第41話 おのぼりさん ④
ラウルは買取窓口に預けていた背嚢を引き出して、ダブスに手伝ってもらいながら寝袋を巻き付け、七つ道具や外套を収納する。ダブスは孫の遠足前夜を見守る祖父の面持ちだったが、忘れ物を届けに走るような勢いで提案をひとつ思い出して追加してきた。
「おっと、危うく忘れるところでございました」
「何です?ダブスさん」
「杖でございます」
「杖ねぇ」(おじいちゃんだからかな)
「ラウル様、山道や長距離を歩く場合、これが馬鹿になりませぬ」
これは事実である。脚だけに頼った登攀は想像以上に体力を消耗する。体力オバケのラウルでも同じことだ。杖は脚ほど頼りにはならないものの、三本目の脚として転倒を防止し、疲労軽減に大きな役割を果たす。小休止時に寄り掛かることもできるし、最低限の護身具としても使用可能なのだ。
ダブスの提案はラウルに残り二本の赤樫材を思い出させた。
「わかりました。心当たりもあるんで探してみます」
「それが賢明でございます。ラウル様」
ここにきてラウルもひとつ思い出したことがある。スリングショット用の材料である魔法製糸部品だ。ここなら確実に置いてそうだ、と彼はダブスに聞いてみた。
「おもちゃ用ならお代は結構、資材部の廃棄品を調達して参ります」
「うーん。武器用は?」
「銀貨を一枚頂戴して最高品質のものをお包みいたします」
「最高?」(中古はおすすめしないの?)
「中古が原因で壊れた、負けた、命を取られたとなっては……」
「うっ」(その通りです)
「いかがいたしましょうか」
「武器用をひとつください」
「かしこまりました。すぐにお持ちいたします、ラウル様」
ダブスが姿を消すのと入れ違いに、ようやく金庫の用事を済ませたエルザが地下から上がってきた。気のせいか興奮気味のホクホク顔に見える。理由は聞かなくともわかる。予想以上の高査定で金庫と財布の中身がそのまま顔に出ているのだ。
「おまたせ!」
「こっちはまだ取引中だから大丈夫ですよ」(元気いいな)
「納品は終わったの?」
「それは済ませました」
ラウルは購入したものを簡単に説明した。それを聞いたエルザは、煮炊き道具や防水帆布を足せばもういっぱしの旅人装備だぜ、と思う。
その装備を整えたと思われるラウル担当の店員が戻ってきた。彼ならエルザも面識がある。ここの名物店員と言われている老人は彼女も気に入っていた。
「おまたせ致しました。こちらになります」
「うん。お世話になりました、ダブスさん」
「お役に立てて嬉しゅうございます。また爺に顔を見せてくださいませ、ラウル様」
心の孫と祖父は銀貨と魔法糸を交換し、心のこもった握手を交わして別れた。驚いたのはエルザだ。買取と金庫の用事をすませて戻ってきたらラウルの装備が更新されていて、初めて来た店にもかかわらず名物店員と馴染んでいる。
感動をラウルに伝えるのもいいが、エルザはあと二、三の用事を日没までにすませてしまいたかった。魔法学院と傭兵旅団を訪問して、冒険者部隊の面々に特別報酬の追加配分を行いたいのである。魔獣騒ぎにおける正規の報酬は分配済みだが、さきほど換価した特別報酬が予想以上の額になったので、独り占めはまずいと思ったようだ。
この山分け感覚は素人考えでは至極当然とも思えるが、実際のところ、報酬の分配でもめにもめて刃傷沙汰にまで発展することは珍しくともなんともないのだ。迷宮探索中に発見した財宝をひそかにくすねる奴など序の口、分け前を増やすために帰還直前に事故に見せかけた謀殺を企む質の悪い奴もいる。
“友達選びは慎重に”と言うのは容易いが、見た目で相手が狼か羊かを判断するのは至難の業だ。それだけに、いったん信頼しあって良好な関係構築に成功した冒険者部隊は強固な団結を誇る。
エルザ隊はその強固な結びつきを得た冒険者部隊だった、というわけである。
その冒険者部隊の成果のうち金銭的なものはエルザのカバンとクラーフ本店の大金庫に収納された。エストの人々からは感謝と尊敬の念を受け、彼女は物心両面で幸福の絶頂にいた。その物質面の成功を部隊員と分かち合うための追加報酬分配なのである。
一方、ラウルは他人の幸せを許せないほどひねくれてはいないが、ゆるみきったエルザの顔を見てにわかにイタズラ心が頭をもたげた。どちらかと言えばいろんなエルザの表情を見たいという若干スケベよりのイタズラである。
「ラウル君、今日中に回りたいところがあるんだけど」
「お供します、ご主人様」(からかってやれ)
「ちょっとちょっと、まだ“従僕”の件を気にしてるとか?」
「冗談です」(慌てるエルザさんはかわいい)
「もう!お姉さん本気にしたじゃない」
「へへっ」(すねるエルザさんも捨てがたい)
「な、なに?からかってるの?で、弟子のくせに生意気だぞ」
「失礼しました、先生」(神よ、満ち足りております)
急速に間を詰めつつあるラウルとエルザだが、この二人は良い雰囲気になることがあっても、師弟の垣根を越えて男女の仲になることはついぞなかった。ラウルから見てエルザは人間的にもスケベ的にも魅力的な女性だったが、ねぶるような視線で見る以上のことは遠慮している。
彼にとって女性以前に師匠、師匠というよりは姉のような存在になってしまったからかも知れない。その姉もラウルを弟のように思っている。時々目つきが危ない以外は自慢の弟だった。
クラーフ本店を出た時には太陽はもう傾きかけていた。次に向かう魔法学院は夜間における学外からの訪問を受け付けていないが、いわゆる標高はクラーフ本店と同じような場所にあるので、急げば今日中に校長先生とロッテに会える。
背嚢を背負って道を急ぐエルザとラウルはまるで仲の良い行商人姉弟のようだった。
いつもご愛読ありがとうございます。
ラウル君は楽しい買い物ができて良かったですね。ダブスの次はマグス、といきたいところですが、その前に長い閑話をはさみます。ジーゲル夫妻のなれそめ『とある恋人たちの思い出』です。お楽しみに!
徃馬翻次郎でした。