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第37話 王都への道 ④


「おじさん、この鞭を試してほしいんだ」

「いやあ、坊ちゃん、鞭を変えてもなんとかなるとは思えねえす」

「うん。そこはだまされ……じゃなかった、神様に祈って気持ちも込めてさ」

「エストの英雄がそう言うんなら、やってみますかねえ」


 はっきり言って御者はわらにもすがりたい思いである。ラウルの雑な説明や怪しさ全開の黒光りする鞭を気にも留めず回復鞭案に乗った。

 

 やがて、昼食を終えた乗客と御者が馬車に乗り込み、王都行の駅馬車はいつもよりやや遅れて再出発した。あたりはまだまだ明るいが、暗くなる前に王都にたどり着くのは難しいと思われた。


 しかし、その時、奇跡が起きた。


 なんとしたことか、馬に一鞭くれるごとに駅馬車の速度が上がるのだ。最初は半信半疑だった御者も、さきほどまでとは明らかに違う馬の調子に目を白黒させながら祈りの言葉をつぶやいている。


 エルザはからくりに気付いたらしく、馬と背嚢とラウルの顔を交互に見てきたので、ラウルは唇に指をあてて沈黙の仕草を返しておいた。マルコの手前、間違ってもヘーガー店長の名前を出してほしくない。


 速度はさらに上昇し、馬たちのいななきも変化しているように思える。ラウルもエルザも馬が発情期にどのような声をあげるのか知らないが、妙に色っぽいというか、これも明らかに先ほどまでとは別物だ。

 間違いなく鞭が気持ちいいのである。さらに回復魔法の効果で馬の体力だけでなく気力にも影響を及ぼし始めていた。


「ブルルルル♡」

「フゴッ♡フゴーッ♡」

「これこれ、どうしたんだ、どうどう」


 とうとう御者が鞭入れとお祈りを中断して手綱を締める事態が発生した。すでに駅馬車は飛ぶように街道を駆けている。たとえ空荷でもこの速度はなかなか出せないだろう。


「エルザ嬢、坊ちゃん、荷物を押さえておくんなせえ」

「了解よ」

「わかりました」(こ、怖えええッー!)

「後ろの旦那さん方も落っこちないようにたのんます」

「わ、わかった」

「おもしろーい!」

「ちょっと、エミールッ」


 もはや駅馬車の速度ではない。急を知らせる騎士団の騎馬伝令が出す速度だ。こうなるとむしろ車輪や車軸の心配をせねばなるまい。車内は振動でかなりの揺れだが、エミール少年だけは楽しそうだ。ラウルとエルザは大事な荷物が心配で楽しむ余裕はなく、クレマー夫妻は想定外の揺れによる車酔いで顔色が悪い。

 良かれと思ってもあまり思い付きで魔法道具を振り回すものではない、とラウルは反省したが、いつの間にかエミールだけでなくエルザも楽しそうに笑いだしていた。


 実は、駅馬車の振動に合わせてエルザの胸も揺れっぱなしだったわけだが、ラウルは積み荷を押さえるのと舌を噛まないようにするのに必死でスケベどころではなかったのだ。


 幸い、ラウルの苦行は短時間で終了する。御者の予想を大幅に裏切る早さで王都城外の厩舎に到着したのだ。


 日没どころか、商店や大金庫の営業時間中に到着することができた。今やすっかり元気を取り戻した馬を撫でながら、御者は畏怖のこもった目でラウルを見てくる。それは車酔いで顔色の悪いクレマー夫妻も同じだ。聖騎士団が喜ぶような噂が立つ前になんとかこの場を取り繕わねばなるまい。


「坊ちゃん、鞭をお返します」

「うん。これ到着時のお代ね」


 ラウルはエルザの分も含めて銀貨を二枚手渡したが、御者の手が震えている。早く効果的な言い訳を思いつかないと、とラウルは焦った。聖騎士団に通報されて取り調べをうけるなんてまっぴらだ。火あぶりはごめんだよ、と思うが良い思案がなかなか浮かばない。


「あの、坊ちゃん、結局、何が起こったんでやんしょう?」

「……」(ヤバい、何か言わないと……)


 その瞬間、雲間から一筋の陽光が差し込んでラウルを照らし、時ならぬ神の奇跡を演出する。本人は神様をこれっぽっちも信じていないので皮肉と言うほかないが、彼はこの状況を最大限利用することにした。


「か、神のお導きですッ……!」

「おお!」

「まあ!」

「な、なんてこったァ」

「ひゃあッ!もったいねえ、もったいねえ」


 御者たちとクレマー夫妻は膝をついて祈りをささげた。エミールがラウルを見てきたので、ラウルが目くばせを返してやると、エミールはほくそ笑みながらうなずいた。

 こうして、ラウルとエミールは秘密を共有する同志となったのである。この秘密は神への冒涜ぼうとくを多分に含んでいるので、エルザも含めて漏らせば火あぶりだ。


 そのエルザが荷下ろしにかかっていたので、ラウルは慌てて手伝う。彼女は茶番に付き合いきれなかったわけではなく、笑いをこらえるている様を見られないように荷下ろしを始めていたのだ。どうやら彼女は言われなくとも秘密を守ってくれるようだ。


 御者は興奮気味の馬たちを厩舎に入れ、クレマー一家は別れを告げて大聖堂へ向かう。

これで鞭の存在を忘れてくれればいいけど、とラウルは願うが、たとえ発覚しても神様のせいにしてしまおうと企んでいるあたり、彼の度胸もかなりついてきたようだ。  

 つらかったときに毛ほども助けてくれなかった神様だ、まとめて頑張ってもらうぜ、とラウルはうそぶきながら荷物を下ろし、エルザに続いて正門に入って行った。


 余談だが、この一件に関してラウルが心配したような面倒事は起こらなかった。それどころかエスト周辺において、ジーゲル家は呪われてなどいない、神の恩寵おんちょうすら受けている、いやむしろ神の使いではないか、という噂のきっかけとなった。


 ちなみに、噂の出元はクレマー夫妻である。

 夫妻はラウルが主演と構成作家をつとめた茶番劇に脇役として参加して、天馬にひかれた駅馬車とでも形容すべき神(ヘーガー店長)の奇跡を目撃した。二人は神の加護を一身にうけた誇らしげな気持ちで大聖堂詣でをするのだが、またしてもすげなくあしらわれて追い返されるのは数十分後である。


 相変わらずラウルは魔法不能のままだが、彼を取り巻く環境は明らかに変化していた。


いつもご愛読ありがとうございます。

ようやく王都に着きました。文字通り愛の鞭で予定より早く着きました。

すごいぞヘーガー!負けるなラウル!

次回はおのぼり編。お気に入りのサブキャラが出ます。お楽しみに!

徃馬翻次郎でした。


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