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第36話 王都への道 ③


「ラウル君、王都へは何用で?」

「商用。父の使いです」

「なるほど。我々は大聖堂へむかうところだ」

「はぁ」(観光かな?)

「実はエミールが……」


 エミール少年の窮状きゅうじょうを説明してくれたのはカミラだ。ひょっとすると不安のあまり誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。

 

 エミールの問題は魔獣騒ぎに起因していた。事件当日、魔獣に襲撃された子供たちの中で最もひどい傷を負った少年が彼だった。昨日、衛兵隊長ヴィリーは“悪夢にうなされ夜尿症をしてしまうほど精神が不安定になってしまった子供”の話をラウルに聞かせてくれたが、その子供がエミールだったのだ。

 美味そうにビスケットを食べる姿からは何の問題もなさそうに思えるが、心の問題は外傷と違って目に見えない。それだけに厄介で治療法も限られている。

 息子の異変に気付いたクレマー夫妻がすがったのは神とエスト村の司教だった。しかし、司教はいくら寄付金を積まれてもこれ以上できることはないと言い、最終的には粘るクレマー夫妻を聖騎士に命令して教会からつまみ出した。

 それでもマルコは神の御業を諦めずに今回の大聖堂詣でを企図した、というわけだ。


 話を聞いていてラウルは頭痛がした。エルザは同情というよりは救われない者を哀れむ目でクレマー夫妻を見ている。

 二人の本音を言えば、今すぐ引き返せ、クラーフ商会の臨時職員マリンをたずねて診てもらえ、と言ってやりたいところだ。しかし、コリンは偽名を使ってまで人目を避けているようだ。


 コリンに診てもらう方法は使えない。

 これはコリンの事情だけではない。ラウルはエミールをいち早く楽にしてやりたいが、クレマー夫妻、特にマルコは神の御業による奇跡でエミールを治したいのだ。

 これは似ているようで違う。マルコにとっては神こそが大事ではずせない要素なのだ。

 

 一方、ラウルは魔力無しでもできることを探していた。怒っても色っぽいエルザの顔をなめるように見ていても良かったのだが、今はエミール少年が気の毒で、何とかしてあげたい気持ちがスケベ精神を上回ったのである。ラウルは意を決してエミールを励ますことにする。魔力は乗せられないが、その分ありったけの気持ちを込めた。


「エミール君、たいへんだったね。怖かったろう、痛かったろう」

「……」

「おい、ラウル君、そっとして……」

「しっ!黙って!」


 エミール少年は一瞬身じろぎしたが固まってしまった。マルコはラウルの話をやめさせようとしたが、それをさらに一喝して制したのはエルザである。カミラは全員の顔を交互に見てうろたえていた。


「でも、もう大丈夫だよ。エミール君のかたきは、エルザお姉さんとヴィリー隊長が討ってくれたからね。親玉のおおきな蜘蛛野郎もイチコロさ!」

「本当?」


 話が複雑になってもいけないので、ジーゲル一家の活躍は省略した。目的は細部にこだわることではなく、エミール少年の勇気を奮い起こすことなのだ。


「本当も本当さ。オレもその場にいて見ていたんだからね」

「どうやってやっつけたの?」

「エルザお姉さんのお友達がさ、こう、火と風の魔法で、ぶわーっと」

「魔法!格好いい!」

「だろう?」

「お兄ちゃんは?」

「うっ」(エミール君かしこいな……)

「何してたの?」

「逃げ回ったり、走り回ったり、蜘蛛に捕まった人を助けたり……」


 嘘は言っていない。真実であり、ラウルが実力以上のものを発揮した大活躍の説明だったが、エミール少年にはこれがウケたらしい。


「アハハ、ヘンなの!」

「そんなに笑うなって」

「ご、ごめん。お兄ちゃん」

「いいよ、ホントにヘンだもんな」


 エミールはラウルの話を気に入ってくれたようである。ジーゲル夫妻の超人的武勇伝を省略した理由がここにもある。ラウルのポンコツ武勇伝のほうが笑えるし、親近感をもってもらえる可能性が高いからだ。


「お兄ちゃん、そんなんじゃお嫁さん来てくれないんじゃない?」

「まだまだこれからだ。伸びしろを見てろ」

「のびしろ?」

「もっともっと強くなるんだよ」

「ほんとうかなあ」

「じゃあ競争しようぜ」

「どっちが先にお嫁さんもらうか?」

「いや、ちょっと、それは……」(エミール君かしこすぎるだろ)


 所帯を持つうえで重要な経済的基盤を考えれば、この勝負ラウル単体では勝ち目はない。たとえ勝負を二、三年の短期にしぼったとしても、今朝給金交渉に成功したばかりのラウルに勝ち目があるだろうか。

 残念ながら、年齢を無視すれば今すぐにでも婚約できるエミールの圧勝だ。ジーゲル夫妻の財産をあてにしなければ一縷いちるの望みもないラウルが受ける勝負ではないだろう。

そして、何よりラウルには魔力の問題がある。スケベの問題もある。


「う、受けて立ってやるぜ!」(この敗北感よ……)

「ようし、はやく大きくならなくっちゃ!」


 あえてラウルは勝負を受けた。しかし、彼の何とも言えない気持ちはともかくとして、この流れの中でエミールが気力を取り戻したのは間違いない。

 立ち直ったエミール少年が成長して、従士エミール=クレマーとしてジーゲル騎士団に参加するのは後年のことであるが、勝負の行方がどうなったかについてはここでは伏せておきたい。


 急に元気になったエミールを目のあたりにして、クレマー夫妻は面食らうやら喜ぶやらだったが、エルザは潤んだ熱っぽい目でしばらくラウルを見ていた。


(男前だな、ラウル君)


 当のラウルは魔力抜きの励ましが功を奏して安堵していた。いわば自分をオチに使った捨て身の戦法だったわけだが、それ以上にエミールを助けてやりたい気持ちが不思議な力となって後押ししてくれた感は否めない。


 そうこうしているうちに、ようやく中間地点の集落に到着した。御者たちは馬を休ませて水を飲ませる一方、乗客は荷台から降りて一斉に背を伸ばした。

 

 腹をすかせたラウルが食堂を探していると、クレマー家からビスケットの返礼として昼食に招待された。どうぞエルザもご一緒に、と言われて彼女は遠慮していたが、遅い時間のためか食堂の献立が雑炊(銅貨二枚)しかなかったので、二人そろって招待を受けることにした。すすんで借りをつくりたい相手ではないが、この程度なら忘れてしまっていいだろう、という価値判断だ。

 

 ハンナやギンジの料理と違って何の感動もなかったラウルはさっさと食べ終えて、クレマー夫妻に馳走の礼を述べてから、一足先に食堂の外に出る。

 本当は騎士団の駐屯地を見学するか美形の村娘を探すかしたかったのだが、うろついて面倒を起こしてもつまらないので、馬の調子を見に行くことにした。御者は交代で食事と馬の世話をしているらしく、一人で馬にブラシをかけたり飼い葉を食べさせている。


「おじさん、どう?」

「こればっかりはどうにもならねえです、坊ちゃん」


 ラウルは御者からブラシを借り受けて撫でてやった。馬はいつもと違うブラシの感触に気付いて首を回してラウルを見たが、特にいやがるそぶりを見せるでもなく元の位置に首を戻した。あるいは撫で方に文句をいう気力もないくらい疲れていたのかもしれない。


 ラウルとエルザは別段急ぐ旅でもない。到着が日没後になったら店舗の訪問を翌日の朝一に繰り越せばすむ話だ。しかし、クレマー家は一刻も早く大聖堂に駆け込みたいだろう。

 ラウルの見るところ、その必要はないようにも思えるのだが、マルコには簡単に譲れない彼の希望、すなわち神の御業で息子を癒すという考えがある。

 どれだけ誠実な気持ちに基づく意見であっても、ラウルは治癒師でも薬師でもない。無理やり意見を押し付けても、もう一度口を利かなくなるか喧嘩になるだけだ。


「疲れ切っているのに鞭入れてもねえ、うまくいきっこねえすよ」

「ですよね」(鞭……そうだ!)


 ここでラウルはヘーガー製回復鞭の存在に気付いた。もともとはヘーガーの趣味のために作ったとしか思えない変態武器だが、もし馬相手にでも魔法が発動するのなら、御者の魔力量しだいでけっこうな回復になるのではないか、と思い至ったのだ。

 できれば鞭の出どころを極力隠したいので、そこに頭をつかう必要があるが、今はクレマー家のためにも速度を優先したい。

 ラウルは荷台に登って背嚢のサイドポケットから回復鞭を取り出し、御者と交渉してみることにした。


いつもご愛読ありがとうございます。

自分をオチにできる人は優しいって聞いたことがあります。

ラウルはえらいぞ!優しいぞ!

徃馬翻次郎でした。

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