第39話 おのぼりさん ②
さて、本人の意思とは無関係に所持金を増やしたラウルは、エルザに付き従ってようやくクラーフ本店にたどりついた。堂々とした店構えにくわえて店内の商品や調度品も彼が見たことのない値段が高そうな物ばかりだ。店員のあいさつや挙動も洗練されており、ラウルは場違いなところに来てしまった気がして小さくなっている。
「ラウル君、こっちこっち」
「は、はい」(置いていかないで)
エルザは勝手知ったる様子で買取窓口へとラウルを誘導する。彼はあたふたと彼女を追いかけるが、その姿は入都審査時の“荷物持ちの従僕”そのものだった。
先に窓口に着いたエルザは瓶詰の入った木箱を下ろして、肩掛けカバンから紙片を出す。ラウルはそれがエスト第四番坑道でエルザが事務衛兵からもらっていた受け取りの控えだということに気付いた。これは受け取りであると同時に魔獣の討伐証明でもあり、盗品ではないことの証左なのだ。
「はい、そーっと置いてね」
「了解」(ここまで来て割ったら泣くよな)
「よし!ありがとう。助かったよ」
「いえいえ」(重さどうこうより気疲れしたよ)
「ラウル君さ、買取査定は時間がかかるし、お姉さん金庫の用事もあるから……」
「はい?……あ、そうだった。オレも仕事をすませます」
「おや、こちらは従僕の方かと……?」
「この子はこの子で納品の仕事があるんだ。仕入れの人呼んでくれる?」
「たいへんな無礼を申し上げました。しばらくお時間を頂戴致します」
「……」(オレは見た目にも従僕がぴったりらしい)
二人とも背嚢を下ろして買取窓口で預かってもらう。背嚢を預ける前に、ラウルは隠しポケットから大銀貨を除いて小銭入れに銀貨を移した。厳重に梱包された守り刀も取り出す。信用問題だから背嚢の中身を見られたり盗まれたりする心配はない、とエルザは言う。
さすが高級店とラウルは感じ入った。彼はまだ知らないことだが、高級宿屋では荷物を預かる専門の職員すらいるのだ。
さて、エルザが呼んでくれた仕入れ担当を待ちながら、ラウルはいろいろと考えていた。二回もスリ師にやられるほど油断していた彼だが、ぼんやり歩いていたわけでもない。見るものはスケベ抜きできちんと見ていた。
まず、王都民は全員が城壁内に居住していると彼は思っていた。しかし、城壁内で暮らすには金銭的余裕があるか商売が軌道に乗ってないと難しい、というところまで彼は知らない。住民税とでもいうべき人頭税を払う必要があるのだ。城外居住者でも人頭税は発生するが、課税額は城内居住者の十分の一に抑えて設定されている。むろん農家の年貢や商人の売上税は別にしてである。
したがって、人数で言えば城外で暮らしている人間のほうが圧倒的に多いのである。もちろん有事の際には城壁内に逃げ込んだり、すぐ助けに来てもらおうという算段が根底にあるのは当然だ。城外人頭税すら払えない者は地方都市かエストのような田舎へどうぞ、という訳だ。
城壁の内側は商店街と歓楽街に囲まれる形で住宅街がひしめいており、さらに一段高い場所に大聖堂と聖騎士団本部があり、周辺は一軒ごとに塀や生垣で区切られている庭付きの高級住宅や富裕層向けの商店が目立つ。
一番高層に位置するのが王城と騎士団本部というわけだが、王都民を睥睨する尖塔や威容を誇る宮殿が、大聖堂の荘厳華麗な建築美と鐘楼にかすみがちなのだから、聖タイモール教会の権勢は計り知れないものがある。
興味深いのは、居住者の社会的地位や財産によって住まいの標高が異なる点だ。言うまでもなく一番高いところには一番偉い王族や大司教が居住しており、下々は低きに流れて最終的には城外住まいである。小高い丘以外は平面のエスト村では考えられないことで、煙となんとやらではないが、ラウルはなんとも可笑しかった。
しかしながら、この標高差はアルメキア貴族を頂点とした階級社会の縮図であり、実は高い低いだけの問題ではなく、その上に身分の差という見えない壁が立っていて、容易に乗り越えることができないことを後々ラウルも思い知ることになる。
なんだかへたくそな積み木みたいな街だな、とラウルが思ったところで仕入れ担当がやっと来た。細身の若い鳥系亜人で涼しい目つきの男前だ。
「お待たせいたしました。手ずからお届けとは恐縮です。アルベルト=クラーフと申します」
「いえ、クルトの息子、ラウル=ジーゲルと申します。この度はお引き立てありがとうございます」
ハンナと練習した口上を噛まずに言えたラウルは守り刀と納品書を卓上に並べた。
仕入れ担当は梱包を解いて守り刀を取り出した。クラーフの注文通りの外見と装飾に仕上がっているか念入りに確認している。
なんとなくだが、ラウルはこの店員が好きになれなかった。短剣を抜いて改めないのも気になったが、“恐縮です”と言いながらラウルの頭から足の先まで目を素早くやって値踏みするような態度が彼の神経にさわった。
(悪い人じゃなさそうなんだけどな)
実際、仕入れ担当の店員はクラーフ一族の有望株と目される若者だった。自他ともに認める野心家でもあり、かなりの実績を積み上げつつある。
顧客の評判や上司の評価も悪くない。ただし、仕入れ先である職人や工房からは怨嗟の叫びが圧倒的に多く聞こえてくる。理由はいろいろあるが、最も大きいものをひとつあげるとすれば、仕様変更を気楽に言いすぎるのだ。
一点物の商品を完成直前になって材質やら形状やらあれこれ言われても、対応できる限度というものがある。この若者はそれを平然と無視するのだから、納入業者からは嫌われて当然だろう。出世に気を取られ過ぎて周りを顧みることがないのかも知れないが、それに巻き込まれるほうはたまったものではなかった。
幸運なことに、クルトの作品は検品を通過したようである。仕入れ担当は納品書に押印してラウルに渡し、守り刀を受け取った。ラウルは忘れないうちに口上を述べる。
「またのご用命をお待ちしております」
「はい。クルト師匠にもどうぞ宜しく」
今度もハンナと練習した言葉を上手に言えたラウルは、ひとつ思い出したことがあったので、この店員に聞いてみることにした。
「あの、こちら旅行用品とか野営の道具なんかは?」
「もちろんございます。少しの魔力で伸縮自在のテントはお値段以上の快適さをお約束いたします。少々値は張りますが火魔法式寝袋はクラーフ自慢の逸品で寒冷地での使用にも適しておりますし、風魔法付きの通気性抜群熱帯仕様のものもございます。そうそう、燃料要らずの火魔法鍋は組でご購入いただきますと割引きがございます。周辺の水分を集めて飲料水を生み出す水魔法式水筒は近年最高の発明と言っても過言ではありますまい。なんと言っても当商会の外套は驚きの撥水性能……」
「す、すいません。いや、あのですね」(金貨が何枚要るんだよッ!この早口野郎!)
「何か?」
「もっと普通の基本的なもので構わないのですが」(魔力もないしね)
「……左様ですか。では詳しい者に案内させます」
売上の個人成績が査定に影響するかも知れないことを考えれば、この対応は当然だろう。高品質の魔法道具と非魔法の普及品とでは客単価が全く異なる。それが刀匠や名工の手によるものでない限り、特徴のない非魔法製品は価格は安いが利益も薄い。
要するに、こいつは金にならん、とラウルは判断されたのだ。件の店員は買取担当の店員と話し込んでいる。仕入れも買取も似たような部署だから業務連絡かも知れないが、ラウルは突き放された感を禁じえなかった。
ラウルは仕入れ担当店員の声音の変化から、いやらしい思惑にうすうす気付いていたが、知らぬ顔で女性店員に出された茶をすすっていた。それにしても、ここの店員は肌の露出が少ないので角度をどう工夫してものぞく隙がほとんど無い。
たしかに椅子のしつらいも商品も店員の教育も(一部を除いて)素晴らしいが、あまりのスケベ要素の欠乏にラウルは息が詰まる思いだった。せめてエルザを見て精神的栄養の補充を試みようと彼はさりげなく身体を動かして彼女を視野に入れた。
彼女は買取査定を見守っている。あるいは売買代金をそのまま金庫にいれるつもりで待っているのかもしれないが、カウンターに肘をついて突き出す形になっている尻がいちいち色っぽくていつまでも眺めていたいラウルだった。
いつもご愛読ありがとうございます。
このご時世アルベルト氏ぐらい太い神経を持ってないと生きていくのは大変かも知れません。
私には無理ですが、世の中そんなもんらしいです。
がんばれラウル!納品時に値切る畜生が出てきても負けるなラウル!
徃馬翻次郎でした。