第43話 とある恋人たちの思い出 ②
その事件は考古学者の護衛任務中に起こった。
傭兵旅団は酒場で依頼を探す冒険者部隊をもっと大規模で荒事専門にしたもの、と言えば理解が早いかもしれないが、頼まれれば個人の護衛や兵士の訓練もする。
荷物を守ってくれと頼まれれば馬車にも船にも乗り込むし、命を守ってくれと依頼されれば衛兵の真似事もする。
ある考古学者の依頼はその両方だった。身辺警護と発掘成果の護送である。
はるばる王都から来たという小太りでちょび髭が特徴的な通称“教授”は東方諸島出身らしいが訛りがない。そのかわりに名前の発音が難しく、誰にも覚えてもらえないので通称の“教授”が定着しており、これは本人もまんざらでもないらしい。
教授は礼儀正しく金払いもキレイなのだが、珍しい壁画や財宝を見つけると我先に駆け出してしまう癖があり、護衛の傭兵に冷や汗をかかせたことは一度や二度ではない。
これは迷宮や古代遺跡探索において非常に危険な行為である。教授が罠にかかって命を落とすのは本望だろうが、巻き込まれる護衛はたまったものではない。
何度か教授の依頼をこなした後で、旅団幹部は注意深くなった。教授に悪気はないのかもしれないが、巻き添え被害による損耗が馬鹿にならないのだ。
したがって、今回編成された傭兵小隊は斥候の犬系亜人が二人前に出て先導する陣形を組むことで対応しようとしている。さらに教授を真ん中に配置して前と左右を三人の剣士で囲む。陣形名をつけるなら“檻”もしくは“頼むから飛び出すんじゃない”が適切だろう。
敵対する生物や魔獣と遭遇したら斥候が教授を守りながら後列に下がって半弓で援護し、
前列交代した剣士が前衛として壁になる算段だ。
その日の現場は過去の権力者が大量の財物と共に埋葬された墓陵とされている古代遺跡だった。教授は発見した財宝のうち珍しいものを自らが館長をつとめる博物館に展示し、残りを換価して次の探検の資金にしているらしい。つまり、墓泥棒兼考古学者である。
護衛が優先するのは依頼者の生命だが、依頼者が優先するのは名声と金銭である。このへんの齟齬が危険を招くような気がして、出発前から傭兵旅団の面々に言いようのない不安となってのしかかっていた。
五人の傭兵旅団員は依頼主の教授が現れるまでに、もう一度装備を見直すことにした。忘れ物を届けてもらえる距離にある現場とは限らないからだ。装備の再確認をすることにしたのは傭兵ゆえの準備周到さだけが理由ではない。
小隊長だけは自信とやる気に満ち溢れているが、残りの四人は言い表すことのできぬ不安を抱えていたからだ。その不安を紛らわすための再確認作業と言えた。
二名の斥候はマッツとザーワという犬系亜人の熟練者だったが、その彼らが思わず心の声を口に出してしまう。
「なんだか嫌な予感がするのう」
「うーむ、わしもじゃ、マッツ」
「墓と言えば……」
「アンデッドじゃ」
「ザーワよ、もう一度荷物を見直した方がよくないかのう」
「おう……流石はマッツじゃ。巻物いくつか足しておくか」
「奴等の仲間入りは御免被りたいからのう」
まだ出ると決まったわけではないが、死体が超常的な力を得たり魔法の影響を受けたりして動き出す現象は、迷宮探索でありふれた光景である。ゾンビ、マミー、スケルトン、ドラウグルのような連中ならまだしも、高貴な生まれの死体にとりついたワイトや元魔術師のリッチは難敵で、民間人や冒険初心者は逃走すら敵わない。気をしっかり持たないと見ただけで息の根が止まる、とも言われているほどの瘴気を放つ。
熟練の斥候であろうが怖気づいてしまうのも無理ないことだ。
一方、前衛組も準備に怠りはない。
クルトは火属性の魔法剣を改めている。最近城塞都市の武器屋で吟味を重ねて入手したもので、まだ自分の手足のように使い慣れているとは言えない。予想される相手の弱点が判明している以上、適切な選択と言えるだろう。防具は強化革鎧と銀の籠手である。
傭兵旅団幹部の中では若いがよくやる、という評判の持ち主であり、武器整備係の時から積み上げた信頼も厚い。市井の民草や旅団員からは“旦那”と慕われ“巨人”と恐れられている。
新調した魔法剣を手になじませるために酒場で迷宮探索の欠員でも探してみるか、と考えていた矢先に、傭兵旅団支部長から待機と出頭の命令が相次いでくだされた。ここでの“待機”とは連絡のつく範囲にいろ、勝手に個人的な仕事を受けるな、という意味である。
どちらかと言えばあまり新任務に乗り気ではかったクルトの気を変えさせたのは、護衛任務における相場の二倍はあろうかという日当と三食補給品付きという気前のいい報酬に目を奪われたからである。おまけに支部長直々のご指名とあっては、わがままを言って断るわけにもいかなかった。
狼系亜人のハンナは銀の短槍を磨いている。柄に刻まれているのは呪文か家訓か、どちらにしてもスケルトン以外のアンデッドに威力を発揮するだろう。骨相手に刺突武器は効果が薄い。何しろ骨格以外は空間だからだ。
ハンナの実力を疑うことはそれ自体が罪である。上品なたたずまいや上等の持ち物が荒くれ者ぞろいの旅団に不似合いという点はあるものの、個人、集団を問わず戦闘で後れを取ったことは一度もない。先輩に対する態度を模擬戦闘で教えてやろうとした古株の旅団員が完膚なきまでに叩きのめされて失踪して以来、ちょっかいをかけようとする旅団員は絶滅した。
金に困っている様子はないのに傭兵稼業にいそしむ姿は謎としか言いようがないが、彼女ほど頼りになる存在が他にいないのも事実だった。旅団員からは“姉御”と慕われ“銀狼”と恐れられている。市井の者からは“お嬢様”扱いだが、これは彼女の外面だけしか知らないからであろう。
地味な色の鎧下と銀の胸当ては彼女によく似合っており、その点クルトは素直に美しいという感想を持っている。
守りの要である重戦士はレイナードと名乗るどこの傭兵旅団支部にも一人はいる神様大好き人間である。ちなみにクルトは宗教野郎と呼んでいる。呼称に悪意や皮肉が若干こもっているのは、治癒師でも神職経験者でもないのに荒事専門の職場へ宗教をもちこむことが信じられないからである。
戦闘後に祈りをささげるのは一向に差し支えない。何なら一緒に祈ってもかまわない。クルトが我慢できないのは、聖水や経典を旅団内で販売しようとしたり、戦闘中にもかかわらずクルトの戦い方に愛がないとか残虐がすぎるなどと世迷言を抜かしたことなのだ。
宗教物品販売は教会の権威を恐れぬ支部長が厳重注意付きの命令でやめさせ、世迷言は怒ったクルトが殺意付きの目線でやめさせた。
レイナードの武器は戦棍で、防具は銀の鎧兜に聖タイモール教会の紋章が入った盾である。もちろん聖水が入った小瓶も大量に装備しているが、これは斥候たちから不評を買っていた。鎧が音を鳴らすのは重戦士だから仕方ないが、瓶のぶつかる音と水が揺れて鳴る音の共演は遠くからでも聞こえる為、部隊の隠密接敵を事実上不可能にしていたからだ。
今回の小隊長はそのレイナードである。どうやら“墓と言えば私”と傭兵旅団支部長に売り込んだらしいが、あまり信用されていないのは部隊の面々をみればわかる。一人を除いて最精鋭に近い。実際、クルトはこっそり支部長に呼ばれてレイナードの面倒を見る様に頼まれていた。子供のお守は願い下げだが支部長命令と気前のいい報酬には逆らえず、今回の出撃となったわけだ。
「クルト、ハンナ、準備はいいかね?そろそろ教授がお見えになる。失礼のないように」
「ああ」(偉そうに!)
「ええ」(偉そうに!)
クルトとハンナは偶然だがレイナードの態度に全く同じ悪態を心の中でついていた。
もはや危険なのは教授だけではない。小隊長を任されて浮ついているこの男をなんとかうまく操縦しないと、自分たちの生還まで危うくなる、と二人は考えている。
旅団倉庫へ巻物を追加補充しに行った斥候たちはまだ戻ってこないが、その前に教授が姿を見せた。
「やあやあ傭兵旅団の諸君、君たちは幸運ですぞ。なにしろ世紀の歴史的発見、その瞬間に立ち会えるのですからな。吾輩が研究した古文書と遺跡入口の紋章から見て、墓の主はかの有名な奴隷王……」
「そうですともそうですとも。教授、まずは契約と日当の確認をば……」
教授の感動的な演説兼あいさつを遮る形でレイナードがしゃしゃり出てくる。注意事項を叩き込むのかと思ったら追従と金の話だ。クルトとハンナはその契約とやらを反故にしてでも帰りたい思いだったが、寸前で思いとどまった。
「……」(これも仕事だ)
「……」(この痴れ者め)
クルトは半ばあきらめの境地、ハンナはレイナードを後ろから蹴り倒したい思いに駆られたが、それが自由にできるなら組織というものは成立しない。何しろ今日のレイナードは小隊長なのだ。
やがて斥候たちが戻ってきたので教授への自己紹介とレイナードからの状況説明と簡単な打ち合わせがはじまる。
教授の護衛と発掘した財宝の護送任務は既に全員聞いている。
現場の墓所は入口までの発掘が完了しており、アイアン・ブリッジからは馬車で二日の距離にある。途中で車中泊か野営して一泊する。そのための道具と水や食料は幌馬車に積んで厩舎前で待機中である。
聞けば馬車も野営の準備も教授の持ち込みらしい。旅団の皆さんはご専門に集中していただいて結構、という彼の声が聞こえてきそうだ。
(うまくいけば荷運びの手配、しくじったら増援要請が要るんじゃねぇのか)
クルトはレイナードの作戦に早くも穴を見つけたが、すでに指摘する気分ではなくなっていた。第一、レイナードから遠足気分が抜けていないのだ。ワイトやリッチを起こしてしまうような最悪の事態を想定すれば、旅団支部の半数以上を投入して発掘現場に仮拠点を構築してからにすべき案件ではないのか。
レイナードは手間を惜しんだのか手柄を独り占めしたいのか、あるいは神の加護ある限り亡者の群れなど恐れる必要はないと思っているのかも知れないが、もうこれは災難の予感しかない、生きて帰って来れるかどうかの検討をする必要がある、とクルトは判断した。
ハンナや斥候たちも同じ気持ちらしく、うんざりした表情をしている。
「ますます嫌な予感がするのう、ザーワよ」
「奇遇じゃのう。わしもじゃ……マッツよ」
もはや斥候たちは不安を隠そうともしない。発掘現場と旅団支部の距離を考えたら当然だろう。一方、エルザは不安を感じる以上に違和感のようなものを感じ取っていた。簡単に言えば少し準備が雑ではないか、というぼんやりした疑問だ。
「小隊長、何かヘンじゃないか?」
「なんだね、ハンナ」
「編成に神職経験者も魔術師もいない。道中警護だけならまだしも……」
「危険はない、と想定している。不服かね?抗命かね?」
「いえ……」(その口を引き裂いてやろうか!青二才め!)
「おやおや、見積もり違いは困りますぞ。違約の条項をお忘れなく」
「オイ、ちょっと待て」(見積もり……違約……なんの話だ?)
「さあ、小隊、準備を急げ!」
これで見えていなかった話がかなりはっきりした。レイナードは経費を抑えるかたちで格安護衛任務を企画したようだ。どんな商売でも経費で一番大きいのは人件費だから、護衛要員を絞れば経費をかなり圧縮できる。
しかしながら、経費を圧縮してギリギリの人員で部隊を組んだ場合、不測の事態が発生すればずいぶん楽しいことになる。そのお楽しみの対価は団員の命である。
問題はその契約を本当に支部長が許可したかどうかだが、はっきり言って相当怪しい。まさかとは思うが契約書を二枚作ってピンハネしているのではないか。そこまでは堕落していないとクルトは信じたかったが、小隊長の権威を振りかざして黙らせるあたりがなんとも品性下劣で信用できない。
聞けば個人には払えそうもない違約金まで契約に入っている。こうなったら、作戦中に何事も起きないことを祈るしかない。気前のいい報酬に目がくらんだ罰だ、ただし帰還したらレイナードを問い詰めて旅団から追い出してやる、とクルトは心に決めた。
いつもご愛読ありがとうございます。
マッツとザーワは男塾世界の松尾と田沢で脳内再生しています。
すぐに星になったり空の一部になったりはしませんのでご安心を。
徃馬翻次郎でした。