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第1話 アルメキア王都 マグスの古道具屋 ①

 一冊の本がある。

 

 ここはアルメキア王国の都、大通りから路地を一本入ったところで営業している骨董品店である。残念ながらお世辞にも繁盛しているようには見えない。建国の功臣に下賜されたという兜や東方伝来の妖刀など、怪しい品々が何年も店の看板商品を務めていた。


 ところが、この店には秘密がある。


 売り上げに貢献したうえで店主の眼鏡にかなえば、特別に奥の間へ通してもらって曰く付きの品を見せてもらえるのだ。

 盗品ではないが出どころは言えないもの、呪いつきという噂の品、お財布事情は知られたくないが換金する必要に迫られた高貴なお方のお道具など、事情は様々である。


 商品在庫はこっそり持ち込まれたものもあれば堂々と競売で仕入れたものもある。まれに依頼を受けて店主自ら探す場合もある。

 店主マグスは目利きは並みだが、“探し物”に関して才能があった。才能とはつまるところ人脈と交渉力なのだが、見た目の柔和さが相手の警戒心をほぐすのに一役買っていた。


 その才能を買われて依頼を受けた。

 大っぴらに売れない魔法関連書籍、つまり発禁本を探す依頼だ。

 売ることができないにもかかわらず、マグスはけっこうな発禁本の在庫を抱えている。なんとしたことか、仕入れ先は本来ならば発禁本を取り締まる側の聖騎士だった。

 もちろんマグスも囮捜査を疑って相手にしなかったのだが、ちょっと調べてみると妾にいれあげて懐が厳しくなっている事情がわかったので、もし騙したら教会に駆け込むというクギをさしたうえで取引することにした。

 聖騎士が持ち込む本は内容がアルメキア王国法に反する為、聖騎士団によって回収・処分されたはずのものである。焼却される予定の本を着服して副業にしているわけだ。

 聖騎士は金を、マグスはともすれば世界に一冊しかないかもしれない貴書を手に入れるわけだが、やっていることが発覚したら二人とも火あぶりだ。お互い持ちつ持たれつの関係で裏切ることはないが、かなり危ない橋を渡っていることに違いはない。


 しかし、骨董品の値打ちとはすなわち希少価値である。

 時代が付いている、つまり古いことに加えて同じものが二つとない、あるいはものすごく数が少ない状況が付加価値を生む。発禁本とはその状況を人工的に生み出したようなものだが、所有が命懸けとあっては手を出すものはさらに少ない。

 競争相手が少ないのは商売の上で好都合だが、買った以上売らなければ儲けが出ない。しかし、発禁本を他の商品のように扱うわけにはいかない。


 仮に厳選した客に発禁本を転売したとしよう。いくら内密にすると約束したとしても、いったん売ってしまったらそこは人間、目もあれば口もある。家族や召使も含めると完璧な秘密というのは難しい。何かの拍子に足がついて芋づる式にお縄になる可能性もある。


 そこで、マグスは見料を取る商売で元を取ることにした。隣接する倉庫を改装して書斎をこしらえ、秘密を守ることができると目されたお得意様にだけ閲覧の案内をする方式だ。

 この有料書庫は客にも大きな利点がある。それは発禁本や偏った趣味や嗜好の本を手元に置いておかなくて良い点だ。聖騎士や家族の追及を受けることなく制限のない知識の吸収や趣味の世界への没入ができるのだ。

 その利点に加えて秘密倶楽部めいた雰囲気が富裕層や収集家に思いのほかウケた。現在、新規の客は紹介状や推薦なしでは受け付けていないのだが、それがさらにウケた。

 マグスが把握している限り聖騎士団には尻尾を掴まれてはいない。万一密告があったとしても、特別客のなかには有力貴族や王族に近い筋の人もいるので何とかもみ消してもらえるという確信に近い算段もあった。新たな商品展開として調度や内装を豪華にした特別仕様も考えているほど、有力者や資産家の利用は多い。 

 マグスは、ここまでして通報されるようなら自分の客を見る目が腐っていたのだと思うことにしている。


今日はその秘密書庫で一冊の本が客の到着を待っている。 


 依頼主はエスト村在住の若い女性で、かつて彼女が王都の魔法学院に籍を置いていた時からのお客様だ。先週、依頼の品を落手した旨の手紙を駅馬車の御者にことづけたので、近々姿を見せるだろう。

 けっこうなお嬢様だったはずだが相変わらず危ない趣味をお持ちだ、とマグスは思うが口に出すような真似はしない。たとえ誰が読むのか分からない学術書であれ、一般的とは言い難い種類のスケベ本であれ、入手困難な東方諸島の春画であれ、できる限り客の要望に応えることこそ自分の仕事だと思っている。

 とはいえ、現物を手元に置きたいという注文だけは断るしかなかった。やんわり、聖騎士に見つかったり密告されたら大ごとですよ、と忠告すると例外なく大人しくなる点には助かった。(変態書籍の場合は聖騎士の部分を奥さん・家族・世間に置き換えればよい)今のところしつこく食い下がる客にマグスは出くわしていない。


 結果、マグスの秘密書庫は商売繁盛である。

 禁じられているからこそ目にしたいという欲求がかえって刺激されるらしく、一部の富裕層や学者、収集家や変態たちはマグスの秘密書庫を何とも魅力的に感じており、教会と聖騎士団の厳しい取り締まりを快く思っていない。そのことがマグスの身を安全にしているのだ。


 さて、マグスがいったん店を施錠して昼飯に出かけようとしたその時に、入荷の知らせを受け取ったエスト村の依頼主が店先に現れた。

 マグスが歓迎の意思を表明すると、彼女も丁寧に応じる。


「リン嬢ちゃん、いらっしゃい」

「ごぶさたしてます、マグスさん」

「今から昼飯にいくけど……」

「ご迷惑じゃなければ、先に拝見してもかまいませんか?」


 つまり、店主の留守中に本を読ませてほしいという申し出だ。この世界では本は貴重品であり、さらに今回仕入れたものは発禁本である。ところが店主はあっさり承諾し、店の玄関用のものとは別の鍵を取り出してリンと呼んだ女の子に渡した。見料も後払いなのか、彼女が支払いをする様子は見られない。それだけ信頼しているということだろうか。


「言っておくけどモノの状態は良くないから」

「わかりました」

「じゃ、火事だけ気をつけてね」

「あ、はい。どうぞごゆっくり」


 リンが店の中へ入るとマグスは施錠して今度こそ昼飯に出かけた。

 一方、彼女は勝手知ったる様子で店の奥にすすみ、壁にかけてあった南方のサーラーン織物をまくって秘密の扉を出現させた。マグスから預かった鍵で扉を開けたが、もちろん本来の倉庫出入り口とは別のものだ。

 マグスは極秘裏に倉庫を改装し、間仕切りをもうけて半分は普通の倉庫にしたまま、もう半分を特別客専用の書庫にあつらえたのだ。


 秘密の部屋は本と特別商品の棚で埋め尽くされている。書見机が二台とこしらえの良さそうな椅子がカーテンと衝立でお互い隣が見えないように設置してあった。

 書見机に一冊の本が置かれていたが、たしかにひどい状態であちこち焼け焦げている。リンは著者名に馴染みがあった。旅行家にして学者であり、専門書からトンデモ解説本まで手がけた大昔の人気作家だ。

 彼の数多い著作は付加価値のある初版本を探すのでない限り、普通に本屋や骨董品店で手に入る。熱心な読者や引用する専門家も多い。

 ところが、この本に限ってはどうしたことか、存在自体がなかったことにされていた。

 

 リンは椅子に腰かけ、手提げカバンから筆記用具を取り出した。全文を筆写することは時間がかかるだけでなく、店主に迷惑がかかりかねないので要点だけメモすることに決めたようだ。 



 我々は誕生後ほどなくして、家族の腕に抱かれ宗教施設に参詣する。神官・司祭・神殿の守護者等、施設の管理者たちが崇拝する神の名を讃え、厳かな雰囲気の中、ある者は聖水で赤子を清め、またある者は顔料で肌に模様を描く。部族によっては、火山の噴火口近くで執り行う儀式も存在する。部族の歴史や、地域の特殊性が反映されていて、民俗学的にも大変興味深い。

 しかしながら、種族や宗教によって三者三様の“生誕の儀”に続いて執り行われる“精霊との契約”は、地域・宗教・人種の違いを越えて、よく似た舞台装置を用意し、ほぼ同じ順序で行われる事実が判明した。

 神器・魔道具に触れると、その石板・鏡・水盤等に赤子の加護精霊を象徴する紋章が浮かび上がり、その輝く程度によって加護の大小すなわち魔力量がわかるというもので、宗教によっては、精霊の紋章を模した記念品の贈呈がある。これをもって赤子は精霊から魔力の一端を授かり、はじめて魔法を行使可能になるというのが、聖タイモール教会をはじめとする宗教勢力によって主張されている通説である。 

 この説は、かつて魔獣に生活圏を圧迫された人々を気の毒に思召された神が、精霊を遣わされたとする伝説に所以する。

 通説を全否定するつもりはないが、あえて、声を大にして述べたいことがある。たしかに魔力量は子供の一生を左右する一大事であろう。しかし、宗教勢力に多大な貢献をすれば強い魔力をえられるなどという風潮が大陸全土にわたってはびこっている点は、まことに嘆かわしいというほかない。

 これだけ魔法が人々の生活に密着している世界において、魔力量判定を将来の指針とすることに否やはない。聖騎士や司祭が浄化や解呪等の救済を務めとする以上、魔力は多ければ多いほど良いだろう。高位魔術師や工芸師等の業務にも、魔力がうんと必要だろう。 

 しかしながら、寄付の類が多大な家庭の子女ほど、魔力潤沢傾向が顕著な点に、うさん臭いものを感じるのは筆者だけだろうか。

 社会的地位や収入に関係なく、神や精霊への感謝を忘れず朝夕の祈りを欠かさない者たちは大勢いるではないか。試みに読者諸賢に問いたい。貧民街出身の高位術師や司祭長をご存知だろうか。そもそも“古の契約”とは、“魔力の根源たる精霊ひいては大地の恵みや自然そのものに対する感謝を子々孫々に至るまで忘れぬ”との誓約ではなかったか。

 精霊とは神の慈愛そのもの也。その加護を、さも大口寄進者への祝福かのように吹聴し、寄付金をせしめる俗物どもめ、地獄に落ちて炎に焼かれるがよい。

 まだある。妊娠中に服用すれば胎児の魔力量を増進させるというふれこみの薬を、あろうことか神官が法外な値で販売する等、神を神とも思わぬ愚行の数々は枚挙にいとまがない。神と精霊の怒りを恐れぬ暗愚どもめ。

 怒りのあまり、いささか話がそれてしまったが、どのような宗派であれ、精霊契約儀式は、人為的操作がなされている疑いがある点をご記憶いただきたい。



 焼損した部分を補いながらの要約は根気のいる仕事だが、リンは熱心に取り組んでいる。熱中のあまり時間を忘れてしまったが、店主はもう昼飯から帰ってきて営業を再開していたらしく、客に声をかけている。


「いらっしゃい。なにかおさがしかな?」


 これはただの営業文句というわけではない。秘密書庫内の客にも聞かせている。つまり、今は書庫から出てきてもらっては困る、という合図でもある。

 それにしても魔法の解説書かと思えば、内容は精霊契約儀式への疑念と堕落した宗教勢力への批判だった。 

 これだけ書きたいことを書けば著者も無事ではすまないだろうが、処刑されたという記録は見当たらない。この本の存在だけが切り取られたかのように消されているのだ。

 

 店主はなおも接客中らしい。焼け落ちていないページがもう少し残っていることもあり、リンは要約作業に戻ることにした。

 


 “精霊なくして魔法なし”は事実、その通りであろう。しかし、“儀式なくして魔法なし”は果たして本当だろうか。実は、精霊契約儀式なぞなくとも魔法を発動できると仰る人物を存じあげている。詳細は伏せさせていただくが、彼は、少なくとも魔法黎明期には、前述の神器や魔道具は存在していなかったはずだと言った。

 また、生まれつき強力な魔力を宿した赤子、いわゆる“竜の子”ついても彼は語った。

 竜の子は生まれながらにして竜と同等かそれ以上の力を持つ。(実物の竜を打倒することがいかに困難かを想起されたい)竜の子は成長するにつれて、尋常ならざる力を身に着け、その“竜の力”を行使して、腐敗した世界を焼き払って浄化した。そして、かろうじて生き残った者たちを恐怖支配した後、眠りについたという伝説が実在する。

 その一方で、世界に破滅の危機が迫った時、人類最後の希望として立ち上がり、安寧をもたらしたとする寓話も存在する。この極端なまでの二面性も非常に気になる点ではあるが、どちらにしても、この数百年の間、竜の子が顕現したという記録、あるいは竜の子によるとしか考えられない超常現象の目撃報告は一切なされていない。

 これはなぜなのか。現世は粛清も救世主も必要ないほど清浄で安穏無事なのか。

 とても私にはそう思えない。

 また、かつては、大陸のそこかしこにあったはずの■■■■■が破壊され、ほとんど残っていない事実も併せて考えるとどうだろうか。

 私は、■■■■■■■■とにらんでいる。腐敗しきった守銭奴共を粛清する竜の子、宗教的権威を無視して世界を破滅から救う竜の子。どちらにしても彼らにしてみれば邪魔者でしかないのである。では、いかにして、■■■■■■■■■■■、■■■■■■るのか。 

 読者諸賢はお気づきであろう。まず間違いなく■■■■(焼け落ちてこれ以上読めない)   


■ 焼損等判読不明部分


【ミーン・メイ著 これはびっくり精霊魔法 宗教的権威の表と裏 より抜粋】

                 

 


「お買い上げありがとうございます。今後ともごひいきに」


 店主による感謝の言葉にリンは我に返った。怪しい商品が売れたのも驚きだが、表の客が帰ったという合図でもあるのだ。案の定、秘密の扉をノックする音が聞こえてマグスが顔をのぞかせた。


「どうだい、嬢ちゃん?」

「まったく、驚きですね」

「気にいってもらえたようで何よりだ」

「このひと旅行記も出してませんでしたか?」

「それは『聖地への巡礼』だな。挿絵付きの」

「もしかして……」

「あるよ。初版じゃないし美品でもないけど」


 マグスは店内へリンを誘いながら簡単に説明する。そして、本棚から埃だらけの旅行記を一冊とりだした。リンは本を受け取って一通り状態を確認してからメモと一緒にカバンへしまい込むと、大銀貨を取り出してマグスに支払った。これにはマグスが慌てる。なにしろ請求しようと思っていた額の五倍以上だ。


「嬢ちゃん?」

「旅行記の代金と見料です」

「釣銭が要るんだよな?」

「いいえ。そのかわり、お願いがあります」

「なんだい」

「当分の間死蔵してもらえませんか」

「そんなに危ないのかい、こいつは」


 マグスと言えども命は惜しい。てっきりよくある教会批判の発禁本と思い込んでいた。そうすると私は何か見落としていたのかと悩むがもう遅い。

 マグスはごくわずかな時間で決断を下した。ある種の休業補償のようなものまで申し出てくれている彼女を信用することにしたのだ。

 一方、リンはマグスの表情から少なからぬ動揺を感じ取ったので、話題をかえて緊張をほぐしてやろうと試みる。彼女はまだまだマグスに用事を頼む腹積もりらしく、怯えた挙句に店じまいでもされたら困るからである。


「なにか売れたみたいですね」

「あ、ああ。昔の貴族様が書いた手紙だよ」

「手紙?」

「額にいれて寝間に飾るんだとさ」

「どんな内容なんです?」

「ん?えー、昔々とある侯爵家のお嬢様が口の上手い詩人に引っかかって……」

「へぇ」(ありがちね)

「熱く燃え上がった恋人たちは、周囲の反対を押し切って駆け落ち、大騒ぎってわけさ」

「わぁ♡」

「手紙の内容はだめだ。嬢ちゃんには聞かせられないよ」 

「そんなに?」(スケベ本かな?)

「ああ、詩人からの恋文に対する返事がすごく下品でスケベな言い回しなんだ」

「……」(やっぱりね)

「よく売れるんだけどね」


 マグスはつい“よく売れる”などと言って手紙が複数存在する偽物であることを白状してしまったが、客にしても手紙の真偽は重要ではなくて何か別の使用目的があるらしい。

 とにかく、彼の緊張はほぐれたようだ。

 彼はいつもの商売気を取り戻して、他にも見せたいものがある、と商品案内をはじめた。


 ご愛読ありがとうございます。

 実はオープニングは複数案ありまして、そのうちのひとつです。

 骨董屋スタートとか格好いいじゃん!というのが主な理由です。

 主人公が出てくるのはもう少し先です。

 往馬翻次郎でした。




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