちゅうんじゃ!)

 

 一見、ものすごく統制の取れた小隊のように見えるが、素直な返事の裏ではみんなが思い思いの反感を込めていた。


「いやいや、そのようなことは私の部下にまかせて、食堂へどうぞ」

「そうですか。それでは遠慮なく。小隊、解散!」


 号令だけは立派なレイナードが教授に続いて食堂へ入って行った。夕食まではまだ少し時間があるから、状況説明なり何らかの話があるのだろう。

 クルトは斥候たちを呼び止めて、馬の世話が終わったら周辺を偵察するように依頼した。

もともと仕事に骨惜しみしない二人である。おまけに休養も十分とあって二つ返事で偵察要請を了承した。

 ハンナは少し迷っていたようだ。偵察を手伝うかクルトに付いて食堂に行くかである。


「私はどうしようか、大将?」

「大将はレイナードだ」

「冗談でしょ」

「本人の前で言うなよ」

「本当に辛抱強いね」

「もう気持ちよくお帰りいただくこと以外頭にない」

「それしかないね……大将に付いて行く。これで二対二だろ?」

「喧嘩じゃないぞ」

「それよかひどいよ。化かし合いだよ、きっと」


 ハンナは最後に謎のようなことを言った。昨日からの教授の言動とレイナードのやりようを見て何らかの推理を組み立てたのかも知れない。食堂に入っていくとレイナードはすでに着席していて、教授が手招きしている。


「今日は夕飯の支度は結構ですぞ。部下の中にも料理上手がいましてな」

「それは楽しみです、教授」


 もはや教授と幇間たいこもち小隊長の共演にも飽きてきたクルトだが、その会話の中にわずかな引っ掛かりを覚えた。言葉にすると、発掘作業員は日当をもらって解散ではないのか、という疑問である。

 クルトは今後の展開がなんとなく予想できたが、念のため質問してみることにした。


「教授、彼らは家に帰らないので?」

「はい。発掘完了後は運搬作業員に鞍替えです」


 この話はレイナードにとって寝耳に水だったらしい。


「そ、それはどういうことで?教授?」

「どうするの?十人はいるわよ」

「き、聞いてない」

「……」(はじまったな)

「おやおや、小隊長さんの聞き洩らしですかな?それとも手違いですかな?」


 とうとう恐れていたことが表面化した。小隊長にばかり気を取られていたが、この教授もかなりの曲者だ。このままでは何を押し付けられるか分かったものではない。ちなみにハンナが小隊長を詰めているのは、急に増えた護衛対象をこの人数でどうするつもりだ、という憤りゆえである。しかし、彼は教授にもハンナにも言い訳すらできないでいる。

 レイナードは人件費を抑えて依頼料との差額で儲けるピンハネを目論んでいたのかもしれないが、涼しい顔をして教授は小隊ごと使いつぶすつもりだ。出すものは言い値で出すがお値段以上の働きを要求する。騙そうとする奴にはただ働きになるくらい合法的に報復する。考えようによっては一番こわい客なのだ。

 クルトはハンナの言っていた“化かし合い”の意味がようやくわかった。


「日雇いとはいえかわいい部下ですからな。よろしく頼みますぞ」

「は、話が違う……」

「契約書をもう一度ご覧になりますかな?」

「ぐっ」


 その契約書とやらは小さい文字で条件がびっしり記述されている代物なのだろう。しょげかえるレイナードはいい気味だが、ばっちり傭兵旅団を巻き込んでくれた。手玉に取ったつもりが手玉に取られてしまいました、では報告することもできまい。小隊長としては、この任務を完遂かんすいして取り繕うほかない。


 出かけるときに契約と料金の確認を喜び勇んで担当していたのは誰だったか、ハンナはレイナードに思い出させるために彼の頭を張り倒したい誘惑に駆られていた。

 その頭を見つめていて気付いたことがある。犬耳も猫耳もない。人間だから当然だが、作業員の全員に動物耳も尻尾もないのはどういうことなのか。

 つまり、人間の作業員しかいないことに気付いたのである。岩ネズミ系の亜人がいれば大幅に工期も経費も節約できるはずだが、力仕事に亜人が一人もいないというのはかなり不自然に思えたのだ。


「教授、私からもよろしいですか?」

「どうぞどうぞ」

「亜人の作業員がいないようですが」

「ええ。彼ら亜人は、失礼、貴女も含めてですね、その、迷信深いものですから」


 それはハンナにもよくわかる。これだけ聖タイモール教が広く浸透した世界でも、亜人は独自の神や宗教を信仰しがちだ。アルメキア王国法の締め付けがあるから大っぴらというわけにはいかないが、手を合わせ祈りをささげているのは全然別の神様、というのもよくある話である。

 ハンナも実家がある村もそうだった。聖タイモール教など新興宗教の扱いで、アルメキア王国法の手前、追い出しこそしないが、礼拝や治療に行く者もほとんどいなかった。

 彼女の故郷は極端な例だが、一般的に亜人が言い伝えや古老の昔話を重視し、人間からは迷信深いという評価をされている現状もよくわかっている。

 迷信深いのもが避けたがるような何かがこの現場にはある、と教授は言うが、それならここは一体なんなのだ、という話になりはすまいか。

 彼女は下手に出て教授から話を引き出そうとする。


「浅学の身ゆえ、この遺跡がいかなるものか……」

「おやおや、最初に話しませんでしたかな?かの有名な奴隷王……」

「存じません」

「それはいけませんな。ま、話は食後にしましょうか」


 やがて、斥候たちも戻ってきて報告しようとしたが、クルトのほうを向いている。あわてて彼は小隊長に報告するよう、身振りで促した。報告を受けたレイナードは適当に聞き流し、特に報告に基づいた追加の命令を出すでもなかった。


「うむ、ご苦労。休んでよし」


 もうレイナードは教授にたばかられた衝撃から立ち直っていた。この精神的回復速度は他に類を見ない。偵察命令を出した記憶もないくせに、この鷹揚おうような態度はどうだろう、とクルトは逆に感心した。

 斥候の報告は、近くで水場は見つけたが後退戦闘につかえそうな場所は見当たらない、とのことだった。周辺で一番賑やかな集落はどうやらここらしく、少し遠くまで見てきたが炊煙も灯りも発見できなかったことは朗報かも知れない。


 作業員たちが腕を振るってアイアン・ブリッジ近辺の郷土料理を振舞ってくれたが、今に至るもクルトは料理名も味も覚えていない。砂を噛んでいるような表情のハンナもおそらく同じ思いだったろう。この後の展開を予想して食欲減退の兆候を示していたのはクルトだけではなかったのだ。

 なんとか飲み下して食べ終わった後は、食堂を作業員に譲って外の焚火を六人で囲んだ。


「さて、奴隷王の話でしたな」

「小隊、拝聴!」

「……」(お前は黙ってろ)

「奴隷王……聞いたことがある」

「知っているの?ザーワ」

「ザーワは博学じゃのう」


 物知りザーワによれば、アルメキア王国が存在していなかった頃の話だ。大勢の奴隷を使役して権勢を誇った王様がいたそうだ。奴隷だけではなく国民や家臣から敵国の兵士にいたるまで人命を塵芥ちりあくたのごとくあつかう暴君であり、そこへ誰から吹き込まれたのか永遠の命に興味をもちはじめる。

 夜な夜な怪しい人体実験を繰り返し、奴隷はもちろん妃や王子にも手を出す鬼畜っぷりで、最後は自らを素材にして不老不死の身体を得たらしい。

 ただし、アンデッドの王としてである。


(不死身?倒せないってことか?)


 クルトは寒い思いをしたが、教授はザーワの講釈に聴き入っており、恐怖の素振りは全く見られない。怖いもの知らずか、それとも財宝に目がくらんでいるだけなのか、ザーワの説明に小さく拍手までしている。


「素晴らしい!傭兵旅団は人材豊富ですな」

「恐縮です、教授」

「……」(お前はもう口を開くな)

「いやァ、それほどでもあります」

「この話には続きがありそうね?」

「そんな悪党が大人しく墓に入ったんですかのう?」


 ハンナとマッツの合いの手はそれぞれ当然の疑問とも言えるだろう。はたして、良い質問です、と言わんばかりの態度で教授は奴隷王伝説の残りを引き受けた。


いつもご愛読ありがとうございます。

教授が良い人と思っていた方、残念でした。もっと怖い人だとわかるのはもう少し後です。

がんばれクルト!キレるなハンナ!契約の際には虫眼鏡がいるぞ!

徃馬翻次郎でした。


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